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抜刀少女
ハイリスクレッド
闘強少女道璃夢 3
Drawn Sword Girl
☆
抜けば珠散る氷の刃!
☆
真夏の夕刻をまだまだ太陽が暑く照らしている。
地響きの様なエキゾノートサウンドを轟かせながら Dark Gray Metallic color の車が私に向かって駆けてくる。
Dark Gray Metallic color の車が私の目の前に停車する。
SUBARU BRZ-GT。
私の目の前に停車した Dark Gray Metallic colorの車の助手席のウィンドウが音もなく開いていく。
ひょこっと、つぶらな瞳に長めの顔が現れる。
カスミ、と名付けられた5歳のシェルティ(シェットランドシープドッグ)だ。
カスミは白と黒のマーブルカラーの長い毛足の体をくねらせながら私を見つめてくる。
その愛くるしさに私の顔もとたんに緩んでしまう。
カスミの後ろから、運転席から声が、昭和な台詞が聞こえてくる。
「ヘィ、彼女、俺のマシーンに乗らないか?」
その声に、うん。と私は頷いた。
私の頷きにカスミはヒラリと身をひるがえし後部座席へと跳び移り助手席を空けてくれる。
私は助手席に乗り込みシートベルトをしながら運転席に向かって声を掛ける。
「リュウ、ありがとう」
おぅ。
と声を出しながら左拳の親指を立てて見せる。
後部座席のカスミが、クゥンと切なく鼻を鳴らす。
カスミも、ありがとうね。
ワン。
カスミの声を合図にSUBARU BRZ-GT のアクセルは踏み込まれ Dark Gray Metallic colorの車は再びエキゾノートサウンドを響かせて駆けはじめた。
☆
私の姓名は、流水(ながみ)梨冴(りさ)12歳。今は小学校の6年生。
そして、Dark Gray Metallic colorのSUBARU BRZ-GT を運転しているのは、リュウ。
姓名は、流水(ながみ)龍(りゅう)
65歳の私の祖父。
じっちゃん、である。
髪は白髪?って言うより、銀色?
Silver colorです。
Silver color の髪は長く伸ばされ、無造作に後ろに撫で付けているのでまるでドラゴンの鬣の様に見える。
黒地にセクシーな女性のイラストがプリントされたTシャツ。
ダメージ加工されたショートジーンズにスーパースターのスニーカーが今日の出で立ちである。
☆
夏休み、ママとパパの薦めで中高一貫校の受験をするために私は進学塾で特別講習を受け始めたのだ。
今日は、その特別講習の初日でした。
普段は家の近くの塾へ自転車で通っているのだけれど進学塾は私の家からバスで20分以上かかる場所にある。
講習の始まりは午後1時。
講習が終わるのは午後6時。
ママもパパも共働きなのです。
だからバスで行き帰りする予定だった。
そこへ、リュウが帰りの迎えに来てくれたのだ。
☆
リュウ(じっちゃん)は、5年前まで地元の銀行に勤めていた。そして定年退職した。
定年退職してからは暇な時間ができ朝に夕に散歩する事した。
その散歩の相棒にと産まれて数ヶ月のシェルティのカスミを譲り受けてきたのだ。
カスミって名前はカスミがリュウの家に来たその日、テレビを見ていてCMに出ていた可愛い女優さんを気に入りその女優さんから拝借したらしい。
漢字で書くと(架純)です。
まだその頃のリュウは、髪は黒く、落ち着いたベージュ色のポロシャツに焦げ茶色のスラックスって感じの服装で、じっちゃん。って呼んでた。
それが3年前、突然、祖母、ばぁちゃんが病気で亡くなってしまった。
じっちゃんとばぁちゃんは二人で暮らしていたから突然一人になってしまったじっちゃんはめっちゃ落ち込んでしまった。ほんと可哀想だった。
そんなじっちゃんを見かねたパパは、ばぁちゃんの四十九日が過ぎるとママと私と一緒に暮らそうって提案した。
