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二次創作
そうだ、二次創作を書こう
夜だった。月が出ていて、あたりを柔らかく照らしていた。ロマンチックといえばロマンチックな景色だが、今、私にとってそんなことに意識を向けている暇はなかった。目の前に鬼がいるからだ。鬼の瞳が私を捉えていた。刀を、鬼がいつ襲いかかってきても反応できるように構える。はりつめた空気が数秒続いた後、鬼が牙を剥き鋭い爪を出しながら、飛びかかってきた。私は呼吸を整えた。
「水の呼吸 肆ノ型 打ち潮」
鬼に斬りかかる。私が立ち上がった時には、足元に鬼の頸が転がっていた。ぼろぼろと崩壊していく鬼の体を見て、切れた、と思う。刀をぎゅっと強く握った。大丈夫だと念じる。私は無力ではないのだと。
藤襲山で行われる最終選別。私はその参加者だった。今日で3日目、斬った鬼は3体。決して多くはないけれど、いつ鬼が襲ってきてもおかしくないことが、私の恐怖を駆り立てていた。
「おかえりなさいませ。」
藤襲山に入ってから、7日が経った。入山した時と同じ、黒い髪の毛と白い髪の毛の全く同じ顔をした子たちが迎えてくれた。最終選別を突破したのは私を含めて3人だ。20人以上いたのに、と愕然とする。隊服や階級の説明をされたあと、
「今からは皆さまに鎹鴉を付けさせていただきます。」
白い髪の毛の子がそう言い、パンと手を叩いた。カーッ。鴉の鳴き声と羽の音が聞こえた。1羽の鴉が、私の肩に止まった。「主に連絡用の鴉でございます。」鎹鴉。頭の中で復唱する。
その後、刀を作る鋼を選び、家に帰った。刀が出来上がるのが待ち遠しいとも思ったが、体中が痛くてたまらなくて、それどころではなくなった。
2週間ほどがたった。ひょっとこのお面をつけた刀鍛冶の方がやってきて、日輪刀を受け取った。日輪刀は別名色変わりの刀と呼ばれ、持ち主によって色が変わるらしい。鞘から抜き、刀身を見つめた。ずずず、と色が変化していくのがわかった。「赤黒い?」鮮やかな赤ではないが、漆黒でもない。これは綺麗な色だと刀鍛冶の方が言ったが、私としては水の呼吸を使うのに赤が入った色だったので、なかなか反応がしにくいものである。その時、鎹鴉がカアアと鳴いた。
「立花喜代ォ刀ヲ持テ。最初ノ任務デアル!」刀はもう持っているのだが。
「この村であってるの?」
「ソウダ。コノ村デ数名ノ女性ガ行方不明ニナッテイル。」鎹鴉がまたカァと鳴く。私は刀の鞘の部分を握り、気を引き締めた。鎹鴉はここからは私と離れて行動するようだ。戦闘に巻き込まれては連絡用として機能しなくなるからだろう。緊張で、胃のなかの内容物が込み上げてくるような感覚がした。
村に足を踏み入れた途端、空気が変わった気がした。重たく、嫌な雰囲気だった。言葉にできないようなおかしな匂いも漂っている。生臭いけれど、人の血とは少し違う。どことなく不気味だ。どこかから見られている気がする。眉間にしわを寄せながら歩いていると、不意に背後に気配を感じた。バッと振り返る。私の予想に反して、そこには優しそうな女性が立っていた。女性は戸惑ったような表情を浮かべていた。
「あのぅ、見ない顔ですけれど、こんな村に何のご用でしょうか。」
よかった、人がいたのだと肩の力を抜き、口を開いた。が、開いた口から出てきたのは曖昧なものだった。「ええと、なんと言いますか、警備、みたいな。」何と説明すれば良いのだろうか。鬼殺隊は政府非公認だし。刀を持っているのも一般的に考えればおかしいだろう。
「その、この村で数人の行方不明者が出ていると聞いたので。その調査に来ました。」女性はやはり優しそうな表情をしていた。「あら、そうですか…。」最後に、女性は私の持っている刀をチラリと見やり、どこかへ歩いて行った。
「ねえ、おねえさん。」羽織を後ろからくいと引っ張られた。「え、な、なに?」振り返ると、私よりずっと背の小さい、可愛らしい顔の女の子が立っていた。きっとまだ10歳くらいだ。丸っこい瞳で私を見つめた。
「おねえさん、あのこと、調べてるんでしょ。」「あのこと?」聞き返すと、女の子は声をひそめた。
「行方不明者のこと。あたし、知ってるよ。」驚いた。けれど、知っているのなら聞くしかない。詳しく教えてくれるかなと言うと、女の子は少しだけ口角をあげ、ぐいっと、今度は手を引っ張られた。「こっちでね。」そう言って歩き出した。あまりにも強い力で、おかしいと思った。咄嗟に、女の子の口元に視線をやった。後ろからでも少しだけ見える柔らかそうな頬。口が裂けそうなほど笑っていた。そこには鋭く尖った牙が光に輝いていた。
鬼だった。そう気づいて、心臓がどっと大きく波打った。私は彼女の手を振りほどこうとしたが、力が強くて動かすことができなかった。そのため片手で刀を引き抜いた。女の子は振り返り、目を細めた。
