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悪役令嬢は四人の兄と姉に愛されて幸せなので、ヒロインを虐める必要がない。①
秋枝 紅葉
異世界もの書きたいなーという思い付きで始めました。気楽にお読みください。
うららかな春の日差しが心地よい午後。エミリア・ルーチェはルーチェ侯爵家の庭で乗馬を楽しんでいた。最初の頃は馬とのスキンシップが下手で苦労したものだが、最近ではかなり慣れてきた。だから、油断していたのだ。
ブーン、と、不快な羽音がエミリアの耳に入る。恐る恐る音の方向に目を向けて、体が固まった。
「_ッ、ハ、ハチ!!」
黄色と黒の縞々模様に、お尻のあたりからのびる鋭い針。禍々しい外見をした世にも恐ろしい生物の姿に、エミリアは絶叫する。その声に驚き、乗っていた馬も混乱しじたばたと動き回る。それにバランスを崩して、エミリアの小さな体は吹っ飛ばされてしまった。傍に控えていた侍女が慌てて手を伸ばすが、届かない。
ゴン、と鈍い音がした。いくら柔らかい芝生の上だからといって、頭から落ちればただではすまない。強く頭を打ち付け、エミリアは気を失った。
長い夢を見ていた。夢の中でエミリアは二十代の若い女性だった。名前は恵美。彼女は日本という不思議な国に住んでいた。魔法はないのにエミリアの暮らす世界よりはるかに便利な未知だらけの世界だ。
恵美は乙女ゲームというものがとても好きだった。薄い板の上に浮かび上がるイラストとの疑似恋愛を楽しむ酔狂なゲームだ。だが、それが彼女にとっての心の支えになっていたらしい。
趣味を楽しんだり、仕事に行ったり、恵美はほどほどに充実した生活を送っていた。それが崩れたのは社会人になって三年目の春の日。彼女は道路に飛び出した子供を庇って亡くなってしまった。
(あーあ、私の人生ここまでかあ。来世は乙女ゲームのキャラに転生とかしたいなあ。無理かなあ、はは)
そんなことを考えながら、恵美は意識を失ったのだ。
「…うーん?」
目が覚めると、そこは見慣れた自室の天井だった。体は柔らかい布団に包まれており、恐らく自分は気絶して、そのまま部屋に運ばれたのだろうと推測できる。とりあえず生きていたことに安堵して、エミリアは起き上がった。
「…エミリア!?ああ、よかった!!貴方に何かあったらどうしようと、わたくし気が気ではなかったのよ!!」
四番目の姉ミーアが、エミリアを抱きしめる。どうやらずっと、エミリアの看病をしてくれていたらしい。
「ミーア姉さま…心配させてごめんなさい」
エミリアはミーアをぎゅっと抱きしめ返し、正直に謝った。
「大丈夫よ。貴方が無事ならそれでいいわ」
エミリアは怒られなかったことにほっとしつつ、優しい姉をここまで心配させてしまったことを反省した。
「本当にごめんなさい。…そういえば、他の兄さまや姉さまは?」
エミリアは他の三人の兄姉たちはどうしているか気になり、尋ねた。しかし、ミーアが質問に答える間もなく部屋のドアが勢いよく開く。
「「「エミリアッ!!!」」」
「リリアーナ姉さま、アレン兄さま、ウィリアム兄さま!!」
同時にやって来た三人の兄と姉に、エミリアは驚いた。三人は勢いを少しも落とさず、エミリアの所に走ってくる。
「大丈夫だったかい?知らせを聞いて驚いたよ」
「ハチが出たんだって?かわいそうに」
「エミリアは虫が苦手だもんな」
一気に喋りかけてくる三人に、エミリアは戸惑う。返事をする暇もなく次の言葉が投げかけられるので、会話のキャッチボールができないのだ。
「貴方達、一旦お黙りなさい!!エミリアが困っているでしょう!!」
ミーアの一括でようやくその場が静かになった。エミリアは一人ずつ順番に、話をしていく。
「エミリア。大丈夫だったかい?」
最初に口を開いたのは、一番目の姉、リリアーナだ。艶々とした黒髪を短く切りそろえ、凛々しい騎士の服を着ている。紳士的な口調も相まって、まるで王子様の様だと男よりモテる彼女はエミリア命の姉バカだった。
「はい。大丈夫です、リリアーナ姉さま。それにしても、今日はとても早いお帰りでしたね」
「君が心配で仕方なくてね。魔獣の討伐はボスだけ私が倒して、あとは部下達に押し付けて帰ってきたんだ。彼等には『鬼だ!』って泣かれたけど」
リリアーナは第一騎士団に所属している。第一騎士は魔獣という怪物の討伐にあたる国内きっての武闘派集団だ。そんな第一騎士団の団長である彼女は、国一番の剣士と言われている。
「それは…部下の方達に申し訳ないことをしてしまいました」
「大丈夫。あれくらいでくたばるような奴は第一騎士団には居ないよ」
そう爽やかな笑顔で告げる姉に、エミリアは苦笑した。リリアーナは部下にとても厳しい。残された部下達のことが気の毒で仕方なかった。だが、姉がそこまでして自分のもとに駆けつけてくれたことが、少しうれしくもあるのだった。
「次は僕の番ですよ、リリアーナ姉さん。僕だって、エミリアのことが心配で仕方なかったんだから」
そう言うのは二番目の兄アレンだ。柔らかい髪を長く伸ばして一つにくくって肩に垂らしている。紺色のローブには光を受けてキラキラ反射する金色のバッジが一ついていた。それはこの大陸の国王達が選出した、「世界的魔法使い」であることを証明するもの。この国でも三人しかつけることを許されていない、エリートのしるしである。
「アレン兄さま!心配かけてごめんなさい」