じっちゃんは寂しさの中にちょっとだけ嬉しそうな表情を作り出して、ありがとう。って答えてた。
結局その時には、はっきりと何も決まらず何と無く2ヶ月以上経った頃、前触れもなくじっちゃんが私達の家にやって来た。
Dark Gray Metallic color の SUBARU BRZ-GT に乗り、Silver color に髪を染め上げ、ワインレッドの革ジャンにウォッシュの利いたジーンズという姿で。
その姿、出で立ちにパパもママも私も唖然、呆然だった。
敢えて出た言葉を言うなら、パパは「お、親父…」
ママは「お、義父さん…」
私は「…じっちゃん…」
そして、じっちゃんは私に向かって言葉を出したのだ。
「梨冴、じっちゃんはやめてくれ!リュウって呼び捨てしてくれ」
と言い切り、ニッカ、と笑顔を作り言葉を続けた。
「そこのマンションの一番上、10階に引っ越したから御近所付き合いよろしくな」
と言い終わり、どや顔で右拳の親指を立てて見せた。
☆
リュウの暮らしはじめたマンションは私達の家から歩いて5分とかからない場所だった。
リュウ曰く、一緒に暮らすとパパやママや私の生活リズムを狂わせるからのぉ、って。
年寄りは朝が早いからのぉ、って。
洗濯物も増えるし気も使わせるからのぉ、って。
結局、夜ご飯は一緒に食べるって事で決まりました。
リュウからは過分な食費を渡してもらってるみたいでママの顔が緩んでます。
私もリュウが近くに暮らしはじめてくれたおかげで色々教えてもらたり、助けてもらたり、ちょっと得している。
リュウの暮らすマンションの部屋の間取りは、お風呂、トイレ、洗面所と、12畳のダイニングキッチンと寝室用の12畳になっている。
フローリングに仕上げられた12畳のダイニングキッチンの真ん中にはペルシャ絨毯。
その上にはコンパクトなテーブル、向かって左側の壁側にはテレビとオーディオプレーヤー。
リュウの部屋のBGMはたいていがR&Bっていう洋楽。
テレビとオーディオプレーヤー、ベランダに向かうガラス面以外の壁面にはびっしりと本が並べている本棚。
推理小説、犯罪小説、アクション小説、コメディ小説、恋愛小説、時代物小説にファッション雑誌からスポーツ雑誌まで何でもありです。
その片隅に、カスミのおトイレセットが有る。
もっともカスミはリュウとの朝夕の散歩以外はおトイレをしないのだけど。
寝室用の12畳には家具はいっさいなくウォークインクローゼットとロフトにリュウの寝具と洋服は収納さている。
そしてクローゼットに向き合う場所に神棚があり、香取大明神と鹿島大明神と記された掛軸が2本掛けられている。
掛軸の前には、四段の刀掛け台に四振りの刀が置かれている。
四振りの刀。
一番下が、白木の木刀(鍔付き)。
下から二番目が銘刀(妖刀)村雨の模造刀。
上から二番目が居合刀(刃研ぎ無し)。
一番上が真剣刀(刃研ぎ有り)である。
リュウが、居合道のひとり稽古をする為である。
勿論、ちゃんとしかる場所でしかる必要な手続きをし許可を得て居合道の道場にも属している。
☆
リュウが神棚の前に立つ。
カスミもリュウの傍らで神棚の前に立つ。
出で立ち、服装はいつもその日その時のままだ。
リュウ曰く、居合道は武である。武に先手はない。
先手はないとは護身。
Self defence である。
Self defence ならば何時如何なる時にでも体現実戦出来なければ無意味。
ジーンズだから、ジャージだから、ミニスカートだから、サンダルだからって言い訳は無しである。
あとは、心。
心掛け、心構えである。
リュウが神棚を見上げる。
カスミも神棚を見上げる。
リュウが柏手をパン、パンと打ち鳴らし手を合わせ頭を垂れる。
それに合わせてカスミも頭を垂れる。
合わせた手を解きSilver colorの長い髪に両手の指を差し込み後ろへ撫で付ける。
