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    【曲パロ】うらみ交信
    
    
        リクエストありがとうございました。
11月2日は死者の日です。わたしもお祈りしたいと思います。
人は結局、死んだらどうなるのでしょうか。
※この小説は稲むり様の「うらみ交信」の二次創作です。
    
    
     うだるような暑さは今日も健在だった。
 憎いくらいに晴れ渡っている空は今日も澄んだ水色をしていて、昼下がりの空気を温めている。からっとした暑さだった。黒いカメラがその熱を留めているので、わたしの手のひらも焼けるように熱かった。
 それでも、わたしはカメラを手放すわけにはいかないのだった。君のことをよく撮っていたものだ。SDカードだって、大事に保管している。
 しばらくこうして立っているけれど、誰も現れる様子はない。ここはわたしともう1人以外知り得ない、いわば秘密基地のような場所だからだ。裏山に近く、静かで誰の介入もない。そんな特徴を持った場所をわざわざ選んだのだから。
 なあに、盆の終わりまでまだ時間もあるし、気長に待てばいい。大きめにひとりごとを言っても、反応するものはいない。盆が終わったら、ここで待つことはできなくなる、という意味でもあるのだ。
 覆水盆に返らず。一度起きたことははもう元に戻すことはできない、という意味らしい。完全に今まで通りになるとはわたしも思っていないし、恨まれても呪われてもいいくらいの覚悟でここに来ている。
 だから、盆が終わっても帰らないでいてくれるだけでいい。中途半端だった学校生活を完成させたいのだ。修学旅行だって、一緒に行きたい人は君しかいなかった。
「ついてきて」
 わたしの背中に、取り憑いてきて。まだ間に合うから。
 しばらくの静寂ののち、またドライヤーみたいな風がわたしのスカートをうねらせた。目が痛くなるくらいに青い空は何の異変もなく、わたしの背中が重いだとかだるいだとか、そういうこともなかった。
「わたしが悪いのかなあ」
 カメラを絞り優先モードに設定する。これで何か写るようになっていればいいな、とカメラ越しに周囲を写してみても、やはり何の変哲もない裏山がレンズにあった。
「どう思う」
 夏休みの課題を今日も放り出せば、ここで待つことはまだ出来るだろう。無気力に終わりばかり見て休みを浪費するよりも、ずっとずっと有意義だ。
 わたしはこう結論付けて、また待ちぼうけの姿勢に戻った。
「君はさ、望む姿になれたの」
 何もしないで待つのも暇なので、ひとつひとつ思い出を拾い上げてみることにした。その中でも、友達とする雑談テーマの中に一回は入ってくるであろう「生まれ変わるなら何がいい」を選んでみる。
「何が良いって言ってたっけ。人間だっけ」
 記憶を辿った先の君は、どう口を開いていたか。人間は声から忘れていく、というが、頭の中の声は未だはっきりとしていた。たっぷり時間をかけてなぞる。
「猫になりたいかな。それも、とびきり裕福なところの猫。おいしいご飯をお腹いっぱい食べて、大豪邸のソファで毎日昼寝するんだ」
 当たり前だ。忘れない。今すぐにでも会って、忘れられなくなりたいのだ。
「あー、ほんとにお金持ちの飼い猫になってるなら、それがいいけどさ」
 負け惜しみみたいに聞こえた言葉が、ぼんやりと空き地に響き渡って、次第にかすれていった。
 気づけば、青空にレモンを絞るように色が変わり始めていた。気温を上げる、というよりは、人間の目を痛めつける方にシフトチェンジしている。過ぎた時間はもう戻らず、青空を今日見られることはもうないだろう。それこそ、異変でもなければ。
 お盆でも、それはかえらないものなのだろうか。
「まだわたしは待ってるからね」
 未練があるのはどちらかといえばわたしの方のようで、なんだか地縛霊みたいだな、と一歩も動けていないわたしを他人事のように考える。乖離していくような感覚なのだ。大事なものが欠けたことで、半ば投げやりになってしまったのだ。
