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序章 妖少女ノ我儘
暗く冷たい冥界の奥底で、片目に包帯を巻いたその少女は大きな牙とは対照的に小さな口をキュッと結んだ。
そのまま鋭く赤い爪を一瞥すると、彼女の片目は正面を刺すように見つめる。
目線の先には、手のひらサイズの小さな火の玉が浮いていた。
ぼぅっと光るそれは、冷たい。だが、冥界の底ではひどく暖かく見えた。
火の玉は妖艶な女性のようにそれはそれは美しく光り、くるりと回って少女に会釈した。
「|玉藻《タマモ》か、変化を」
『えぇ、今…』
美しい火の玉に似合う女性の声色でそれは言葉を放つと、火の玉の周りを囲う数々の火を解き放つ。
ぶぉっ、と音を立てて煙の中で形を変えていくそれは、一瞬にして聡明な玉藻という女性の姿に変わった。
傾国の美女、とでも言ったところであろうか。
艶やかで長く、手入れの行き届いた黒髪。蜂蜜のように甘い色合いのその目は琥珀のように凛としており、長いまつ毛がその宝石のような瞳を縁取っている。
美貌と聡明さを兼ね備えた容姿にたじろぐことなく、包帯の少女は玉藻と同じ蜂蜜色の瞳をしっかり彼女へ向けた。
「すまないな、任務中に呼び出すことになってしまって」
「いえ、つい先ほどその任務を完遂したので、心配ありませんわ」
「そうか」
無愛想に少女は答えると「お前に折り入って頼みがある」と続けた。
「私は、従えた妖を連れ|現世《ウツシヨ》へ向かう」
「……それは…」
「お前に、私の座を一時任せようと思う」
「…私の一存でお受けすることはできません。お父上の許可が必要です」
包帯の少女は静かに笑い、片目の包帯をゆっくり外した。
そして、椅子の肘掛けに腕をつき、顎を支える。顔を傾けたまま、玉藻の目を離さない。
「父上が認めてくださるはずはなかろう。父上と同じ血統を示す真紅の目をわざわざ隠すことの意味も、お前は理解しているだろうに」
「…申し訳ありません」
「それでは、ここを頼んだ」
玉藻は少女をその強い瞳で見つめ、彼女の前に跪いた。
そして、凛とした声で驚く少女を射止める。
「私、玉藻は…主人である|燐火《リンカ》様にこの命尽きても仕える所存です。燐火様に何かあっては、お父上にも燐火様御本人にも顔見せできません」
「……希望を、もうしてみよ」
「護衛…いえ、召使として私を連れて行ってくださいまし。燐火様。」
燐火と呼ばれた少女は、蜂蜜色の右目と真紅の左目を細めて微笑んだ。
「…そうだな。召使か……ふふ、悪くない」
冷たく深い冥界の底に、その妖しい笑い声が響いていた。
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短編チューバーとして活動している藍染澄衣です。
このアカウントでも小説を投稿しようと思い、ネタを練りに練り溜めていたところ疲れてしまったので息抜きがてらこの小説を投稿します。
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