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食
このクラスで、一人で給食を食べるのは僕と彼女だけだった。
いろんな人やグループが彼女を誘うが、一番後ろの窓側の席で彼女は断り続けている。
窓に反射して見える彼女の表情が今日はこっちを見ていた。
それは、事実として誘いだった。
椅子と弁当を持って、彼女の向かいに座る。
学校内でまともに近づくのはこれが初めてだった。
こうして机に座り合うと、今までよりもお互いの距離が縮まったように思える。
見ると、長い髪が肩にかかり、透き通った肌が陽の光にとけている。
その長い前髪から彼女は僕をそっと見やった。
その瞳は、まるで銀河のような壮大さと優しげな闇を持っていた。
この距離でも、まるでブラックホールのように吸い込まれてしまいそうになる。
今までとは違う、でも確かに格上の彼女だった。
元気なクラス委員の「いただきます!」に対し、僕達は控えめに手を合わせるだけ。
彼女は流れるように蓋を開け、弁当を包んでいる薄い風呂敷をほどいていく。
出てきたのは、色とりどりで栄養価もバッチリな弁当。
いかにも女子が毎日作るような感じで、逆に違和感があった。
彼女は箸箱を静かに開き、そこから2本の棒を取り出す。
柔らかく白い彼女の指と、角ばった焦げ茶色の箸。
間に挟まったご飯粒が彼女の口に消えていく。
その一連の流れとコントラストはまるで芸術の様に、また川を流れる水の様に、美しく儚げなものだった。
珍しく、最初に口を開いたのは僕だった。
「いつも一人で食べているのは、何かあるの。」
「別に、人と食べるのが好きじゃないから。」
彼女は目を伏せたまま、当然の返答をした。
でも、そうするとまた疑問が湧く。
「今日、僕を誘ったのは、どうして。」
そのとき、少し日差しが強くなった。
光のヴェールの向こうに、理由は隠されてしまった。
こうなると僕も下を向き、自分の食事に専念するしか無かった。
目の前からは彼女の咀嚼音が、窓の外からは木々の掠れる音が繰り返し耳に入ってくる。
僕は何故だか、それがとても怖かった。
手の届く範囲に全てある。
でも見えないし、触れない。
そうしてしまったら、全てが消えるような。
怖い、というか、痛かった。