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〖死神の侵食〗
鳥の囀りの五月蝿さに瞼を開けた。
『お?やっと起きたか、V......どうやら、立場は逆転しなかったようだな』
早朝に嫌味を吐くレイズに何かを言う気にもなれず、重い身体を起こしてシャワーを浴びに足を動かした。
『おい、無視かよ?』
「うるさいな...とっとと人の頭ん中から出てけよ、俺の|頭《ハウス》は一人専用なんだよ」
『だったら|頭《ハウス》の壁をぶっ壊して広げればいいだろ』
「頭蓋骨をかち割って死ねって言うのか?!」
『ああ、そうだな...それも楽しそうだ。それで、V...てめえはこれから、どうするつもりだ?』
「どうするもこうするも何も...お前が頭ん中から出ていく術を探すんだよ...」
『へぇ、シェアハウスってのはどうだ?』
「お前と一緒に住むくらいなら、|クルーラー《寄生インプラント》に乗っ取られた方がマシだ、クソッタレ」
ぶっきらぼうに言い放ち、シャワーの蛇口を捻った。生暖かい水が身体を滑る。
いやに懐かしいような、落ち着きがある。やがて、頭の中がすっきりとしていくような感覚で濡れた髪をかきあげた。
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陽気な音楽がパイプやネオン看板が張り巡らされた町並みを通る。
その中でやけに薄暗い路地の先にインプラントクリニックと肩書きのある鋼鉄の扉を三回、ノックした。
「キアリー、俺だ...」
『|医師《ドクター》か?...へぇ、懐かしい名前だ...よく|ラム《カクテル》と世話になったもんだ』
「...?...キアリーとカクテルを知ってるのか、お前」
『何十年も前にな。カクテルは俺より6歳下だが、アイツは見かけによらず、歳を喰ってるぞ』
「それは...知らなかったな、両方若く見えるもんで...」
『そりゃあ良かったな。最年少君?』
「勘弁してくれ、最年長者様」
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数分経った頃だろうか。ようやく鋼鉄の扉から陽の光が差し込んだ。
「ああ…V…気分はどうだ?」
挨拶の代わりか、言葉を投げかけながらキアリーが俺の頰を触る。
触れた掌に目立った皺やしみはないものの、ザラつきを感じる手。
顔からして、30代だと思っていたが、40歳なのだろうか。
『残念、37歳だ。惜しかったな…V』
「それぐらいの差異ならあってるだろ」と言い出したい気持ちになったが、口に出してもレイズには聞こえているのだろうし、口に出したところでキアリーに妙な顔をされるだろうと思い、口を閉ざした。
「それで、V…昨晩はどうだった?あの一匹狼……じゃないな、レイズとかいうデジタルゴーストは大人しくしてたか?」
「全然。ソロでレジェンドになっただけはあるな。流石、|レイズ・シルバー《金になった男》だ」
「そりゃ、災難だったな」
キアリーが手を離して建物の中へ入り、一つの錠剤瓶を俺に手渡した。
「…何の薬だ?」
「インプラントの侵食を促進するものだ…具体例には、一時的にインプラントを活性化させ、その効果が切れた後に侵食が早まるものだな。
その寄生インプラントだが、それに使えば数時間は身体をレイズに預けることになるだろうな」
その言葉にレイズが反応し、薬瓶を取ろうとしてその手が貫通した。それを笑ってこちらを振り向いた。
『良い錠剤を処方されたな、V。早速使ってみろよ…てめえの身体が保つか知らないが』
「絶対に嫌だね」と脳内で返し、キアリーへ向き直る。少しよそよそしくキアリーが言葉を絞り出した。
「…その、V…色々と調べたんだが、やっぱり頭のインプラントをどうこうする手立てが見つからなくて…やはり、オリオンに直談判するのが良さそうで…いけるか?」
「無理だろ。あの根腐れ会社に鼠をわざわざ生かすメリットがあるのか?