「どうして刀を向けてくるの?」怖いとそれしか頭になかった私は、答えることもできずに適当に刀を振った。まずは手を離してもらわないと、話にならないのだ。私の想定通り、女の子は刀を避け、私の手は解かれた。私は両手で刀を構える。「おねえさん、怖いよぅ。」そう言う女の子の口元は、やはり楽しそうに笑っていた。
「水の呼吸 拾ノ型 生生流転」
斬り込んだ。感触はあったが、頸は切れていない。私は女の子から距離を取るため、屋根の上に乗った。俯瞰的に見る方が状況を把握しやすいと考えたためだ。
「私だけじゃないんだよ、おねえさん。」私に斬られた腕を再生しながら、女の子がけらけら笑った。周りをぐるりと見渡すと、物陰や家の中から人が出てきていた。10人と少し。その中には、先ほどの優しそうな女性もいた。そして全員、女だった。
生臭い匂いがキツくなった気がした。多分、気のせいではない。女性特有の匂い。
それよりもだ。鬼は群れないんじゃなかったのか。どうしてこの村にはこんなに鬼がいるのか。この女の子以外は鬼ではないのだろうか。でも、それなら女の子がとっくに全員喰っているはずだろう。ということはやはり全員鬼なのか、じゃあなぜ共食いをしていない?湧き出てくる疑問と、緊張と、不安と、恐怖。
女性たちは私から視線を離さず、私もまた刀を構えじっとしていた。重い空気のせいで体が鈍っている気がする。
突然、女性たちが一斉に襲いかかってきた。私は反射的に上に飛んだ。空気を深く吸い込み、攻撃をしかけた。「水の呼吸 弐ノ型 水車」女性たちの頭や体の一部があちこちに飛び、血が舞う。しかしまだ頸をはねていないものもいた。続けて技を出す。「水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦」再び、屋根の上に着地した。違和感を抱いた。私は傷ひとつつけられていないのだ。鬼ならば、鋭い爪や牙や、血気術まで持っているだろうに。私が彼女たちの死体を見やった。嫌な予感がして、たまらなかった。
体の崩壊が始まっていなかった。ただ倒れて、血を流しているだけであった。
遠くから見ていた女の子が、可愛らしい笑い声を上げた。「すごいね、おねえさん。でも残念だね。この人たちみんな人間なんだよ。私が操ってただけ。」ああ、と思った。絶望でも、罪悪感でもなかった。ただ、私は人を殺してしまったんだと理解した。同時に、それは許されるものではないということも。そしてそれを故意に行い楽しんでいる女の子は、許してはいけない存在なんだろう。「ねえ、あたし、すごくなーい?」無邪気な笑顔を浮かべる女の子に、私は変な感情を抱いた。それは今この場面で抱くべき感情ではないのかも知れなかった。
「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」
斬りかかるも、女の子は身軽な動きでそれを避けた。「もっと視野を広くした方がいいよ、おねえちゃん。」女の子の言葉にバッと辺りを見回す。いつの間にか先程と同じように、操られているであろう女性たちに囲まれていた。女性たちはゆらゆらと歩き、女の子の前に立ちはだかった。うちのひとりが女の子を抱きかかえる。彼女達の瞳には生気が宿っていなかったけれど、きっと、肉体的に生きている人はいるのだろう。刀を持つ手がぶるりと震えた。さっきは女性たちも鬼だと思い込んでいたから、斬ってしまってもまだ内心で言い訳ができた。でも、今は違う。人間だということも、生きているということもわかっている。
心臓の音がやけに大きく体に響いていた。
彼女たちの瞳は、私に助けを求めているようにも感じた。私を睨んでいるようにも感じた。死なせてくれと乞うているようにも感じた。ただ光のない瞳で私を見つめているだけだった。
「おねえさん、どうしたの?斬らないの?せっかく集めたのに。」女の子は退屈そうに自身の足をぶらぶらと持て余していた。「今、みーんな食べちゃってもいいんだよ。」
「何がしたいの?」乾いた声しか出なかった。私の言葉に女の子は数秒考えたあと答えた。「別に、楽しいんだし、目的とかないよ。」喉がカッと熱くなった。動くことはできなかった。
「はーやーくー斬ってよー。でも、できないかな?おねえさんには。」
女の子が高い声を出した。実に愉快そうな表情だった。それは可愛らしくもなんともない、醜い鬼のものだった。
私は刀を鞘にしまいながら、村を出た。後ろから女の子の笑い声が聞こえてきていたが、それもすぐになくなった。どこから現れたのか、鎹鴉が私の肩に止まった。カァと鳴いた。
私は今日、人を殺した。鬼も殺した。悪いことをした。良いこともした。だけど、悪いことの方が圧倒的に大きかった。私は被害者であり、加害者になった。
なんだか湿っぽい土の上を歩いた。一歩進むたび、体が悲鳴を上げるように痛んだ。それでも進んだ。無意識に、刀の持ち手部分を強く強く握りしめていた。
なんかよーわからんくなった!!!!!!!!