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第三話「変わる」
「なんとか間に合った……」
焦りながら自宅に滑り込んだ後、私は電光石火でアイスを冷凍庫に入れた。幸い、まだギリギリ溶けてはいない状態だったので、べちょべちょな
常温の液体になって食べられない、という事態には防ぐ事ができた。
「はぁ。今は春過ぎなのに、こんなに早く溶け始めちゃうなんて、思わなかった。次からアイスを買った時は、早足で帰ろうっと」
今の日本の時期は、春過ぎの五月。普通の学生だったら、入学式や委員会決めなどの行事もほぼ終わり、そろそろ学校生活にも慣れが来る頃合いだろうか。それとも、二年生より上は、五月病でだらけてしまう頃だろうか。健全に学校に行けていた頃の自分を思い出しながら、想像する。
「……学校かぁ」
ふと、自室のハンガーにひっそりと掛けてある、高校の制服を目に入れる。制服の下にはリュックサックが置いてあって、どちらも控えめに埃を被っている。当たり前だ。もう大分、これらは使っていないのだから。
「本当は、どんな形でも行きたいけど……。でも、いじめられるし。三者面談は、お母さんが来てくれないし……」
黒い気持ちが、心に入り込んでくる感覚が分かる。
そうだ。本当は学校に行きたいし、勉強もしたい。普通の、平凡なりの生活がしたい。でも、誰も助けてくれない。クラスではいじめられるし、学校と面談をしようとしても、まずお母さんが応じてくれない。義理のお母さんには彼氏が居て、その人に会いに行っているから、全然家に帰ってこない。帰って来る頻度は、大体三ヶ月とかに一回。それも、数時間も経たずにまた出ていってしまう。
昔みたいな、普通の子になりたい。それなのに、なれない。昔は血の繋がっているお母さん、お父さんが居た。凄く仲良しな家族だった。それなのに、両親は私が小学四年生の時に、事故でこの世を去った。親戚のお姉さんに引き取られて、友だちがいっぱい居た学校を転校した。でも、お姉さんは私の事を全く気にかけてくれない人だった。転校先では、事故のトラウマから内気な性格になってしまって、クラスメイト達からいじめられた。中学から始まったいじめは、高校生になっても止む事は無かった。そのせいで、私は高校一年生の途中から、不登校になった。
「……私の人生、いつからこんなになっちゃったんだろう……」
一言、そう呟くと、視界が段々と滲んでくる。こんな人生が悔しくて、苦しくて、とにかく悲しい。変えられるものなら、今すぐに変えてしまいたい。でも、誰も私に手を差し伸べてくれない。準備は、もう済んでいるのに。
「やっぱり、自分から変わらなきゃ……かな」
この生活は、すごく辛い。周りみたいになれない、という劣等感が酷く、痛い程に押し寄せてくる。私は、それにやすやすと耐えられる人間じゃないし、耐えていたら壊れてしまう。
せめて、どこか一つを人並みにしたい。そう思った。
--- *** ---
昔、本当のお母さんが、私に教えてくれた事がある。
「いい、#名前#。どれだけ苦しくても、いつか幸せは来るんだよ。その時は、消えたいって思っちゃうかもしれないけど、でも、じっと明日を待つの。そして、明日に向けて準備をするんだよ。そうしていれば、いつか必ず、幸せは訪れるよ」
悲しくても、苦しくても、いつか幸せが遅れてやってくる。自分は、それに向けて準備をしていれば良い。お母さんは、子供の私にそう言った。
昔は、はいとだけ言って、この話を受け流した。日常のワンシーンの中で、世間話みたいなテンションで言われたから。
でも、成長していく度に、お母さんが言ってくれたこの主張は、次第に私の心に染みていくようになった。今の生活が苦しくても、準備をして明日を待ち侘びていれば、いつか幸せが来る。福が来るから。
「……私、お母さんが言ってくれた事、忘れない」
ぽつりと、そうぼやいた。私の本当のお母さんは、どんなに時間が経っても、あの人だけだから。もう少し一緒に居たかった、と寂しくなりつつも、私はソファに沈んでいた腰を上げた。
「まずは、調べる所から始めなきゃね」
今回は北さん出てません、ごめんなさい。夢主ちゃんのバックボーンをお出ししたいだけの回でした。次回からはまた北さんが登場いたします。