話をしたところで、死亡のリスクも受け入れてクルーラーを奪い返しに来るのがオチだろ」
「......それも、そうだな......何か伝はないのか?元々オリオンの社員とか...」
「...どうだろうな...わざわざ、あんな大手企業を辞めようってやつがいないのが現状だ。
職場環境はそこそこだし、給料も手当ても良い。けど、社長が終わってる。アルド...前社長の方が良かったな」
「お前はそればかりだな。そんなにあれがいいのか?」
「ああ...最高の義父だったよ」
「義父?...へぇ、なるほど...驚いたな。お前から“お父さん”なんて言葉が出てくるとは思わなかった」
「...っ......そうだな」
後ろから嫌な視線を感じた。おそらく、レイズだろう。
レイズの時代ではアルド・オリオンが社長だった。そのアルドの時代に爆破テロを起こした人物が俺がその養子だと分かれば、嫌な視線を送るのも無理はない。
けれど逆に言えば、今の社長であるイーオンをレイズがどう思っているのかも分からない。
だからと言って、テロリスト野郎の思いを尊重してアルドを悪く言う必要性もない。
レイズが手の甲を向けて中指を立てる。俺はその怒りよりも歓喜が込み上げていた。
頭の中で「ざまぁみろ」と嘲笑った。
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珍しくダイナーの席に座り、滅多に見る人のいない紙の新聞を広げた。
『まだ生きてるもんだな、紙ってのは...燃えやすい着火剤になるからか?』
横から覗きこむレイズを無視して、情報を探す。
オリオンのことでも、何か良い組織のことでもいい。何か、あってくれ。
『お...V、良いインプラントを仕入れているところがあるぞ。出所先が分からねぇが......質が良すぎるわりに、値段が安いな...黒だろうな』
レイズが指で指した記事にはまだ若い20歳もいっていなさそうな男が写っている。
“黒”というのは、墓地にいる故人か他のサイバーヒューマンから剥ぎ取ったものだろうということだろう。ナイトシティのルヴァン辺りが怪しい組織だろう。ウィッシュウォッチは開発部門時代に何度かハックをしようとしてきていたのを思い出した。
『ルヴァンか。一理あるな。まだ、レベルの低い喧嘩をしてんのかね?』
「...んなのいいから、何か探せよ。10年以上ぶりの新聞なんだろ」
『それほど時が経ってるもんだから、色々見たくなるんだ』
「なら好きなだけ見てろ。俺は別のものを見てるからな」
指の腹で記事の一つ一つをなぞった。
ルーンレイの内乱記事、オリオンの授賞記事、オリオンのインタビュー記事、オリオンの......大抵がオリオンに関する記事で埋め尽くされていた。
レイズもそれに飽々としたのか、いつの間にか持っていたホログラムの煙草の火を記事に写るイーオンの顔で消すように押し込んだ。
『...てめえが養子だって知った時は頭ん中の|クルーラー《クソ企業のブツ》を無理にでも引き抜いてやろうかと思ったが......てめえ、コイツのこと嫌いだろ』
「あー...そうだな」
『......なぁ、身体が保つか分からないが...ぶっ潰しに行こうぜ。このお高く止まった脳天に鉛弾をプレゼントする、なんて...良いサプライズだろ?』
「始めからそのつもりだ、実行済みが傍につくならいいもんだな。しかし...ソロは厳しいんじゃないか?」
『あ?そんなに厳重になってんのか?』
「当たり前だろ、お前のせいだぞ。どこか...そうだな、いい感じの組織...」
『アーデンはどうだ?ほら、サイバーヒューマンしかいないところだ』
「...良さげではあるな。クルーラーに関しても、記憶補助だとか言えば大丈夫だろうから」
『市街には出回ってない物なんだな、これは』
レイズが片手を頭にやり、クルーラーが収まっている位置を小突いた。
俺の手も同期して頭に音が響いていた。
「まぁ...そうなるな。それじゃ、10年弱ぶりの面接といくか...」
新聞とチップを近くの店員に渡し、ダイナーを後にする。
何か注文して腹を満たしておけば良かったと、この時に思った。
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ネオワシントンに建ち並ぶビルの一つの中で、相手の頭の中に履歴書のデータを投げた。
相手がサイバーヒューマンなら、紙やパソコンを通さずに頭の中で電話やメール、共有ができる。
翻訳だったりもできるそうだが機能が多くてあまり覚えていない。
記憶力向上のインプラントでもつければいいが、今となっては必要ないだろう。
アーデン内でデジタルランナー兼、組織加入への受付を担当しているという|グラン・デイトバック《グク》と名の無精髭の男性に自己紹介をする。
「今投げたデータ通りに俺はヴィル・ビジョンズだ、Vでいい」
「Vね...あんた、オリオンの元社員らしいじゃないか。所謂ところのエリート堕ちか?」
「あー...いや、シンプルに夢を追いかけたいだけだ」
「へぇ、そりゃいいな。|伝説《レジェンド》か?」
「まぁ......そんなところだな」
その言葉に肩を震わせるグラン・デイトバック。口元は笑っている。
「何か、おかしいことでも言ったか?」
「いいや...野心的な新入りは好きだ。ただ、似たような奴を思い出しただけでな...ルーンレイにそんな奴がいるんだ、|オリバー・マシュー《オリー》って奴だ。
会ったら言ってくれ、“お前と同じ野心家だ”ってな」
