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    滅亡する国
    
    
    
     ――メギャナ帝国。
「どうした? 嬢ちゃん。ここは子供が来る場所じゃあないぞ」
『……』
 少女の姿をした一番は、宮殿の門番を無言で|一瞥《いちべつ》した。――弱い。
『雑魚には用がない』
 門番を無視して、宮殿の中に足を進めようとする。
 この対応は、一番なりの優しさだった。もっとも、そこに相手への思いやりはなく、ただ自分の都合の良いように物事を進めようとしているだけだったが。
 雑魚を狩るのはいつでもできるが、上層部を皆殺しにするのは今しかできない。ここで騒ぎを起こせば、相手に警戒され、無駄な労力を払う羽目になる。
「悪いな。許可がない者を通すわけにはいかない」
 門番が一番の腕をつかんだ。
『邪魔』
 一番は、虫でも見るような目で門番を見た。押し通るだけなら簡単だ。後が面倒になるだけで。
 一番は、構わず中に入ろうとした。隠密でもできれば違うのだろうが、あいにくと一番の得意分野は直接戦闘だ。
「待て!」
 腕をつかむ門番の手に力が入る。絶対に入らせまいとしているのだろう。
『どいて』
 一番は、攻撃の準備をしながら言った。これが受け入れられなければ、宮殿の人間を皆殺しにしてでも入ろうと思っていた。もう、そうした方が早いかもしれない。
「駄目だ」
 門番の男がきっぱりと告げる。同時に、手に持っていた槍の穂先を一番に向けた。
「去れ。これ以上ここにいるのなら、攻撃するぞ」
 子供が相手なら、その程度の脅しで良かっただろう。だが、相手は部隊内最強の一番だ。
『わかった』
 一番は、溜めた力を解放した。とりあえず、この場の人間を皆殺しにする威力。
 倒れた門番を見て、宮殿に出入りしていた貴族が悲鳴を上げた。その場に座り込み――いや、腰を抜かして立ち上がれないようだ。
 やっぱり、一番にはこの方法が合っている。
 宮殿の前に響く悲鳴。その発生源を消し去る。弱い人間は、残しておくと邪魔になるからだ。
 その悲鳴に釣られ、宮殿から衛兵が虫のように出てきた。
『いいね』
 一番が口の端を吊り上げる。準備運動にもならない程度の雑魚だが、集まればそれなりに楽しくなるだろう。
 一番は徒手空拳だけで戦うという縛りを課し、衛兵の群れの中に突っ込んだ。
 風のように動き、衛兵の命を一つずつ狩っていく。
 やみくもに突き出される槍を軽く回避し、その上に乗った。そのまま軽く跳躍し、肩に飛び乗って槍の持ち主の首を締める。
 首を絞められた男を助けようと槍が突き出されるが、足で挟み込んで止めた。男の首ごと体を揺り動かし、槍を飛ばす。
 その衝撃で首が折れたのか、男は動かなくなった。一番は倒れる体に足を着けて跳躍し、一番を取り囲む衛兵に飛びかかる。
 目で追えない速度の一番を衛兵が槍で叩き落とそうとするが、全く当たらない。瞬く間に懐に潜り込んできた一番に、為す術もなく殺される。
 瞬間移動じみた速度で移動し、右往左往する衛兵を一つの方向に殴り飛ばしていく。
 衛兵が団子になったところへ、一番は飛び込んだ。
『終わり』
 あれだけ密集していれば、槍を振り回すこともできまい。
 拳を振りかぶって、衛兵たちの命を終わらせようとする。
「騎士様が来れば、きっと……!」
 まだ見ぬ強者の存在を叫びながら、衛兵たちは一番に胸を貫かれた。
『準備運動にもならない』
 一番はぽつりと呟いた後、その場に立ち尽くす。
 数分後『騎士様』とやらがやってきた。
 死体になった衛兵たちを見て、無言で一番に武器を向ける。長剣と盾。騎士らしい装備だ。
『少しは楽しめそう』
 一番は、自分にかけた縛りを少し解いた。
 戦闘は引き続き徒手空拳にて行い、体の構成はいじっても良いものとする。
 全く力まない状態。そこから、一歩で最高速度に到達する。
 バカ正直にまっすぐ突っ込む――と見せかけて、直前で跳躍。一番との衝突に備えて盾を構えていた騎士の虚を突く。
 騎士の頭すれすれを通り、後ろに着地した。右足を軸に反転し、盾を持つ手の肩を狙う。拳と鎧がぶつかる音が響き、騎士が盾を取り落とした。