続けて白木の木刀の脇に有る白く細長い布を手に取り細長い布の真ん中を額に当て後頭部へ向け布を回し伸ばす。
白く細長い布、はちまきを後頭部でキリッと絞める。
カスミは静かにリュウの傍らから離れダイニングキッチンと寝室用の境にちょこんと座り視線をリュウに向ける。
リュウは、白木の木刀を左手に持ち12畳の真ん中に正座し木刀を左脇の床に静かに置き黙想する。
黙想を解き木刀に左手を伸ばし右手を添えて左脇に差し込む所作をおこない腰だめに左手で握り持つ。
☆
私は、リュウの居合道の稽古を始めて見たとき正直怖くてビビッちゃった。
ギラリッと異様に輝く刀に、いつものチャラ男風のリュウとは別人の厳めしオーラにビビッちゃった。
でも、めっちゃカッコいいとも思った。
初めのうちはダイニングキッチンの片隅から遠く眺めてたけど月日が経ち慣れてくると興味も湧いてきた。
いつからかカスミと並んで正座してリュウの居合道の稽古を真面目に見るようになっていた。
☆
私は一人っ子なので小学校から帰ると宿題を済ませリュウの部屋へ行く。
リュウがマンションに引っ越して来るまではママかパパが帰って来るまでは一人ぼっちだった。
居合道の稽古を見る。
本棚にある雑誌を読む。小説を読む。
カスミとじゃれあって遊ぶ。
夕方からリュウとカスミと私で散歩に行く。
そのまま散歩から私達の家へ帰る。
リュウとカスミは夜ご飯を一緒に食べてマンションへ帰る。
夏休み、冬休み、春休みは午前中からリュウの部屋へ行く。
そんな感じで一人ぼっちの毎日が無くなった。
リュウの居合道の稽古を見るようになって半年くらい経った頃、私もやってみたいなぁ。って呟いた。
本気か?リュウに聞かれた。
本気だよ。って答えた。
うん。って頷いてリュウが微笑み返してきた。
それから、1週間後、リュウが私に白木の木刀(鍔付き)を手渡してくれた。
「それは、梨冴 専用じゃ、身丈に合わせてそれぞれじゃからな」
めっちゃ嬉しかった。
それも私専用だなんて背筋がピーンって伸びて緊張しちゃった。
その日から私はリュウの指南で居合道の稽古を始めた。
勿論、技術だけじゃなく心掛け、心構えまでちゃんと理解する様に稽古した。
☆
進学塾の特別講習も終り、わずかに残っていた夏休みも終り、2学期が始まった。
居合道の稽古も2年半が経っている。
二学期が始まり2週間、いつも通りに学校から帰ると宿題を済ませてリュウの住むマンションへ向かった。
ただいま。と声をかける。
タッタタタ、とカスミが出迎えに駆けてくる。
カスミを受け止め抱き締める。
カスミと並んで部屋の奥へと足を進めるリュウが声を掛けてくれる。
「梨冴、おかえり」
ただいま。と答えるとリュウは手にしていた色鮮やかな長細い包みを差し出してきた。
鮮やかな朱色に錦糸刺繍。
うわぁ、綺麗。声を出しながら私はその細長い包みを受け取った。
包みの口を括っている紐を解き中身を取り出してみる。
模造刀だった。
銘刀、村雨の模造刀である。
リュウの刀掛け台に置かれている模造刀と同じだった。
違いは長さ、私の身丈に合わせてあるためにちょっとだけ短い。
「そろそろ、梨冴も鞘抜き、鞘入れをしてもいい頃じゃ」
「リュウ、ありがとう、私、ガンバる!」
☆
白木の木刀で居合の手順、形、体裁きを稽古してきたそれに刃の抜き入れが加わるのだ。
居合道の最初にして最も難しのが刀の、刃の鞘抜き(抜刀)。
左手、左腕、腰の捻り、肩の入り身、右手の添え握り、右腕の抜き払い。
全てを一挙動で行う。
勿論、抜刀された刃もその流れの一閃で斬り込まれる。
一刀両断。一撃必殺。
初手で決まる、あっても二手まで。
流れのままに鞘入れ(納め)なければ成らない。
まして、私がリュウから指南してもらっている居合はリュウの思考により独自のスタイルに変化させてあるから更に難しい。
悪く言えば、我流。
でも、リュウ曰く、現時代的に進化させたもの。
名付けて「リュウスイリュウ」
リュウスイリュウ?って?