「ああ...分かった」
グクが真っ直ぐな瞳でこちらを見る。どうやらグクに認められたらしい。
軽めに挨拶を返して、組織の内部へ入る。
複数人が話す声がする。それを分かっているのか、お利口に黙っていたレイズが口を開いた。
『組織ってのはどこを見ても、密度が凄いな。一人じゃ何も出来ないってのは重々に理解しているつもりだが...』
「ソロで事件を起こした奴には理解し難いか?」
『......どうだろうな』
噛みついてくるかと思ったが、すぐに引き下がったことに多少の違和感を覚える。
その内、その違和感が胸の中で異様に膨らみ、つい口に出した。
「なぁ、何で朝よりそんなに...こう...協力的なんだ?」
『なんだよ、ダメか?』
「ダメってわけじゃないが、お前...初対面時に蹴ってきただろ」
『あぁ、てめえが「幽霊だ!」ってパニックになってたやつな』
「それはお前の方だろ。それで、理由は?」
『...クルーラーってのはただの寄生インプラントじゃなく、寄生する死神みたいなもんだ。
そうなんだろ?...だから、今の身体に無理されると困るんだよ、一応俺の身体でもあるしな』
「...要は俺の身体をいずれ乗っ取ってやるから、大事にしろってか?」
『そういうこったな』
「絶対、頭から退去させてやるからな...」
憎まれ口を叩いて、複数人の声のする扉を開けた先に四人のサイバーヒューマンの姿があった。
金色のメッシュの入った黒髪に深い緑の瞳の男性と、黒髪に灰色の瞳の長身の男性に、黒いフードをやや深めに被った赤髪の濃いめの青い瞳をした男性、色白な肌に黒髪の危険そうな雰囲気の男性。
その光景に頭の中の|電脳幽霊《デジタルゴースト》が口を挟む。
『見事に野郎ばっかだな。おまけに見てみろ、全員が好戦的なサイバー様ときた。悪かねぇな、V』
流石に大人数で言葉を返すこともできず、脳内で返事を返した。
四人の男性をじっと見て、色々と便利だった顔を向け挨拶をする。
その中で、一番に黒いフードの男が反応した。とても、明るく人懐っこい印象だった。
「やっ!僕はシグマ・エスポワール!えっと〜···“tueur”、って通名さ。
フランス語で"殺し屋"って意味。ま、よろ!」
どことなく軽い男だ。今はただ、そう思うだけだった。
次に気だるげな長身に灰色の瞳をした男が続けて言葉を放つ。
「ルルカ=フィレネットだ。ルカ、とでも呼んでくれ」
かつての同僚を思い出すような頼りやすさのある男だった。
三人目は言葉を話す前に手を差し出され、握手をする形になった。
「オレはローグ・ロン、ローだ」
気前の良い、父親のような安心感があった。
最後に長年の勘、とでもいうのか。危険な感じの雰囲気をした男に挨拶をしようとして、不意に後ろから肩を叩かれる。
驚いて跳ね退けると、やけに笑っているその男が口を開いた。
「僕はヴィーノ。ハーフなんだ〜……キミに毒入れたらどうなるんやろうなぁ…あっは!試したいなあ…試してみたいなあ…♡」
楽しげに言われる“毒”という単語に若干、笑みがひきつった。
挨拶を一応しっかりとしようと、手を出した辺りで後ろからいつの間にか来ていたグクにその手を掴まれ、名前を教えられる。ヴィーノ・スイドク...水毒ヴィーノだそうだ。
掴まれた手を払って、改めて心の警報が鳴りつつあった男に挨拶をした。
組織内のビルの一室にあるベランダに出た。誰もいなくなったことを確認して、頭の中の男の名前を呼んだ。すぐにホログラムの身体がベランダの柵に寄りかかって現れる。
『...ナイトシティにいそうな奴等、ばっかりだったな』
「ああ、でも一人しかいないらしい。頭の良い奴ほど、変人ってわけだろうな」
『へぇ...てめえはどうだ?自分が、変人でない証拠があるのか?グリティニー大学だろ?』
「...最終学歴は、確かにグリティニーだが...何で知ってるんだ?」
『てめえが寝てる時に身体を動かして調べただけだ。家の中に個人情報を目につく場所に置くなよ』
その言葉に住民票や請求書をテーブルの上に置きっぱなしにしていることに気づいた。
家は一応、高層ビルで人は滅多に入らないし、オリオンの社員時代なんかは家に帰ることも少なかった。人目につくわけではないから隠す必要がないと思っていただけだった。
ふと思い出したオリオンの社員時代の中で、直属の上司だった女性が思い起こされる。
苦手だったわけではないが、今の俺を見てどう思っているかはある程度想像がついた。
『......なぁ、その女のこと思い出すのは、やめてくれるか?|オリオン《ド屑企業》の|社員《犬》の話なんか知りたくもない。もっと、こう...楽しい奴はいないのか?』
「楽しい奴...大体が社畜か、変人...ってぐらいだな」
『聞き方が悪かったか?|オリオン《偽善者企業》に|爆破《サプライズ》するような奴だよ、いないのか?』
「......いたら、いたで生きてないだろうさ。今頃、データでも採られてるだろ」
『...なるほど』
「でもな、レイズ_」
“_お前の見立て通り、あそこは真っ黒だ”と言いかけたところで、後ろから声がした。また心の警報が鳴り響いていたが、どこか違っていた。
物凄い勢いで肩を掴まれ、この時代に珍しい|煙管《キセル》が落ちる音がした。
「い...今!レイズって言った?!」
「あ、ああ...」
|tueur《殺し屋》...シグマが掴む手に手をかけながら、口を開いた。
「...レイズを、知ってるのか?」
「レイズ...あぁ、知ってるよ。10年前に単身爆破テロ起こしたヤツだろ?
