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飛ばさない紙飛行機
2025/07/09
私の右斜め前の席の男の子は、よく紙飛行機を折っている。でも飛ばさない。彼は窓際の席なので飛ばそうと思えばいつでも飛ばせるのだが、絶対に飛ばさない。少なくとも私は、彼が外に飛ばしている姿も、外で彼の紙飛行機を見かけることも一度だってなかった。彼が外に投げるのは良くないだろうという真っ当な意見を持ち合わせる人間だったとしても、教室の中ですら飛ばさないので、もはや折り紙が趣味の少年と思うしかないのだろう。ただそれなら別に紙飛行機じゃなくてもいいのではないか。鶴とか、色々あるだろう。私は折り紙を折る彼の姿を見かけるたびにそんなことを考えるが、特段親しい仲でもないので真相は謎のままだった。授業中でも昼休みでも、気づけば紙飛行機を生み出している彼を、私はいつからか無意識に目で追うようになった。
英語の授業中だった。先生が問題の解説をしている時、私は彼の手元を眺めていた。彼はまた紙飛行機を作っていた。先生に見つからないように教科書を立ててうまい具合に隠している。「山宮。」不意に、先生が私の名前を読んだ。「ここはなぜこうなるのかわかるか?」次に当てられるの私だったっけ、と記憶を辿りつつ、黒板をみやる。しかしまず文字で溢れている黒板のどこに意識を集中させるべきなのかすらわからず、数秒黙り込んだ上で「わかりません。」と答えた。少しだけほほに熱が集中していた。先生は「じゃあ、前田。」と彼の前の席の女の子を指名した。前田さんはすぐに答え、それはどうやら当たっていたようで、先生は上機嫌に解説を始めた。余計に恥ずかしくなりながら、紙飛行機に集中している彼の手元をちらりと見た。彼は完成しているであろう紙飛行機をどうしてか一度開き、中にペンで何かを書き込んだ後、再び折って元の姿に戻した。
気になった。何を書いたのかがどうしても気になった。が、前述の通り私と彼は親しいわけでもなんでもないので面と向かって「見せて。」なんて言えないのだ。心がむずむずして仕方ない。彼は中に何かが書かれている紙飛行機をいつもの通り机の中にしまい、頬杖をついて窓の外を眺めていた。私も同じように視線を移したが、今日の天気は曇りで太陽も隠れていて、蒸し暑いということも影響して心がいつもよりふすふすだったので、この景色はどうにも好きになれないと思った。でも、窓に反射している彼の顔を見れるのはラッキーとしか言いようがなかった。
例の紙飛行機は、やはり彼の机の中に置いてあった。それはお昼休みも、5限目も、6限目も変わらなくて、ついに放課後になっても全く同じ状況であった。彼は紙飛行機を折った後は一時的に机の中に入れているようだけど、翌日になったらもう何もないので、おそらく家に持ち帰っているのだろう。だがしかし、今日はどういうことやらそれを忘れているようだった。長引きやすい舎外の掃除を終えそのことに気づいた時、私の胸は急に高鳴った。教室にはまだ数人の生徒がいたが、恐らく少し待てばすぐに撤収するだろう。そうしたら、教室には誰もいなくなる。
私は廊下へ出た。廊下は朱色の夕日に染まっていて、運動場では運動部の掛け声が響いていて、下駄箱の方からは女子生徒たちの高い声が聞こえてきて、顔も知らない生徒や先生とすれ違って、トイレに入ると私を感知して電気がパッとついて、用を足して手を洗って、鏡には見慣れて顔が写っていて、そんな普通の日常を送っている、平凡な女の子。普通の思いを抱えてる女の子。
教室に戻った。もう誰もいなかった。私は彼の机へ向かった。机の中に手を入れた。紙飛行機の感触が確かにあった。取り出した。心臓がうるさかった。紙飛行機の中に書くことなんて大したことはないんだろうけど、でももしかしたら、もしかしたら、心臓はなおらなかった。ゆっくりと中を開いた。彼の文字はふにゃんとしていた。『この子好き』。それだけ。どこか拍子抜けした。「この子」が一体誰なのかはわからない。どういう「好き」なのかも。友情としての好きなのか、恋愛としての好きなのか、憧れとしての好きなのか、マスコット的な好きなのか。結局何もわからないし、この文章に大きな意味があるともあまり思えなかった。でも私の表情は自然とにやけていた。なんとも彼らしかった。愛おしいと思った。
前田だよ。「彼」が好きなのは!!!!一瞬だけ出てきた前田!!!!!「彼」が窓の外を見ていたのは!!!!窓に反射する前田の横顔をこ盗み見てたわけで!!!!!でも同時に主人公も「彼」を見てたわけで!!!!!!!
うわあ三角関係わろた。