「龍水流じゃ」
ん?それってリュウの姓名の後ろから読みじゃん!
いぇーい。と、どや顔で右拳の親指を立てる、リュウ。
こうして私の模造刀による鞘抜き(抜刀)鞘入れ(納め)の悪戦苦闘の日々が始まった。
☆
残暑が終り朝夕に涼しさが増し木々の葉が色づき紅葉し色を失ない寒さを感じ始めジングルベルが聞こえてくるカスミとの散歩もちょっと厚着していく冬休みが始まり大晦日がきて年が終わる。
勿論、ちゃんと学校へ行き宿題をして塾へ行って中高一貫校の受験勉強も抜かりなくやっている。
受験生には正月はない!なんて言われるけどいつも通り楽しく過ごしてお年玉を握って初売りへリュウと行く。
もっとも何を買っても支払いはリュウが全部してくれるのでお年玉が減ることはない。
ママには内緒です。
学校も三学期が始まり小学生も残りわずか。
いよいよ、中高一貫校の受験日がやってきた。平常心、平常心、リュウのアドバイス?を心の中で繰返し受験の2日間を乗り越える。
10日後。
合格発表の日はママと一緒に見に行った。
やったー!見事に?無事に?合格していた。
そして小学生最後の日、卒業式。
中学校は皆と離ればなれになると思うと涙が溢れてきた。
でも、4月からは中学生、新しい友達出来るからちょっとワクワク。
☆
そして4月。
今日から中学生。ピカピカの1年生?
中学校の入学式、中高一貫校は通学学区が広いから私の知らない住所からの人もたくさんいる。
入学してから初めの1ヶ月間は友達になれそう?ちょっと無理?みたいな感じで様子見です。
そうしているうちに気になる人が2人いた。
男子が1人、女子が1人。
って言ってもイケメン男子ってわけじゃなく、ぶっちゃけヤナ感じの方。
女子の方もカワイイってわけじゃなく、何だか暗いって言うか静か過ぎじゃね?って感じです。
ヤナ感じの男子ってのは、やたらと声がデカイ。態度がデカイ。体もデカイ。いつも上から目線でモノを言う。
姓名は、オオクラショウゾウ(大蔵 省造)
女子の方はいつもぽっんと一人で静かに本を読んでいる。声も小さいし声をだして笑わない。体もちょっと小さいかな?
姓名は、ミナモシズカ(水面 静花)
1ヶ月が過ぎると案の定と言うか、ヤナ予感が当たったって言うか。
ヤナ感じの男子オオクラショウゾウが静か過ぎる女子ミナモシズカに目をつけ虐めを始めた。
シズカ女子のミナモ(水面)私のナガミ(流水)同じ水の文字を持つ親近感でなんとなくシズカのフォローをしてみる。
しかし、オオクラショウゾウは意に介せず虐めを繰り返す。
シズカはただなされるままに項垂れ縮こまる。
フォローする私には、ありがとう。って声を出すのに、ヤツには、やめて!の声が出せない。
さらに周りのクラスメイトも見て見ぬふり、触らぬオオクラショウゾウに祟り無し?ですか?