僕、そん時たまたま見ちゃってさ〜...!...すっげぇ憧れてるよ。僕もそんな最ッ高なエンターテイナーになってみてぇよ」
「それは...良い心がけだな。応援するよ」
笑顔を崩さずに当たり障りのないことを言えば、例の単身爆破テロ野郎が聞こえもしないのに口を挟んだ。
『嘘つけ。てめえ、酷い顔してんぞ。そこの子供に言ってやれよ、好奇心は猫をも殺すってな』
出る杭は打たれるとも言うだろうな。シグマの憧れの奴からの助言を口にすることなく、しばらく話を続けて満足そうなシグマの話を切った。
その先で同い年くらいの若い男が目を見開いて立ち尽くし、すぐに片手を差し出して「ヤスヒロ・ウチダ」と名乗った。
なんとも、生き急ぎそうな男性だった。
「あんたもそっち側か?負担が増えるね」
グクがヤスヒロの肩を持って、高らかに笑った。自分もアクションサイバーだと言ってみて、すぐにこの反応だった。苦笑いをしながら、仲間となった組織の人々を見やった。
ローは背中に一時的に飛べる|blade《羽》、左手に小さな弾を発砲する|small cannon《小大砲》。
シグマは手に陰影を操る|les ombres chinoises《影絵》、心臓に寿命を削る代わりに一時的身体を強化する|le montre dé la vie《命の懐中時計》。
ヴィーノ...スーさん、とでも言おうか。彼は目に毒に耐性のある|poison resistance《毒耐性》。
ルルカ...ルカは右腕に物体、物質、感覚等の認識不明なもの...衝撃や傷を手元に引き寄せ、奪ったり返したりできる|Hunt《強奪》、脳にインプラント等、見たことのあるものだけを完全に“模倣”できる|Copy《模倣》。
グクは目にインターネットにある全ての地図を表示する|Map《地図》。
ヤスヒロが必要なのか不明だが、腕に腕力が上昇する|Gorilla Arm《腕力上昇》。
最後に、俺が足に10m程跳べる|jumping《跳躍》と、脳にオリオンの|レイズ・シルバー《金になった男》が入った|クルーラー《寄生する死神》。
揃いも揃ってある意味、満身創痍だと思う。レイズに生前のインプラントを聞けば、右手に炎を放射する|flaming《火炎放射》、左手に格闘技の技を学習した|grappler《グラップラー》だそうだ。
黙って視線を戻し、口を開いた。
「一人でデジタルランナーやクラッシュサイバーってのは、そりゃ負担が大きいだろうな。
尊敬するよ、手伝えることがあったら言ってくれ」
「言うね、手伝って貰うのはそっちのくせに......それじゃ、新人の身体能力の調査でもしようか」
グクの言葉に遠くで話していた他の四人が一斉にこちらを見た気がした。
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若い水色の髪をした派手な男性を見ながら、|オリバー・マシュー《オリー》は今後の行動方針について深く考えていた。
現在のところ、サイバーヒューマンを支援する上で結成されたオールドヒューマンの組織は保護派と、反対派に大きく別れ、言論での戦争が各地で巻き起こっていた。
その内部分裂の原因である反対派の主とするセルゲイ・ケニーが自分の前に出向き、対面している状況にあるものの、お互いに中々動くことがない。
獲物に狙いを定め、焦らすようにお互いがお互いの出方を伺っている。
緑と青の瞳が交差する先で、黒の長髪と瞳の華奢な女性が呟いた。
「...あの......いつまで、睨んでるの......?」
その言葉に睨み合った瞳が我に返り、女性へ視線を向けた。サラ・ウエダ...反対派のうちの|Q《クイーン》だった。
セルゲイが少々申し訳なさそうにして、オリーに向き直り先に口を開いた。
サラが下がった後ろで、桃色の短い髪に青い蝶と猫の飾りがついた白いカチューシャをつけ、瞳孔が猫のように長く開いた黄色の瞳の女性と、額がよく見える青紺の髪に半ズボンから中肉中背の傷まみれな裸足が見える男性、青紺の髪に濃い桃色のメッシュが入り丸い眼鏡をかけた深い青の瞳の女性の三人が何やら言葉を投げ合っていた。
「インプラント…私は歓迎できないかな。身体能力が上がるとはいえ、体に何かを埋め込むのは嫌だし」
「............」
「私は、思いつきで入れたからな...」