 騎士の攻撃が来る前に、バックステップで距離を取る。
 騎士は、片手で剣を構えた。一番も、それに合わせて拳を構える。間合いとしては騎士が有利だが、距離を詰めさえすれば一番の方が有利になる。
 二人の間に緊張した空気が流れる。互いに隙を|窺《うかが》っているのだ。一番は、攻め込む隙を。騎士は、反撃を加える隙を。
 このままでは|埒《らち》が明かないと判断したのか、先に動き出したのは一番だった。今度は、先ほどのようなことはしない。まっすぐ正面から。
 騎士の何も持っていない手――がある方に、|執拗《しつよう》に攻撃を浴びせていく。あわよくば、このまま使い物にならないことを願って。
 そんな一番の攻撃を、騎士は冷静に|捌《さば》いていく。
 動の一番と、静の騎士。対照的な戦い方を示す二人。
 一番は手数で攻め、騎士は体力を温存している。一番が疲れを見せた瞬間に、反撃に出るつもりなのだ。そして、あれだけ激しく動き回っている以上、騎士より一番の方が疲弊するまでの時間が短いと予想される。
 だが、その予想に反して、先に音を上げたのは騎士だった。息が乱れている。
 一番は構わず攻撃を加えた。ぎりぎり反応した騎士が剣で防ぐが、力が入り切っていない。押し切ればいける。
 騎士が一番の攻撃を逸らそうとするが、一番はその動きに逆らわず動く。騎士が制御をほんの僅かに誤った。一番の拳が騎士の鎧を大きくへこませる。鎧はもう使い物にならないだろうし、むしろ動きの邪魔になるだろう。
 攻撃を受け、一瞬だけ騎士の呼吸が止まる。一番は騎士の後ろに回り込み、足に蹴りを入れた。
 一番は四方八方から騎士を攻める。
 鎧は無事な部分を探す方が難しいほどにへこみ、ただの重りになってしまった。
 騎士が剣を構える。盾は落ちたままだ。
 一番が騎士を前から攻撃した時、騎士の剣が一番に向かってきた。一番を追い続けるより、向かってきたところに合わせる方が良いと判断したのだろう。
『うん』
 騎士の作戦に、一番は笑ってうなずく。ただされるがままだった騎士が、立ち向かう意思を見せたのが嬉しかったし、無理のない作戦で来たことに称賛を送りたかった。
『楽しい』
 だから、このまま終わらせよう。
 騎士の剣を手で掴み、止める。刃が食い込んで手が損傷するが、問題ない。核さえ無事であれば。
 攻撃手段を奪われて無防備になった騎士の胴部に、本気の一撃を叩き込む。
「がッ!」
 騎士の骨が折れ、内蔵に刺さった。このまま放置していれば、死ぬ。
『ありがとう。楽しかった』
 手加減していても、楽しいものは楽しい。一番は、次の対戦相手を探して歩く。
 ――こうして、メギャナ帝国は守護者を失った。
 ――エグシティオ王国。
『王様を殺せばいいんだっけ?』
 二番が、彼に近づく人間を皆殺しにしながら九番に尋ねた。
『はい』
 九番は、笑顔で答える。
「待て」
 一行の前に、立ちふさがる人間がいた。
「この大量殺人について、詳しく聞かせていただこう」
 エグシティオ王国騎士団所属、テトラ。かつて七番に操られた者が、二番たちに剣を向けた。
『詳しくも何も、邪魔だから殺した。それだけだよ』
 人を殺す手を緩めずに、二番はテトラの問いに答えた。その声には、罪悪感や特別な感情などが一切こもっていない。
「対話、連行は不可能と判断。制圧を行う」
 テトラが、二番たちに向けてそう宣言した。
『キミごときが、僕を?』
 二番が冷ややかな声で言い、テトラに向けて大量の触手を展開する。それまでに場に出ていた数の四割ほどの数だ。
 複雑な動きを駆使し、二番はテトラを四方八方から襲った。
 テトラが迎え撃とうとするが、力に任せて強引に押し切る。その圧力に負け、テトラは触手につぶされて死んだ。
『雑魚が』
 吐き捨てるように言うと、全力で触手を展開し、半径一キロメートル以内の人間を皆殺しにした。その中には、国王も含まれている。
 ――エグシティオ王国は、二番の八つ当たりによって滅びた。
    
        そろそろ完結も近いのですが、内容の充実を図るため、次回分の投稿はお休みにさせていただきます。ごめんなさい。