「いいんだよ。エミリアに不用意に近づいたハチが悪いんだ。後でこの敷地内への虫の侵入を防ぐ結界張っとくから、安心してね」
「お兄様…それすごく大規模な魔法じゃないですか?」
ここは侯爵家だ。当たり前だが土地も広い。そんなところに結界を張って、しかもそれを継続できるのは恐らくどの国を探してもアレンくらいしかいないのではないだろうか。
「…ところで、兄さま」
「なんだい?」
エミリアはアレンの顔をじっと見つめて言った。
「兄さまがもうすぐ学園に臨時教師として来るって本当ですか?」
「そうだよ。学園長にずっと頼まれてたのもあるしエミリアがもうすぐ入学するだろう?僕らの天使に悪い虫がつくと困るからね」
「…ありがとうございます」
いつもなら嬉しいはずの言葉に、エミリアは素直に喜べなかった。
「はいはい、そこまで。アレン兄さん、そろそろ俺に代われよ」
次にエミリアの前に立ったのは三番目の兄ウィリアム。髪を丁寧にセットし、お洒落なジャケットを格好よく着こなしている。
「大丈夫だったか?エミリア。商談は早くに切り上げてきたから、今日はずっと家にいるよ。お前が心配だしな」
「本当ですか?嬉しいです!」
ウィリアムは昔から人の懐に入るのがとても上手く根っからの商売人だった。現在は「エミリア商会」なるものを立ち上げ、運営している。商会はここ数年で大きく成長しルーチェ侯爵家の大きな資金源となっているのだ。
なぜエミリアを商会の名前にしたかというと、それは勿論ウィリアムがエミリアを溺愛しているからである。どんな相手でも必ず有利な条件をもぎ取る侮れない男として一部から恐れられる彼は、エミリアにだけはデレデレだった。
「エミリアの大好きなアイスも注文しておいたから、また食べような」
「え!?本当ですか!」
にこにことエミリアの頭をなでるウィリアム。その手を横にいたミーアがパシッと扇ではたく。
「お兄様、ずるいですわ。私もエミリアとお話ししたいのよ」
「ミーアお姉さま!今日は看病してくれてありがとうございました」
「いいのよ。可愛い貴方のためならね」
ミーアは繊細なレースが施されたドレスを身に着け、長い髪をバレッタで留めていた。扇を白くて細い手で持ち優雅に仰ぐ姿は絵本の中のお姫様の様だ。
「ミーア姉さまはいつ見ても綺麗ですね」
「あら、嬉しいこと。でも貴方の眩しさには敵わないわよ」
ミーアは扇で口元を隠しつつも嬉しそうに笑う。仕草の一つ一つが洗練されており美しい。彼女は社交界の花と謳われる淑女で、学園を卒業してからはエミリア商会の広告塔として活躍している。彼女が身に着けたドレスやアクセサリーは飛ぶように売れるのだ。
「エミリア、本当に大丈夫なの?困ったことがあったらすぐに言ってね。何でもするわ」
「本当に大丈夫ですよ、姉さま…」
勿論だがミーアもエミリアにはメロッメロのデレッデレである。
四人の兄と姉全員と話し終わった後、エミリアは申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、兄さま、姉さま…私実はもう眠くて…」
「ああ、そうだね。無理しないほうがいい。私たちは出ていくからゆっくり休むといいよ」
リリアーナが優しく言う。他の三人も姉の意見に従い、部屋にはエミリア一人しか居なくなった。
エミリアは足早に部屋にある大きな鏡の前に移動すると、自分の姿を確認する。
父と同じ黒い髪と瞳の兄姉たちとは違う、金髪碧眼。亡くなった母と同じらしい。顔立ちは美男美女揃いの兄姉たちに似ているので、かなりの美人といえそうだ。
「やっ、やばいやばいやばい!!これ、ゲームの中にいたエミリアと全く同じ姿じゃない!?」
エミリアは叫んだ。なぜここまで焦っているかというと、ようやく自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと理解したからである。夢の中の恵美という女性は、間違いなくエミリアの前世の姿だった。原理はわからないが、どうやら恵美はお望み通り大好きな乙女ゲームのキャラクターに転生したらしい。ただし、悪役令嬢だが。
(大体、何で悪役令嬢!?そんな王道な…!!)
エミリアが眠り込んでいた間に見た不思議な夢…もとい、前世の記憶。それに出てきた乙女ゲームというもののストーリーにはエミリア・ルーチェというキャラクターが登場するのだ。このキャラクターはヒロインがどの攻略対象と恋をしているときにも現れる悪役で、二人の恋をことごとく邪魔する。だがそれがますます恋を燃え上がらせ、最終的には断罪され平民になるのだ。
(どうしよう…断罪されたら、私、兄さまや姉さまと一緒に居られない…)
平民になれば、大好きな家族と一緒に居られなくなってしまう。それに。
(攻略対象の一人が、アレン兄さまなのよね)
乙女ゲームの中には様々な攻略対象がいた。その一人がアレンなのだ。大好きな兄が好きな人と結婚できるのならばそんなに嬉しいことは無いが、大好きな兄に断罪されるのはごめんだ。
(どうにかしてアレン兄さまをヒロインから遠ざけて、私もヒロインとは極力かかわらないようにしないと…)
エミリアはこれから訪れるかもしれない未来に怯えながら、決意した。
「私は、悪役令嬢になんか絶対にならないんだからっ!」
もともとは一話完結だったはずなのに、話が膨らみすぎて終わりそうにありません…。
できるだけ早く更新できるように頑張るので、このお話が面白いと思ったら第二話も呼んでくれると嬉しいです!
ご指摘も感想もお待ちしております!