その中の保護派である男性、|アリア・アスキス《リア》のみが苛立ったように黙っていた。
オリーがアリアを少し見て、すぐにセルゲイへ視線を向けた。
「それで、何がサイバーヒューマンを反対する理由になるんだ?何をされたってわけじゃないだろ?」
「何かをされたから、反対してると思ってるのか?そう思ってるなら、オリー。お前とは一生解り合えないだろうな」
「解り合おうとしていないような奴と、解り合えるわけないだろ。なんなんだ、一体...あれか?お兄さんが少し_」
オリーが言葉を言い終える前にセルゲイの瞳が睨みをきかせた。少し怯んだオリーを嘲笑って|サラ・ウエダ《Q》、|ラナート・キャッツアイ《キャット》、シータ・エスポワール及び|prédateur《捕食者》を連れて部屋を出て行った。
冷や汗を垂らしたオリーと面倒事が去ったことに満足そうなアリアが部屋の中に残された。
サイバーヒューマンでもオールドヒューマンでもない何かも心の中に残されたままだった。
原子的なものに難色を示した者を笑った顔を抑えるように頭の中で、すっかり変わった兄の姿を思い出した。なんとなく、電子的がすぎるサイバーヒューマンだった。
ひどく退化的や時代に遅れていると評価されるオールドヒューマンの中でサイバーヒューマンは確かに革新的な進化かもしれない。だが、その電脳に一つでもバグや誤算、ウイルスがあれば途端に糸が切れたように身体が動かなくなる。言うなら、機械になると同義だ。
その中で頭が自然な進化のままの|オールドヒューマン《古くからの人間》ではウイルスやバグにかかることはない。原始的な病以外に怯えるものがないのだから、生きる上でどんなに超人的な能力を持つと言っても死ぬリスクが増えるものを生身の身体に埋め込む必要性はない。
近年ではその考え方の人間も増えてきたか、怯えたのか、オリオンの抑止力と言わんばかりに|AI《人工知能》が身体を乗っ取るとかデマを流すオールドヒューマンも存在する。
残念ながら、そんな話は真っ白なフェイクニュースに過ぎず、サイバーヒューマンにそんなバグが起こり得るわけがないのだが...技術力というのは学習型で、もしかしたら起こる未来があるかもしれない。
そうなったのなら、その学習するだけの機械を書き換えて人間に都合が良いようなプログラムにすればいい。危険性は非常に少ない。そのはずである。
「ねぇ、どこに行くの?」
元気で無垢なお嬢様のようだと、個人的に思う女性が思考を遮った。ラナート、だったか。
「...いや、別に。兄のところへ帰るだけだ。機械を称える野心家様も追ってこないから、もう帰っていい」
その言葉に他の二人も口を開いた。
「...何か、大丈夫...?」
「考え事?いいね、話してみなよ、面白そうだ」
その提案を丁寧に断って、急ぐようにして別れる。
まだ...まだ、やることがある。嘘や綺麗事を吐く前に、やらなければならないことがある。
機械が肉の下にない足を動かして綺麗に磨かれたタイルの床を踏みつけるように歩き出した。
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手汗のついた手を払って目の前の五人を瞳に映した。
黒髪に黄色の瞳の焼けたような褐色肌の男性、|ルディ・アラバスタ《黄金蟲》。
手に放電するインプラントの一つ、|electrical discharge《放電》と、腰に金属類が体に付着する|Strong magnets《強力磁石》。
ツインテールをした白髪に濃い赤に近い桃色の瞳に雪のような白肌の女性、|リリー・リアリー《リリリリ》...言いにくいので、リリやリリーとしよう。彼女にはインプラントがない、俗に言うところのオールドヒューマンだった。
白の長髪の両方を黒の大きな紐でくくり、くまの酷い赤い瞳の男性、|ヴィレイド・アルファ《アル》。
首に本人の知識に応じて、水爆弾や溶岩爆弾、時限式爆弾、即時爆弾、フェイクボムなど様々な爆弾を生成できる|bomb-making《爆弾生成》...粋な言い方をすれば、ボムスポナーとも言うだろう。
濃い水色と緑色を混ぜたような長髪に右が黄緑、左が赤色の瞳をした男性、|クラシカ・リミッド《クラリ》。
両目に危機的状況下で生存率の高い行動や方法を光の筋のように可視化する|Expanding escape routes《逃げ道拡大》。口に出してみたことはあるものの、“エクスパンディング・エスケープルート”とは何とも長ったらしい名前だ。