そして、遂に、私とオオクラショウゾウとの対決の日が来てしまった。
☆
体育の授業。
週に1度、1時間だけ武道の時間がある。
剣道、柔道、空手道の内から選択する。
もっとも私達生徒が選択するんじゃない、学校の都合で選択される。
空手道、中高一貫校の中高どちらにも空手部はない。って事は指導する先生がいない。で却下。
柔道、中高のどちらにも柔道部はあるのだけれど畳みの道場が限定されているって却下。
剣道、中高のどちらにも剣道部はある。板張りなら道場じゃなくても体育館で間に合う。指導する先生もいる。って事で私の通う学校の武道の時間は剣道です。
体育館の用具倉庫に無造作にまとめて突っ込んである竹刀をそれぞれ手に持ち体育館の床に整列して正座する。
もちろん、服装は体操服です。
指導する先生の言う通り号令に合わせて礼をして竹刀を正面に構えてまずは蹲踞する。
竹刀を構えて蹲踞するなんて初めてのクラスメイトばかりで、ぐらぐらと体勢を崩して床に転がる。
右足を前、左足を後ろに爪先立ちになって竹刀を正面に構えて振りかぶる。
ぴょんぴょんと前後に跳ねながら竹刀を振り下ろす、振りかぶる、振り下ろす、振りかぶる、振り下ろす、を繰り返す。
男子、女子に分かれて頭の高さ、頭の横に突きだし並んだ竹刀を叩きながら進み打ち、順番に打ち手が入れ替わる。
「ピィー!」
先生の笛が鳴り響く。
「みんな、ちょっとすまない、教員室へ行ってくるから自主練習してくれ」
そう言うと先生が体育館から出ていってしまった。
途端にざわざわと声が聞こえてくる。
テキトーに竹刀を振り回しながら男子達の練習が乱れ始める。
女子達は、ちょっと休憩とばかりに竹刀をダラリと下げて杖がわりに顎を乗せている。
さすがに、体育の授業用具の竹刀と言えども一応、刀。
私は、刀の先を床に着けたりわしない。
私は左手に竹刀を持ちそんなクラスメイトの女子達を眺めていた。
しかし、竹刀って、刀って文字はあるものの私の知っている刀とは全然違っている。
刀としての反りもなければ、刃と峰の別もない。
切り分けられた竹を組み合わせたただの竹の棒。
もちろん鍔もない。
正式な剣道部の練習や試合では鍔を付けるらしいけど。
☆
ちょっと休憩している女子達の空気が乱れ揺れる。
揺れた空気の中をオオクラショウゾウがデカイ態度で割り込んでくる。
その足は、シズカに向かっていた。
私は視線だけでオオクラショウゾウの背中を追った。
「おら、竹刀の先を床に着けるんじゃねぇよ」
オオクラショウゾウがシズカに声を出す。
シズカは黙って頭を左右に振る。
シズカの持つ竹刀の先は床に着いてはいなかった。
言いがかりだ。
「なら、構えろよ、教えてやるよ」
オオクラショウゾウの声にシズカが頭を左右に振る。
そんなシズカに苛立ちオオクラショウゾウがいきなり竹刀を振り上げ打ちつける。
咄嗟の反応で体を背けた弾みでシズカの竹刀がオオクラショウゾウの持つ竹刀にぶつかる。
「おー、やる気あるじゃん」
苦々し顔でオオクラショウゾウが竹刀を横に振り払う。
シズカの竹刀が弾かれ飛ばされた。
続けて竹刀の先をシズカに向け近づいていく。
シズカがジリジリと後ずさる。
さらに詰めていく。
竹刀の先がシズカの右肩に触れる。
ん。と息を止めるシズカが座り込む。
オオクラショウゾウがシズカを見下ろし続けて竹刀の先で突っつき小突き始めた。
右肩、左肩、左腕、右腕。
竹刀の先がぶれてシズカの胸に当たる。
シズカが恥じらい慌てて両腕を胸の前に置き体を縮こめる。
シズカの仕草にオオクラショウゾウの顔がぐにゃりとゆがみ厭らしさを表す。
竹刀の先はしつこくしつこくシズカの胸に当たる。当てる。
くっそ!
心の中で罵り私はシズカに近づき左手に持っていた竹刀を右手に持ちかえ下から上へと振り上げた。
バシャッ!
オオクラショウゾウが手にしている竹刀がシズカの前から弾かれた。
ンガッ?
