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境界線と思い出の絵本 前編
「また来たの」
フークが言った。今日は春の日、もうすぐゴールデンウイーク。
「これ、返却するから」
「読んでくれたの?」
しんと静まり返った図書館の中で、フークとわたしの声が響く。
「読んだ。あのさ、わたし、昔に好きだった絵本があるの。それを借りたいの」
「いいよ、なんていうタイトル?」
「…それが、分からないの」
「どんな話だったかは?イラストのタッチとか」
その絵本は、引っ越しの時の断捨離で捨ててしまったもの。
「ふんわり優しいタッチ。絵本で、えっと…。果物の、ぶどうやパパイヤ、バナナを、もぎとるみたいな…」
「なるほどね、ログ、イメージ検索」
イメージ検索?
「絵本、優しいタッチ、フルーツ、パパイヤ、ふどう、バナナ、もぎとる」
「了解ダ」
「イメージ検索って?」
「こういう感じの本だった、でもタイトルが分からないみたいな本を探す機能。絞り込み検索よりももっとたどり着きやすいものなの」
ログには、いろんな機能が備わっているのだなと改めて感心した。
「ソレハ『おいしいフルーツやさん』ジャナイカ?作者ハキノシタユズコ」
「…?」
「まあ、一度、その絵本に触れてみましょう?」
「分かった」
『図書室移動エレベーター』で移動する。
「さて」
フークがつぶやく。
「『おいしいフルーツやさん』、キノシタユズコ」
「フーク、なにそれ」
「これは『本探知機』。タイトルと作者を吹き込むだけで本を持ってきてくれるの」
演台みたいなのにマイクが置かれている。
ひゅるひゅると、優雅なカーブを描いて、『この世界でわたしは』よりも新しめの絵本が飛んできた。
「なつっ…!」
懐かしい!小さな女の子が、病気のお母さんのためにフルーツやさんを営業する…
「ありがとう…それにしても、イラストっぽいタッチを残しつつ、リアルなフルーツってすごいよね」
「食べてみたい?」
「まあ」
「じゃあ、食べよう!」
「えっ!?」
フークはふっと微笑む。
「そのネームプレートには本の中に1日1回入ることのできる力もあるの。絵本の中とここの境界線をぼやかしていったら、入れるの。さ!行こう!」
「あ、分かったっ…」
フークは絵本を広げ、ローファーを履いた足を乗せる。
「こうやって、破れない、痛めつけない程度に力を入れるの、ずるっていくから、あとはそのまんま流れるようにいくの」
そして、ローファーが絵本のなかに飲み込まれていった。まわりはどろっとした油みたいなの。綺麗なグラデーションをえがいていた。
「さ、良美もいこう!」
「分かったっ…!」
フークがいったのを確認して、わたしは絵本に足を乗せる。
「きゃあっ…!」
飲み込まれていく。それは、少しくすぐったい。
おもしろ、と思うつかの間、ずるりと皮がむけるみたいに絵本の中に飲み込まれて…