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    #アイサレタイ症候群
    
    
        ・ と て も 長 い で す 、 ! す い ま せ ん … … 。
・ ホ ラ ー の 中 で も 、「 現 代 ホ ラ ー 」 「 恋 愛ホ ラ ー 」
  と い っ た   部 類 で す 、 !
 な の で 、思 っ て い た ホ ラー と は 違 う か も で す … 。
    
    
    
  「 私を、愛してくれる人が居た、」
  「 スマホの中に、 」
  「 この世界で、やっと見つけた 」
  そう思ったのが、すべての始まりだった。
  彼は、写真のままの優しい笑顔で現れた。
  
  明るくて、元気で、まるで太陽のように。
  
  SNSの向こう側にいた彼が、目の前にいる。
  会いましょう、と言われて、なぜか断れなかった。
  本当に会いたいと思った。
  それが、全ての始まりだった。
  同僚が死んだのは、その三日後。
  初めて会った日は、風が強かった。
  駅前のカフェ。
  窓際の席に彼は座っていて、
  私を見つけるとすぐに立ち上がって、小さく手を振った。
  「 …ぁ、! |甘土《あまづち》さん? 」
  「 はい、! |夕月貴《ゆうづき》さん、ですよね、 」
  「 うん、そーだよ~! 初めまして! 」
  笑顔だった。
  SNSのアイコンと同じ、柔らかい目で。
  
  声も落ち着いていて、よく通る。
  歌っている姿がすぐに想像できるような声だった。
  「 緊張してます、? 」
  「 ……ちょっとだけ、 」
  「 大丈夫、僕も緊張してるから ( 笑 」
  嘘だと思った。
  彼は落ち着いていて、まるで ”出会い慣れている人” のように見えた。
  でも、その時は嬉しかった。
  
  こんな風に、自然に会話ができる人なんて、久しぶりだったから。
  彼はコーヒーが苦手で、カフェラテを注文した。
  私が紅茶派だと言うと、
  「 じゃあ、今度は紅茶の店にしよう 」
  
  と笑った。
  その三日後。
  同僚の|東雲《しののめ》さんが、自宅で死んでいるのが見つかった。
  最初にそれを聞いたとき、私は 「 事故ですか? 」 と聞いた。
  でもすぐに、それが “殺人” だったと知って、背中が冷たくなった。
  東雲さん。
  あの日、彼との出会いを話した相手だった。
  たった一人。
  「 それ、気をつけたほうがいいよ 」
  彼女はそう言って、笑っていた。
  カフェの窓際。
  彼女は、想像していたよりもずっと 素直そうな目をしていた。
  コーヒーが苦手なのは本当だ。
  でも、会話の半分くらいは嘘だった。
  緊張してる、も。
  初めてリアルで会った、も。
  彼女が笑ったとき、ほんの少しだけ。
  本当に少し、胸の奥が温かくなった。
  「 次は紅茶の店にしよう 」
  自然に言えたのは、自分でも少し意外だった。
  たぶん、彼女は言っている。
  どこかの誰かに、 「 今日、初めて会った人のこと 」 を。
  そういう話は、|伝播《でんぱ》する。
  だから、先に 切っておく。
  それが、彼女のためになるから。
  「 ……え? 」
  そのニュースを聞いたとき、最初に出た声はそれだった。
  部下の るかちゃんが  『 殺害 』 されたという連絡が来たのは、
  昨日の夕方、天さんと別れた数十分後のことだった。
  彼とは、またカフェで会っていた。
  
  今度は紅茶専門店。
  前回の会話を覚えていてくれたらしい。
  「 覚えてるよ 」 って笑ったその顔は、本当に優しくて。
  私は、心から安心していた。
  だからこそ、るかちゃんの訃報を聞いたとき、頭が真っ白になった。
  彼女は、先週。
  一度だけ、私と天さんの話をしていた。
  「 その人、すごい人ですよ…!
   今有名な シンガーソングライターの、天さんです! 」
  軽く言っただけだった。
  でも、その言葉を思い出すたびに、胸がざわついた。
  二人目だ。
  私の周りで死んだのは。
  しかも、今度は天さんと会っていたその日の夜に。
  まさか、そんな偶然、ある?
  考えたくも ない。
  「 また来週も、会いませんか~? 」
  そう言って微笑んでくれた彼の顔が、ふいに脳裏に浮かぶ。
  
  そのとき、私の中で、たったひとつの思いがよぎった。
  『 もし仮に、この人が__ だったとして。
    それでも、私はこの人に、会いに行くんだろうか? 』
  答えは、言葉にしなくても、わかっていた。
  「 、もう いいよッ…、 」
  三人目だった。
  今度は、幼馴染の|瑠衣《るい》くんだった。
  昔から一緒だった。
  同じ保育園、小学校、中学、高校。
  大人になってからも、たまに飲みに行く。
  数少ない “本音を話せる相手” だった。
  「 |七々《なな》、また変なの 引っかかってない? 」
  そう言って笑いながら、私のSNSを覗いてきた。
  私と天さんの投稿をぼんやり眺めて、
  「 リアルで会ったとか、怖くなーい? 」 なんて、首を傾げていた。
  笑って、だけど 真剣だった。
  私のことを、心から心配してくれていた。
  それなのに。
  昨日の朝、死体で発見された。
  ……。
  頭が、真っ白だった。
  心は、真っ黒だった。
  胸の奥で 何かが裂ける音がした。
  三人目。
  たった三人。
  けど、私の世界の中で、誰よりも近かった人たち。
  全員__、天さんの存在を知っていた。
  スマホを持つ手が、震えていた。
  けど、それでも、彼とのトークルームを開いてしまう。
  