細身の長身の体型で首筋までまとめられた白銀の長髪に水色の氷のように冷たく、同色の瞳。その瞳の片方に無機質な光を帯びている女性、|エレイン=カスティーリャ《アイスピック》。名前を確認した時に、なんとも見事な文字で“Elaine Castilla”、“Icepick”と書かれていたのが印象的だった。
彼女はまず、左目に対象の呼吸、心拍、動作反応まで予測可能な特定波長の温度確認を可能にする視覚補助をする|Frost Sight《フロスト・サイド》と、喉と胸郭部の発生機構に使用者の心拍、足音、呼吸、動作音すら無音化する暗殺、奇襲、逃走のすべてに向いたステルス機能をもつ|Mute Voice《ミュート・ボイス》。両手の指先に、指先から対象の電気系統、脳神経信号を一時的に撹乱するナノサイズの金属スパイクを射出できる|Nano Spike Generator《ナノスパイク・ジェネレータ》。
彼女に関しては、前社長のアルド・オリオンにも一目置かれていたようで《《何故か》》盗まれたクルーラーの上位的な物の開発に携わっていたり、“冷たい完璧な司令塔”との異名や|お人好しな直実《V》の教育を担当した直属の上司であったりする。
我が社としては非常に信頼のおける人物であると言えるが、その分、あの|お人好し馬鹿《V》の評価が彼女の中でどうなっているかは目に見えて分かる。つくづく、敵に回したくない|高嶺の花《サイバーヒューマン》の一人だった。
なんとなく感じる威圧を振り切るようにゆっくりと口を開いた。
「...知っているだろうけど、僕はイーオン・オリオン。堅苦しいのは苦手だから、イーオンでいい。
今すぐにでも本題へ入りたいのだけれど、君達はこれからチームとしてやってもらうから、お互いに挨拶をしてほしい」
命令のような言葉に全員が首を縦に振り、やはり最初に|エレイン《アイスピック》が口を開いた。
本名を名乗った後によく呼ばれる通名を紹介として喋った。
「アイスピックです。…ええ、冷徹に突き刺す、という意味だそうです」
そう終わり、次に人が話す。
「ルディ・アラバスタだ、黄金蟲って呼ばれてる…嫌な通名だよ」
どこかぎこちない男性、
「わたし、リリー!」
いやに素直で、不安定さを感じる女性、
「やあ、みいはアルファ!アルって呼んでね〜」
なんとなく、奇妙な感覚に包まれた男性、
「クラシカ・リミッドって言いまぁす、みんなクラリって呼ぶけど。ま、好きなように呼んでくださいよ〜」
ふわふわとして不正確な自分と似て同じ男性。
全員が挨拶を済ませて、やはりこちらに向き直る。
忠犬を見るような気分でそのまま託される言葉を紡いだ。
「本題へ入るが、クルーラーの紛失、壁の破壊、元社員による不法侵入があったのは分かっていると思う。まぁ、そうだね......これからの指令が何かは分かると思う。
紛失したクルーラーと不法侵入した元社員の捜索をしてほしい。それが今回の指令になるね」
全員が言葉の終わりを待ち、不思議に思ったことを質問する。ルディが先に口を開いた。
「紛失したクルーラーの捜索は分かる...けど、不法侵入者なら|DP《デジタルポリス》案件では?」
「そうかもしれない。でも、これは少し厄介で...不法侵入者がVなんだ、あのお人好しなんだよ」
その言葉にエレインの視線が強くなる。出来るだけ目を合わせないようにして、他に来ると思う質問に言葉を載せていく。手元にあった資料を見ながら口を開いた。
「Vってのが誰か分からないのもいるだろうから...説明すると、正式な名前はヴィル・ビジョンズ。28歳、男性。ネオワシントンのD-002-047地区、高層ビルの建ち並ぶ地区だね。
そこのD-002-047-o-28の14-103在住。出身はネオワシントン、6歳に修道孤児院スタスの元孤児からアルド・オリオンの養子に引き入れ、22歳でグリティニー大学を卒業、22歳半でオリオン入社...ここは省くよ。
で、最終的にここをやめて、ソロの|傭兵《万事屋》として活躍中にここに入ってクルーラーを盗んだわけなんだけど......何らかの手違いで、このお人好しの頭の中にクルーラーが入ってるらしくてね。