何が起きたか理解出来なかったオオクラショウゾウの動きが固まり止まる。
びっくりしたままの目を私に向け声を出してきた。
「んだ、テメエェ?」
「やめなさい」
「テメエェにはカンケイないだろ!」
「あるわよ、友達がイジメられてるんだから」
「トモダチだぁ?」
「そうよ」
ふぅーん。と声とも息ともつかない空気を吐きながらシズカと私に目を行き来させると目付きを変えた。
「なら、代わりにテメエェに教えてやるよ、剣道を」
「けっこうよ、素人でしょ、アンタ?」
私は睨み返しながら声を出した。
「はぁ?素人じゃねぇよ、経験者だぁよ」
「意外、じゃ未熟者ね」
私の言葉にオオクラショウゾウの目が顔がみるみる怒りの表情に変わっていった。
突然、ウガァー、ガァー、ウァー。
意味不明な雄叫びを上げながらオオクラショウゾウが私に向かって竹刀を横に、縦に、斜めにめったやたらに振り暴れだした。
☆
めったやたらに振り回される竹刀の軌道を捌き、往なし、かわしていく。
右へ左へ前へ後へオオクラショウゾウの振り回す竹刀の軌道をかわしていく。
「チッ、テメエェ、逃げてばっかよ?!」
オオクラショウゾウが声を出す。
私は、そんな声をシカトしてやたらめったらに振り回される竹刀をかわしていく為の間合いを保っておく。
「ウラァ、打ち合え!」
いいえ。本来、刀とは打ち合い、当て合うものではなく、互いの隙をついて切り合うものなのだ。
刀と刀が打ち合わされ、当て合わされたならたちまち刃は落ちて切れなくなってしまう。悪くすれば刀自体が折れる事もある。のだって、リュウから習った。
「逃げてばっかじゃ勝てねぞ?」
んー、確かに。たまにはいい事言うじゃんオオクラショウゾウも。
私は左手に竹刀を握り直し腰だめに添え、罵詈雑言を声に出しながら竹刀を振り回し暴れるオオクラショウゾウの隙を窺った。
振り回される竹刀のスピードに速さは感じない、当然、鋭さもない。
ただただ力任せに振っている。やっかいなのは、めったやたらで出鱈目な軌道が読めない事だった。
それでもオオクラショウゾウがバテてきたのか息が乱れ始め竹刀の振りがさならに鈍り始めた。
よしっ!何とかなるか?
って感じで私は右手を竹刀の柄に添えた。
鯉口を切る。あら?左手の親指がスカを食う。
しまった、鍔が無いのだ。
それでも柄に添えられた右手は竹刀を腰だめから抜き放っていた。
パコン!?
竹刀の先っぽが力なくオオクラショウゾウの右腰骨に当たる。
まったくタイミングもスピードも気力も煌めきも無い竹刀の先っぽじゃ切り裂けません。
それでも自分の体に竹刀を当てられた事に呆気に取られたのかオオクラショウゾウの動きが一旦停止した。
しかし再起動したオオクラショウゾウは更に手に負えない様になってしまった。
『手負いの獣ほど厄介だ』ってリュウの部屋にある小説で読んだっけ?!
一段と増した荒ぽさに私は次第に壁際と押し込まれていった。
竹刀の軌道を見切り後へと送った左足が壁際に当たる。
ヤバイ、ここまでか?
それでも咄嗟に一歩前へ出る。
壁際に詰まった私に向かってニヤニヤと顔を崩しながらオオクラショウゾウが正面から近づいてくる。
私の2メートル程手前で足を止めて竹刀の先っぽを突きだしてくる。
「もぉ逃げれんぞ、さっきのお返ししてやるぜ」
その言葉を出すと顔を周りに向け大声を上げた。
「全員集まれ、コイツを取り囲め」
その言葉に遠巻きに見ていたクラスメイト達がぞろぞろと集まり私の周りを囲み始めた。
囲み始めたクラスメイトに向かってさらにオオクラショウゾウが何やら喋りだした。
くっそ。何とかしなきゃだ。
ってか、ヤるしかない!