「今ならね、わたし殺されても構わない。別に、構わないよ。だからさ」
 その先が、どうしても素直に出てこなかった。涙はお通夜でとうに使い果たしてしまったから、わたしの表情はきっと変なものになっていることだろう。
「わたし、写真撮るよ。卒アルだって、わたしが撮るってこの前約束しちゃったんだ」
 あの丸い枠に写るのは気恥ずかしいでしょ。
 君なら、そう言ってくれるはずだ。
「気にしないよ。どんな姿でどんなところに居たって、君は君だよ」
 雑談の思い出、その何百いくつのうちのひとつ。人は死んだらどこに行くでしょう。
 重くて突拍子もない話を、ふと君としていたことが思い出される。わたしはなんだか報われない気がするから、天国も地獄もあるしどちらかに行くんだ、と答えた気がする。
 君は、確か。
「ほんとは、裕福な飼い猫になれてなくて。もし君が今天国にいても、地獄にいたとて、それでも良いけどさ」
 天国も地獄も存在しないなんて、言うなよ。
 ぽつりと溢しそうになった時、太陽が地平線に食い込んで、青は完全に消え失せた。黄色い世界がじゅわっと広がり、わたしを覆う。
 同じように、ぐっと堪えて溢さないようにしていた言葉たちが、喉奥にしつこく絡み出す。
『なんでわたしのひとりごとみたいになってるのさ。未読スルーは嫌われるよ。だから早く既読付けて、返事してよ』
「もし、もしだけどさ」
『あんな終わり方で良かったはずないでしょ。わたし、ああいうのは地獄に落ちると思ってるんだけど。何が気に入らなかったの?』
「君はほんとに、それで自由になれたとしたら」
『枕元で体を縛って。金縛りってやつだよ、君なら要領がいいからできるよね』
「わたし、は。それで良かった」
『ぜんぶぜんぶ、君のせいだよ。君がこっちを恨んで怨んで、自分のこと殺しちゃったせいだって、ずっと言ってるじゃん』
「筈、だったのに」
 急速に、世界が縮んだ。
 薄いレモンからオレンジになって、そこから藍になると思いきや、血に似た真っ赤な色に変わっていく。ぐにゃぐにゃと揺らめいて、真っ赤が今度はわたしを覆い隠す。
 あ、もしかして。
「君が今、そこにいるとしていいんだよね。いや、いるんだよね。そうだよね。良かった、帰ってこないかと思うところだったんだよ」
 次第に口元が緩んで、目尻が下がっていく。
「ごめんの一つも言えぬまま、なんて、絶対嫌だったからさ」
 今、写真撮るよ。ピースして、表情決めて。
 いつものようにカメラを構えて、君が笑ってくれるのを待つ。
 わたしの地面は崩れそうな積み木のようにぐらりと揺れる。そよ風が吹き荒れる風になって、かあっと燃えるような大気がわたしを強く掴む。山が、電柱が、空き地に置いてかれたゴミが、輪郭を壊して、夕焼けに取り込まれる。太陽が元からそうだったように黒く塗りつぶされて、爆ぜた。
「すごく、喜んでるね。久々だもんね、誰かに写真撮られるなんて」
でもわたしは動かない。ただ、君が準備を終えるまで待つだけだ。
「綺麗に撮るよ。はい、チーズ」
 どす黒く濁ったカメラのレンズが、君をようやく写し取ってくれた。遅い。遅いけど、間に合ったんだ。
「わたしずっと君のことうらんでたけどさ、もうお終いにするね。恨むでも怨むでも憾むでも、きっともう関係ないよ」
 黒い風が、わたしを抱きしめてくれた。色素が抜けていくわたしは、こうしてまた君と同じところにいられるのだろうか。
「ツーショット撮ろう。これから一杯撮れるけどさ、記念に一枚」
 これから、いつまでも撮れるんだよね。
「わたしは何だって構わないよ」
 殺されて、また殺されても構わない。構わない。これまでもこれからも忘れぬように、わたしをそっちに引きずり込んで、引きずり込んでよね。
 わたしは今も、これからも、ずっと笑顔で写真撮るよ。ブラックアウトしたって、わたしと君には関係ないよ。
 今どうしようもなく、わたしはうれしい。
 だから殺されて、殺されても構わない構わないよ忘れぬように引きずり込んで引きずり込んでよね殺されて殺されても……