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Ep.2 影と向日葵と、光と。
湖水の街は、北に山、南に海とあり、比較的平らだが坂道の多い地形をしている。
だが、夏は南に近い方は熱帯夜になるし、北は冬に雪が降る。どこも均一に四季が訪れるというわけではない。
そんな街の北の中心部に、任侠団体であるはずの宵宮組の拠点は位置している。
「ただいま」
昔ながらの平べったく長い日本家屋。無駄に面積の広い庭を突っ切り、母屋から遠い離れの玄関の戸を開き、靴を脱ぐ。
脱いだ靴を靴箱へしまうと、暗い廊下の電気をつけ、奥の部屋へ呼びかける。
「|影《えい》?」
返事はない。あの野郎、また寝てる。
板間にギシギシと足音が響く。一番奥の襖を開くと、青い光が漏れる数々の機械の側に位置するベッドにこんもりとした山ができていた。
「影」
ゆさゆさとゆすると、もぞもぞと出てきた手が俺の手を掴む。
「・・・起きる」
「燈からの呼び出しだ。仕事」
のそりと上半身を起こし、目をぱしぱしさせると、ググッと伸びをした彼。真っ黒な髪に白い肌、何処か黒猫のような印象を持たせる。
「・・・昨日も夜にやってた」
「知ってる。だからサボって寝てただろ」
「・・・え、潮は学校行ったの」
「早退したけどな」
「・・・」
「一緒に行ける時に行こう。症状がない時に」
拗ねたように押し黙る影の頭を叩き、背を向ける。
「荷物置いてくる。母屋行くぞ」
「・・・わかった」
廊下の反対側の襖を開ければ、こちらも青い光を灯しながら活動する機械の数々。ベッドの上に鞄を放り投げ廊下に戻ると、影がカーディガンを羽織りながら出てきたところだった。
「行くか」
「ん」
呼び出しだとは言っても相手はあの燈だ、服を着替える必要もない。さっきしまったばかりの靴を取り出し、ついでに影の分もそこらに放り投げておく。
「雑」
「いいだろ」
「潮だからだよ」
軽口をのろのろと叩き合いながら母屋の玄関口を開けると、掃除をしていたのであろう下級構成員が箒を持ったまま黄色い頭を上げた。
「影、潮!お疲れ様!学校は?高校は午前授業じゃなかったよな」
「|日葵《ひまり》」
|牧之段《まきのだん》日葵。宵闇組の代表に代々つかえる一家、牧之段家の息子。彼は次男らしく、家を継ぐ気もないので飄々と長閑に、たまにスリルありの生活を楽しんでいる。
「お前こそ大学は。今日は午前あっただろ」
「潮さっすが、ちゃんと覚えてんねぇ。教授が風邪ひいたらしくて、休校になったんだ。お前らこそ、これから何があんだ?」
箒を片手に駆け寄って来て、それこそ向日葵のような笑顔を見せる彼。名前通りの面しやがって。
長話をするつもりはない、とでもいうように一歩進む。
「燈は」
「副代表か?なんかさっき帰って来て、そのまんま自室に入られたぞ。急いでいらっしゃるように見えたけど」
日葵の眉尻が下がり、黄色い目が細まる。
「危険なことに自分から首を突っ込むような真似はすんなよ。お前ら、動けない癖に突拍子に思いもよらない事しだすから。心配してんだからな!」
本気で心配しているようなので、軽く頭は下げておく。言われたとおりにする保証はない。自分がやるべきだと思ったことをやっているだけだから。・・・きっとそれは、後ろの奴も同じ。
「・・・やるべきことをやってるだけなのに」
「そういうとこだよ!情報班のお前らが先陣切って危険に身を投じる必要はないってんだ!」
「身を投じるって言葉知ってたんだな」
「腐っても大学生だぞ!?お前ら、ほんっとに可愛げがねぇのな!」
ぷんすこという効果音が出ているのかと疑うぐらいに威勢のない怒りを背に、入り組んだ廊下を進む。
街に認められた『特殊指定団体』だからといって、それをよく思わない虫も入るもので。しかし、虫かごは目が細かいほうが小さな虫も入れられるだろう?それと一緒だ。
何回も曲がり角を曲がって、進んでを繰り返した後、辿り着いた部屋の襖を遠慮なしに開く。・・・俺が認めない相手に遠慮はいらない。
「おい潮!何回襖は丁寧に開けって言えばいいんだ!」
「知るかよ。学校があった俺らを勝手に呼び出したのはお前だ、燈。文句言ってんじゃねぇ」
・・・|宵宮燈《よいみやあかり》。宵宮組の跡継ぎで、現副代表。短い黒髪の下で紅い瞳から溢れ出る野望を隠しもせず爛々と光らせ、数々の権力を握ってきた男。そして、
「?潮はともかく、影はどうせ暇だろ?丁度仕事が舞い込んできてさ、任せようと思って」
「お前には専属の情報班がついてるはずだ」
「あいつら仕事遅いからさー。二人に任せた方が早い」
「っ昨日もだっただろうが。また今日もこんな時間から「潮」、」
実の弟を容赦なく使う、屑。
「・・・俺は、出来るよ。今回の仕事、教えて」
・・・ずっと昔から。俺は、お前に何も返せてない。