生死は正直問わないが、とにかくクルーラーの奪還とVの拘束、殺害、記憶の消去...何でもいい、無力化してくれればかまわない」
紡いだ言葉を区切って、聞き続けた社員を見た。次の瞬間にエレイン以外の全員が一斉に喋り出す。
「それって儲けになるの?」
「わたしは何もできないのに?!」
「それ...ぼく、一人でやるの?一人にするの?」
「ぼくにできますかね、できるといいんですけどね~」
うっすらと頭痛がした。エレインは何も言わずに沈黙したまま指示の発令を待つ。
頭を掻いて、体の良い言葉を舌で転がすように並べ立てた。
「ある程度のボーナスを設けるつもりだから、儲け話の一種ではあるし、常に二人一組で行ってもらう。
また、どんな人材であれ、向き不向きを補うような組み合わせにする。安心して取りかかってほしい。
それと...Vの動向に関しては、DPからの目撃情報、各地の監視カメラ、クルーラー内にあるデータ送信の情報で分かっているから適切なタイミングで行動にうつすだけだ。
ただ、しばらくは、私生活の監視にあたってほしい。それなら、できるだろう?」
全員がそれに頷いた。安堵と達成が、同時に沸き上がった。
開発部門から送られたデータを基に行動範囲を決めつつ、組の編成を行った。
ルディとリリ。|エレイン《アイスピック》と|クラシカ《クラリ》。そして、僕と|ヴィレイド《アル》。
それぞれが|相棒《パートナー》を確認し、最後にもう一人の駒に挨拶をした。
オリオン社の持てる技術力を費やしたアルド・オリオンを模した完全学習、思考型のクローンが25体ほど。
中に内蔵された3つ以上の様々なインプラントを隠すように顔や衣服が肉として装着されたエンドスケルトン。インプラントはそのエンドスケルトン中に搭載され、目、口、耳、首、腹、腕、足、手、背中等と全身にある。
認識しているものでも、
目に対象者の動向を壁などの障害物を貫通して視認する|detection《探知》。
口に対象者の言葉や声を模倣する|reproductive voice《複製声》。
耳に対象者の言葉を理解して学習する|hearing ability《聴力》。
首に核となる部分を隠す為に一時的に強化する|toughening up《身体強化》。
腹に防御シールドを発生させる生成装置の|defensive wall generation《防御壁生成》。
腕に握力を上昇させる|Gorilla Arm《腕力上昇》。
足に10mほど跳躍力を上昇させる|jumping《跳躍》。
手に刃物や銃器を素早く入れ替えて使用できる|arms trade《武器交換》。
背中に常に飛行できる|Jet pack《ジェットパック》。これは日本製のものだ。
また、脳に|learning device《学習装置》や|memory processing《記憶処理》、|memory saving《記憶保存》とサイバーヒューマンやオールドヒューマンと何ら変わらないように行動、思考できるものがある。
この場合、クローンというよりは新たな人間を作ったと言った方が正しいのだろうか。
どちらにせよ、使える駒が複数体いることに変わりはない。
紹介文を読み上げ、この奇妙な鋼の人間を模した機械の用途を説明し、自分以外の二組に向かって微笑んだ。
機密情報であるからにして、世間が故人を模したクローンをどう思うかはよく分かる。
企業と企業の“良い取引”とやらで話すようにして、商品の説明をしていく。何が利点で、何が欠点かを包み隠さず口にする。信頼とはそう得るものだ。
このクローンは首の少し下、胴体と首の切断境に核が位置し、赤く重いようなものがクローンの|核《コア》となる。核はこれもまた機械の一つではあるが、心臓の形を模して身体全体に無数の電線を血管のように張り巡らせ、身体全体に行き渡るインプラントと電力となる核を繋いでいる。
つまり、核を壊さずとも、特定のインプラントを無効化させることはできるが、核を壊せば全てのインプラントの機能が停止する。
逆に言えば、核が知られるまでは、ちまちまと破壊されるだけの機械的な|肉壁《タンク》となり得る。
それにこのような非人道的な商品はクルーラー同様に世間からはまだ知られていない。
それこそ、開発部門のかなり上位な者や社長でしか知らないだろう。だが、研究や企業というのは厄を招かざるを得ないのかこういったものをよく開発するケースが多い。