気を集める。じわりと腰を落とし体勢を整える。
腰だめに竹刀を持つ左手の汗を体操服のズボンに擦り付ける。
柄に添えていた右手の汗を体操服のズボンに擦り付ける。
ん?何?
ズボンの右側のポケットに当たる物がある。
そっとポケットに手を入れてみる。
思い出した!
鍔を入れていたのだ。
リュウが趣味で作ってくれた鍔である。
竹刀用なので真ん中は丸く穴が空いている。
周りはなだらかな四角形、四角に切り込みの飾り彫り、平らな面にも飾り彫りが施されている。
その飾り彫りは、銘刀、村雨の鍔と同じ紋様になっている。
梨冴。の名も刻まれている。
私はそっとポケットから鍔を取り出し竹刀の柄にはめ込む。
じわりと右手で押し込む、クンッと手応えを感じた所で左手の親指で押し返してみる。
ピタリ、と嵌まった事を確認すると親指で鍔の飾り彫りを撫でていく。
模造刀とはいえ手に馴染んだ銘刀、村雨の感覚がふわりと浮き上がる。
一通り喋り尽くしたのかオオクラショウゾウの目が私に向き直り声を出してきた。
「これで終わりだ、覚悟しろ」
私は睨み返し左の腰だめに刀を添え直し柄に右手を添えた。
今一度、左手の親指で鍔を撫でる。
銘刀、村雨。
またの呼び名を『妖刀、村雨。邪を退け、妖を治める。抜き放たれた白刃は氷の如く煌めき、一振りの太刀筋には氷の珠を残像する。神聖の太刀』
ここでヤられるわけにはいかない今までの稽古した事が無になってしまう。
リュウから指南された我流 居合道、
龍水流。
じっちゃんの名にかけて!
オオクラショウゾウの体がふわふわと揺れ始め竹刀の先っぽまでゆらゆらと揺れ始めた。
来る!打ち込んで来る!
感じた。
ダァアー。大声を上げてオオクラショウゾウの体が迫って来る。
刹那!妖刀、村雨。
鯉口を切る!抜刀!
一閃、切り裂く!
切り返し閃光、切り裂く!
スパンッ!
一閃、左脇腹を切り裂き。
バサッ!
切り返し閃光、右腹前部を切り裂く。
左の腰だめに妖刀、村雨を納め、小さく息を吐いた。
☆
オオクラショウゾウが打ち下ろした竹刀が、私の頭上で止まっている。
10センチ。
足音が慌てて近づいてくる。
声が聞こえてくる。
「おーい、何やってんだ?」
先生の声だった。
どけどけ。私とオオクラショウゾウを取り囲んでいるクラスメイト達の間をかき分け先生の姿が現れる。
ゆらり、と私の頭上で止まっていた竹刀の先っぽが揺れて落下した。
私は頭を左へと振り先っぽをかわす。
カチャ、先っぽが私の右肩に当たった瞬間だった。
同時に私はカクンと左膝を床に落とし踞った。
「バカヤロー!」
怒鳴り声を出しながら先生がオオクラショウゾウから竹刀を取り上げ胸ぐらを掴み締め上げる。
「誰か、流水を医務室へ連れて行ってくれ」
先生の声に反応した誰かの足音が私に近づいてくる。
って言うか特に痛い所はないのだけどね。
私は誰にも見られない様に竹刀に嵌めた村雨の鍔を抜き取ろうと踞っただけなのだ。
近づいて来たのはシズカだった、私の傍らに腰を下ろし手を差し伸べてくる。
私は黙ってシズカに従い医務室へ向かった。
オオクラショウゾウは先生に引き摺られる様に教員室へ連れて行かれた。
その後、私とシズカは先生から事情聴取を受けた、更にその後、クラスメイト全員が事情聴取を受けた。
それによってオオクラショウゾウの虐めが全員から証言された。
そして翌日からオオクラショウゾウの姿を私の通う中高一貫校で見ることはなかった。
終り。