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    満月の言い伝え
    
    
    
     __夜、満月に願いを告げると、その願いが叶う。
「__だってさ〜! 今日は満月だよ、満月! みんなで一緒にやろうよ!」
 友達の莉奈に身を乗り出され、わたし__|満月《みつき》は少し狼狽える。
「やる、って……何を?」
「決まってるじゃん、言い伝えを検証するんだよ!」
「ウチは賛成〜! ねね、ミツキっちもやろーよー」
 同じく友達の柚音に、肩を揺さぶられる。
「え、えぇ〜でも……門限あるしなぁ……」
「そっかあ……じゃ、ウチと莉奈だけで行く?」
「そだね!」
「でも、それに危なくない? 女の子が夜に出歩くなんて」
「大丈夫、大丈夫。この村ってすっごく平和だし」
 確かに、こっちに引っ越してから物騒なニュースって聞かないな……。
 柚音の言った通りなのかも。
「そーそ。心配無用だよ〜」
 莉奈もそう笑うので、「じゃあいい報告を待ってるね」とわたしは言った。
 そこでタイミング良く、チャイムが放課の終わりを知らせた。
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 夜になり、わたしは自室の窓に目をやった。
 二人の願いは、月に届いたかな……。
 村には空がよく見える丘がある。行くならきっとあそこなんだろうな。
 そんなことをぼんやり考えていると、リビングから声をかけられた。
「ごめん満月! 牛乳切らしてたの忘れてて、ちょっと買ってきてくれない?」
「はーい」
 お母さんはちょっと忘れっぽく、しょっちゅうわたしにおつかいを頼む。
 私は上着を羽織り、リビングへ向かった。
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「うぅっ……風、強っ! さっさと帰ろ……」
 秋風がビュウっとわたしに容赦なく吹きつける。
「__やぁ」
 ……今、わたし、声をかけられた?
「やぁ」
 でも気のせいだったら恥ずかしいな。無視しよう……。
「おい」
「え?」
「やぁって言ってんだろ。君だよ、キ・ミ!」
「…………わたっ、わたし?!」
「遅いんだよ、気づくのが」
「ご、ごめんなさい。でも、えっ、ど、どちら様……?」
 突如声をかけてきたこの人は、中性的な見た目をしていた。
 というか、後光が差しているような……?
「あぁ、ボクは、えっと……盈月。盈月だよ」
「えいげつ、さん?」
「うん。ま、ただの仮名だけれどね」
 その盈月さん名乗った人は、滔々と語った。
 曰く、この人はみんなの満月へのイメージは具現化した存在。
 人々の願いを聞いては、気まぐれで叶えているんだそう。
「たまに世界征服とか言う馬鹿がいるけど、流石にそれは叶えないさ。叶えられないしね。ボクが叶えるのは、テストでいい点を取りたいとか、徒競走で1位になりたい転けたくないとか、そういうのだけ」
 だそうだ。
「……で、そんな凄い方が、なぜわたしの元へ来たんですか?」
「だって暇なんだもん」
 あっさり。
 威厳とかないのか。仮にも月の化身でしょう。
 なんとか言葉を飲み込み、わたしは更に問うた。
「いやでも、子供達の願いを叶えてあげてくださいよ。暇なら」
「ぐっ……意外と厳しいんだね、君。別に仕事じゃないし、いいでしょ」
 それにね、と、盈月さんは言った。
「君、ボクに叶えてほしい願いとか、ないんでしょ? 分かるよ。そういう人って滅多にいないからさあ」
 盈月さんは、人差し指をピンと立て、くるくる回すようにしている。
「ボクは、君みたいな人と話したいんだ」
 そして、これからよろしくね、と囁かれた。
 立てた人差し指を、私の方に向けながら。
 指の先を半ば放心状態で見つめる。
 なんだか面倒なことになりそうだと感じながら、わたしはふと、おつかいを頼まれていたことを思い出した。