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3-3
昇降機に乗り込んだ少年は首を痛めた。
情報共有をし、戦闘へ備える。
金属音を響かせ、芥川君の背についていく。
結局、四人で行動を続けていた。
ダクトが通る地下通路が終わり、広い空間へと出る。
これまで見てきたダクトが集結し、コンテナや機械へと繋がっていた。
工場か何かの地下なのだろう。
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--- 3-3『少年とすべきこと』 ---
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「鏡花ちゃん」
歩きながら、敦君は問いかける。
「何でこんな奴と一緒に行くの?」
「情報を持ってる……このマフィアの秘密通路も使える。なにより、異能力を取り戻した彼は、戦力になる」
目的は同じとはいえ、あまり敦君は良い気分じゃないだろう。
何回か殺し合っているし。
「鏡花。母親の形見の携帯は、まだ大切にしているようだな」
「母親?」
形見、か。
僕もあの懐中時計は形見だ。
何があっても、捨てることなんて出来ないよな。
「そんなことも聞いてないのか」
「……聞いてない」
芥川君は敦君を蔑んでいる。
しかし、会話がそれ以上続くことはなかった。
「最短ルートは」
「……ゼロゴーゼロゴーだ」
「確かに骸砦ならそうか」
僕の発言に、少し芥川君が瞠目する。
「ご存知なのですか?」
「どっかの|幼女趣味《ロリコン》に、この通路を作る時の手伝いをさせられてね。当時、完成まで見届けられてるから、図面は頭に入ってるよ」
マフィア上層部しか使えない、とは云ったけど僕も使えるんだよな。
一回も使ったことないけど、あの昇降機。
それにしても、昇降機に乗っていた時間とかで考えると結構地下なのかな。
澁澤の霧が届かないとか、凄すぎでしょ。
「……ルイスさんって偉い人だった?」
「いいや、ただの雇われだよ」
「ほとんど首領と変わらなかった、と中也さんから伺ってますが」
ま、“銀の託宣”を貰っていたから構成員も幹部も動かせた。
動けない先代や、エリスと遊んだり闇医者で忙しい森さんの代わりに仕事もしてたからね。
「あくまで地位は雇われた他の人と変わらない。仕事内容とか、交友関係はおかしかったけど」
幹部の紅葉と友達で、期待の新人だった太宰君と中也君とも仲が良い。
しかも、普通に首領や幹部と変わらない業務をこなすと来た。
改めて思い返すとヤバいな。
🍎🍏💀🍏🍎
細い通路から下水道へと進入し、汚水の臭いに閉口しつつも足を進め、ようやく僕達はマンホールから地上に出る。
マンホールを開けると、鼠が数匹、逃げていくのが見えた。
芥川君を先頭に地上に上がると、濃い霧の向こうに、沢山の太いパイプや金属で覆われた巨大な建築物、白い煙を上げる幾つもの煙突がうっすらと見える。
やっぱりここに出たか。
先に周囲を警戒していると、芥川君が何かに気付いたようだ。
工場の方を、ジッと見据えている。
「どうやら……待っていたようだな。僕の存在を感じられるのも道理か」
僕も彼と同じ方を見て気付く。
前方の工場、溶鉱炉らしき煙突のそばに、黒い影が立っている。
「……“羅生門”か」
芥川君の分離した異能は、黒い布を生き物の如く蠢かせ、此方を見下ろしている。
正確には、彼を狙っているのだろうけど。
分離した異能は、持ち主である能力者が何処にいるか感じられる能力でも待っているんだろうな。
じゃなかったら先回りはされない。
「手伝う」
「要らぬ!」
「そう」
緊急事態とはいえ、一人で挑むか。
「……己が力を証すため、あらゆる夜を彷徨い、あらゆる敵を屠ってきた。だが盲点だった。戦い倒す価値ある敵が、こんなに近くにいたとはな━━……」
霧の向こうに芥川君の姿が消えていく。
こんな時でも自分の力を証明するために敵と戦うとは、流石だね。
「彼の力は異能力だけじゃない。心配はいらないよ」
「確かに……今はそれぞれ、すべきことがある」
振り返った鏡花ちゃんの視線の先に、“夜叉白雪”が降り立つのが見えた。
敦君が銃は手を伸ばす間に、鏡花ちゃんは短刀を抜いて斬り掛かる。
あの速攻は受けたくないなぁ、と僕は心の中で苦笑いをしていた。
夜叉は簡単にいなすし、この街は凄い人が多い。
「鏡花ちゃん!」
「あなたも、すべきことをして」
「確かに、加勢なんてしている暇はないね」
“羅生門”は待ち伏せしており、“夜叉白雪”も追いかけてきた。
もちろん、アレも追いかけているだろう。
「……っ」
獣の低い唸り声が耳をつく。
素早く振り返ると、予想通りだ。
美しい毛並みの虎“月下獣”がいる。
「当然、君もいるよね」
カキン、と何度聞いたか判らない刃の交わる音。
長い金髪が揺れる。
「ねぇ、アリス」
僕のすべきことは、とても単純だ。
|“鏡の国のアリス”《目の前の異能》も、|“不思議の国のアリス”《僕本来の異能》も取り戻す。
だから━━。
「……僕と、久しぶりに|戦おう《踊ろう》じゃないか」
ヨコハマ各地で多くの異能者が己の異能と対峙していた。
少年は霧の濃さなど関係なく、自身の異能と踊る。
次回『少年と“鏡の国のアリス”』
本気のアリスを相手にするには、今の僕は弱すぎた。