例えば、記憶を改ざんするインプラントや感度を高低させるインプラント、一時的に拘束するインプラントなど様々な犯罪目的で使用されるようなものがオリオンの中でもたまにある。
そういったものはひとまず、放置する。そうすると、必ず翌日にはなくなっている。
別に紛失したところで誰も騒ぎはしない。データは既に取ってあるのだから、複製して上位互換のものを開発すればいい。しかし、なくなった例のオリジナルのインプラントは闇市にでも横流しされているのだろう。そうでなければオリオンのインプラント開発の社内情報が漏れることはない。
正直な話、始めにインプラントを開発していたのはオリオンだけだった。それが何故かインプラントの開発手順が漏れ、日本製や中国製、フランス、イギリス、ロシア製などインプラントが輸出輸入の商品として国の貿易商品として出された。これは想定内のことではあるが、予見している時よりもそれが、かなり早かった。
つまり、こういった犯罪行為やスパイ行為を行う人物が社内にいたということになるが、最近はそのようなオリオン社の性能と酷似したインプラントが市場に出回ることは少なくなっていた。
もういなくなったと安堵すればいいのだろう。
しかし、このような説明をして、納得したような社員に社長はこういうべきだろう。
「今すぐに、指示された命令を行動しろ」
あまり命令口調で言わないせいか、声が震えたものの、それでも士気はあがったようだ。
動き始めた社員の後を追って、いつぞやの鼠の尻尾を掴みに足を動かした。
**脇役 要点紹介**
▣アーデン
名前:グラン・デイトバック(グク)
年齢:32
性別:男性
担当位置:アーデン/デジタルランナー
インプラント:マップ(地図を表示)
インプラント部位:目
サイバーヒューマン
名前:ヤスヒロ・ウチダ/内田康宏 (ヤスヒロ)
年齢:28
性別:男性
担当位置:アーデン/クラッシュサイバー
インプラント:ゴリラアーム(腕力上昇)
インプラント部位:腕
サイバーヒューマン
▣ルーンレイ
名前:オリバー・マシュー(オリー)
年齢:33
性別:男性
担当位置:ルーンレイ(サイバーヒューマン保護団体)
オールドヒューマン
名前:セルゲイ・ケニー
年齢:28
性別:男性
担当位置:ルーンレイ(サイバーヒューマン反対団体)
オールドヒューマン
▣オリオン
名前:クローン
年齢:不明
性別:不明
担当位置:オリオン/アクションサイバー
インプラント:???
インプラント部位:全身
オリオン社製サイバークローン(在庫:10~25)
▣その他 脇役(詳細)
▪アルド
アルド・オリオン
オリオンの初代社長でイーオンの父に当たるほか、ヴィルの義父でもある
生前は研究者としての反面が強く、様々な発明を世に出した
▪セグレブ
セグレブ・ケニー
オリオンでクルーラーのシステムエンジニアを務めたサイバーヒューマン
要は設計者だが、最近は様子がおかしく■■をやけに信用している
セルゲイは弟に当たる
▪セルゲイ
セルゲイ・ケニー
オリオンでクルーラーのプログラムのリーダーを務めたオールドヒューマン
現在はルーンレイに所属し、サイバーヒューマン反対派になっている
セグレブは兄に当たる
▣ルヴァン
現在、該当なし
▣ウィッシュウォッチ
現在、該当なし
▣グリティニー大学
現在、該当なし
▣マチェピカ大学
現在、該当なし
▣グランド合唱隊
現在、該当なし
▣ラーニ放送局
現在、該当なし
▣修道孤児院スタス
現在、該当なし
▣DP(デジタルポリス)
現在、該当なし
↓世界観語句 記載
https://tanpen.net/novel/b8deb1f0-970f-4fa4-a3d6-8ff6c0335f2a/
色々と追加、伏せられている部分を進行と同時に記載するつもりです
...色んな人出てくるなぁ...水毒ヴィーノさんだけ、あまり表現しないタイプなんで難航しそうだが...やるだけ、やってみようか。
エレイン=カスティーリャさんに関しては、完璧主義なら文字も綺麗だろう...という偏見です。
謎か一話一話がとんでもなく長くなりますね...恐ろしや...。
そして、なんとなく見づらいんですよね。台詞と文章が一体になっているからだろうね。
まぁ、ええか...よくないか......今更スタイル変えてもどうにもならないし、やめておきましょう。