  『 来週、また会える、? 』
  そう打ちかけた指を止める理由が、なかった。
  私が誰にも愛されなかったとしても。
  今だけは。
  『 天さんだけが、私に、微笑んでくれる 』
  そう思いたかった。
  連絡を取り、数日後。
  その日も、天さんは 時間通りに来た。
  でも、最初の瞬間から、何かが違っていた。
  少しだけ、息が乱れていた。
  Tシャツの襟元が濡れていた。
  そして、
  首元。
  わずかに赤黒く、まだ乾ききっていない__ 。
  まさに。
  血の跡が、見えた。
  「 ……どうしたの、それ…、! 」
  自分の声が震えていたのか、それとも冷たかったのか。
  よく分からなかった。
  天さんは、目を伏せて、少し笑った。
  乾ききったようで、薄笑い。
  「 気づくと思ってたよ、( 笑 」
  その一言で。
  私の全身から、血の気が引いていった。
  「 もう、これで限界かなって 思ってたんだよ、? 」
  可愛さが 余るくらい。
  でも、今は違う。
  「 隠しきれないな、ってね 」
  彼は、椅子にゆっくりと腰を下ろした。
  カフェでも レストランでもなく。
  ただの公園のベンチだった。
  周囲には人がいない。
  風の音が、やけに大きく聞こえた。
  「 ねえ、甘土ちゃん?
   これまで亡くなった人たちのこと、少しだけ話してもいい? 」
  私は頷くしかなかった。
  「 東雲さん、るかさん。それとぉ、瑠衣さん 」
  「 全部、ぜーんぶ、… 僕がやったんだよ、? ( 笑 」
  それは、あまりにも自然な声だった。
  怒りも、後悔も、憎しみも、なかった。
  ただの、事実を並べるように。
  「 みんな、君と “繋がってた人” だったから 」
  淡々と、そう告げられた。
  「 君が 話題に出して、リアルで関係を持ってた人、 」
  確かに、そうだった。
  私が たまに名前を出し。
  そして全員、同僚、部下、幼馴染。
  私と、 ”関係” を持っていた。
  「 だから、切った! ( 笑
   
    君が、また傷つかないようにさ、?
    あと…、君が、また裏切られないようにね、 」
  瞬間、過去のことが 鮮明にフラッシュバックした。
  学生時代から 付き合ってた彼氏に。
  ”裏切られた” こと。
  そのとき、
  私の中の “恐怖” は、何故か音もなく崩れていった。
  怖くなかった。
  多分、本当はずっと前から、何処かで気づいていた。
  この人が、優しすぎるのは。
  誰かを踏みつけにしてまで、私を見ているからだって。
  「 警察、言うでしょ、? 」
  そう言った彼の声は、少しだけ寂しそうだった。
  私は、答えなかった。
  言葉の代わりに。
  彼の手を そっと、握り返した だけだった。
  あの日、私と天くんは。
  手をつないで、ただ歩いた。
  血の匂いは 風に混ざって、すぐに消えた。
  天くんは それ以上、何も言わずに。
  罪を認めるわけでもなく、言い訳をすることもなく。
  ただ私の隣にいて、私の手を握っていた。
  その温もりが。
  どれだけ “狂っているか” なんて、もうどうでもよかった。
  私のことを、見てくれる人がいた。
  私のことだけを、選んでくれる人がいた。
  そのために、いくつもの命を奪った彼を。
  『 私は、愛してしまった。 』
  数日後、警察が彼の周囲を嗅ぎ始めた という話を聞いた。
  ニュースでは、連続殺人として報道されていた。
  でも、証拠はどれも決定的ではなかった。
  それに__。
  証拠になりそうな “痕跡” は、私が全部消しておいた。
  彼の部屋に入って、パソコンを壊し、
  
  SNSのアカウントも、操作ログも、投稿記録も、
  綺麗に、跡形もなく。
  「 ねえ、天くん? 次は、誰を殺すの? 」
  そう聞いた私に、彼は静かに微笑んで言った。
  「 次は……、まだ決めてない ( 笑 」
  きっと、また誰かが死ぬ。
  だけど 私は、もう止めない。
  だって、彼が私だけを見てくれるなら、
  それだけでいいから。
  スマホの通知は、もう来ない。
  タイムラインも、メッセージも、何も。
  けれど、私は満たされていた。
  『 愛されたい症候群 』
  それはもう ___。
  治ってしまったの かもしれない。
  今日は、天くんと スーパーに行った。
  野菜を選んでいるときの彼は、相変わらず真剣な顔をしていて。
  少し笑ってしまった。
  帰り道、子供がこっちを見て笑っていた。
  天くんは、その子の笑顔を見て、黙ったまま歩いた。
  家に帰って、いつものようにカレーを作った。
  彼は少しだけ 食欲がなさそうだったけど、
  「 おいしいよ 」 と言ってくれた。
  私は、ちゃんと知っている。
  天くんが、昨日の夜どこへ行っていたのか。
  帰ってきたとき、シャツの袖に まだ乾ききっていない
  ”何か” がついていた。
  私が洗濯機を回す間、彼は黙ってバスルームに こもっていた。
  でも、それを聞くつもりはない。
  私の知らないことがあるほうが、
  彼と長く一緒にいられる気がするから。
  今日、道端に落ちていた携帯を拾った。
  画面には、 “助けて” ってメッセージが残っていた。
  少しだけ 眺めてから、川に捨てた。
  天くんは、明日も仕事だ。
  私も、部屋の掃除をしよう。
  まだ、次の人の名前は 聞いていないけど__。
  どこかで 誰かが消える音が。
  そろそろ、聞こえてくる気がする。