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〖血に染まる桃の子〗
昔々、川を流れる大きな桃から、一人の赤子が生まれた。老夫婦はその子を桃太郎と名付け、慈しんで育てた。桃太郎は健やかに育ち、並外れた力と真っ直ぐな心を持った。
やがて村に鬼が現れた。夜ごと山から下り、畑を荒らし、財を奪い、村人を連れ去った。嘆きに沈む人々を見て、桃太郎は決意した。
「僕が鬼を退治してくる」
腰に刀を差し、きび団子を携え、犬・猿・雉を従えて鬼ヶ島へと向かった。
海を渡り、炎のように赤い夕暮れの中、鬼ヶ島が姿を現した。そこには黒煙を上げる砦、唸り声を上げる鬼たち。仲間と共に桃太郎は叫んだ。
「悪しき鬼ども、覚悟せよ!」
犬は吠え、猿は牙を剥き、雉は鋭い嘴で鬼の目を突いた。桃太郎は剣を振るい、次々と鬼を斬り伏せた。血が地を流れ、悲鳴が島に響き渡った。
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やがて鬼の頭領が倒れた。その胸に剣を突き立てたとき、頭領はしわがれた声で言った。
「…どうして…我らを…」
桃太郎は剣を握り直した。
「お前たちは村を襲い、人を苦しめた。それを止めるためだ!」
だが鬼は血に濡れた手を伸ばし、虚ろな目で彼を見た。
「我らの島は、飢えと渇きに潰された…子らは餓え、親は倒れ…人の里に助けを乞えば、石を投げられ…追い払われ…だから、奪うしか…なかったのだ…」
その声はやがて消え、重い沈黙が砦を覆った。
桃太郎は剣を落とした。目の前に横たわるのは「悪しき鬼」ではなく、飢えに追い詰められた者たちの屍だった。彼の手は血に染まり、その血は温かく、まるで自分自身の命を奪ったかのように思えた。
「これは…正義だったのか…?」
犬も、猿も、雉も、返事をしなかった。気づけば彼らの姿はなく、代わりに砦の奥には、飢えた鬼の子らが震えていた。その瞳には怯えと憎しみが入り混じっていた。
桃太郎は膝をついた。やがて島全体が炎に包まれ、煙が天を覆った。鬼ヶ島を滅ぼしたのは桃太郎だったが、その胸には何一つ誇りは残らなかった。
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川面には再び、大きな桃が流れ着いた。だがその桃は甘き実ではなく、血に染まり、割れた中から滴るのは赤黒い汁だけであった。
リクエストで頂きました、「日本昔話」をテーマに執筆致しました。
リクエストを下さった方、ありがとうございます。とても嬉しかったです。もし期待にそぐわない作品でしたら本当に申し訳ありません。
しばらくこのテーマで書いていく予定でいます。