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#14:果たしてこれは罪なのか
今回は今までよりも刺激が強いと思われますので、注意をしておきます。流血はありません。ありませんけど、結構えげつなく書いたので苦手な方は読まないことをお勧めいたします。
かなり今回重要ですけどね……。
「急がなくちゃ。」
私は1人分かれて、深夜の路地を歩いていた。
既に補給物資は受け取った後で、背中に背負ったかばんはかなり重いし、両手も塞がっていた。それでも、このくらいで音を上げてしまうのは軟弱すぎるから、私は先を急ぐのだ。
「……ん?」
何かが、私の目に映る。
街灯と行き交う車のひとつもない、不気味なほどに静かな通りに、何かが落ちている。それはまるでヘンゼルとグレーテルが撒いたパンくずのように、ぽつぽつと落ちているのだ。
「これってまさか」
私は耳元に触れる。そこには当たり前のように通信機器がある。
いや、局員が捨てるわけはない。捨てたら任務が果たせるわけあるまい。かといって、これが偽物であるわけでもなさそうだ。秘密裏に製造されているインカムの偽物を用意するだなんて、して何の得があるのか。
では、なぜ?
『いや、ポイントCの方と通信が取れてないらしくてなァ。』
「まさか、そんな、ねえ……?」
蒸発。行方知れず。もっと嫌な言い方をすると……殺人?
背中に悪寒が走るのをしっかり感じながら、私はいち局員として、それを回収した。一応現在地をメモしておく。後で根掘り葉掘り聞かれても困らないように、だ。
一応、通信機器でも連絡を入れておく。危険なことがあったらすぐに合図するように、と念を押された。
やった方が良さそうなことも大方終えた。私がこれ以上ここに残っているのは精神衛生上あまり良いこととは思えないので、さっさと離れることにした。
したのだが、いかんせん入り組んだ路地だったので、到着までは随分と時間がかかりそうだ。ポケットからカフェインがこれでもかと含まれたエナジードリンクを片手に、私は地図と根比べを始めるのだった。
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どさり、と。
何か質量を持ったものが地面に落ちる音がした。
「それ」がたった今落としたのだ。
「わたくしと約束したでしょう?もう大丈夫ですわ。」
「それ」が笑っている。
「安心してくださいませ。わたくしなら、失敗は致しません。的確に済ませて見せますわ。」
実に愉しそうに、笑っている。
「それでは、失礼して。」
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「……え」
曲がり角を曲がったその先に、人が立っている。そう思ったのがはじまりだった。変な道を通ったのが、私の運の尽き。
「え、え、えっ」
確かに結界はしっかりと張っていないので、一般人がいてもおかしくないのだ。それでも、私の思考はうまく働かない。
なぜなら、視界に映るのは真夜中に薄暗い通路に立っていては本来いけない、中高生くらいの少女だったから。服装もゴシックロリータ、というべきか。青と紫を基調とした、フリルがふんわりとあしらわれているドレスを身に纏っている。
それから。
「……あら?」
少女は手に、見覚えのあるものを持っていたから、だ。
「こんなところを通る物好きもいたものですわね。」
局員証。
確かにあのカバー、あのマーク。私が今カバンの中に入れて持っている、一般人が持ちうるわけのないもの。
それをこの少女が、持っている?どうして?私は自分の耳に手をかけて、ボタンを押す。
……きっと、いや、絶対にこいつは。
「わたくしに何か御用ですの?人間?」
ふわり、とドレスの裾が揺れたかと思えば、端正な顔立ちが一瞬で眼前にやってくる。痺れるような、圧力を伴って。
「もしかして、これが気になるんですの?」
少し紫がかった白い肌がちらりと、ゴシックロリータから見えていた。
「それは!」
少女は局員証を振る。内側の写真には、生真面目そうな顔で写る1人の知り合いがいる。途方もなく嫌な考えが、私の頭をよぎった。
「貴女はこれが欲しいんですの?もしくは、これの持ち主が?」
少女が顎で示した路地の奥には、きっとあの人が。
「……どっちも。」
歯ががちがちと震える。一歩間違えればすぐに、少女の思い通りになってしまうであろう環境下なのだから。今すぐに、できるならここから帰りたい。果たして私は無事に帰れるかどうかも、今は分からないけれど。
それでも、私は。
彼との約束を果たさなければいけないから。
「やっぱり欲張りですわね、人間風情が。そりゃあ、わたくしたちの……」
少女はそこまで言いかけると、鋭い眼差しで私を睨みつける。そうはならないと分かっていても、射殺しそうなくらいに。
「これ以上は言う必要がありませんわ。さようなら、人間。長生きしたいのなら、わたくしが上機嫌なうちに帰らせてくださいまし。まあ、そんな職で長生き、といっても、あまり差はないのでしょうけれど。」
少女はくつくつと嘲笑を漏らした。三日月に変わった唇は、血のように赤く、街頭の光で鮮やかに照っている。
覚悟を決めて、私は口を開いた。もう少し、もう少し頑張らないと。
「ねえ!あなたは……ギルティ、なんですよね?」
「どうして、貴女は当たり前のことを問うんですの?」
少女の深い青の瞳が、怪しげに輝いた。
「簡単なことも分からないのですわ。かわいそうに。あなたが人間だからですわ。本当に、かわいそうに。」
「そう、ですね。私は、本当に人間で良かったんでしょうか。」
少女の雰囲気が変わった。
「正直後悔しているんです。なんで私、人間に生まれちゃったんだろう、って。だってあなたたちは自由だ。私たち人間のルールなんて知ったこっちゃない。」
「……へえ?」
「私、は。正直、恵まれているとは言いづらくて。こんなつまらなくて不平等な世界なんて、なくなったっていい。そう、思っています。もう疲れたんですよ。」
100%本心ではないけれど、完全な嘘はついていない。そういう時期も、私にはあったから。
少女の瞳がより大きく見開かれる。その長い睫毛が揺れて、彼女の意識が私により向けられるのが分かる。
そうだ、それでいいんだ。
「ごめんなさい、突然あなたにこんな話をしてしまって。私、羨ましかったのかな。何者にも縛られないあなたが、それでいてすごく美しいあなたが。私もあなたみたいになれたら、どんなに良かっただろうか。」
少女が私の顔を覗き込む。その顔はどこか満足げだ。
「気が変わりましたわ。あなたになら、特別に教えてあげましょう。長い付き合いになるかもしれませんわ。」
少女は微笑んで、告げた。
「わたくしはルーナ。今日は月が美しいものですから、わたくしの名が映えますわ。」
お願いだから、もうそろそろ来て。
その時、的確に私の横を、重いものが掠めていった。
「……あーあ、良いところでしたのに。」
「お待たせしました、ッス!」
快活な笑みを浮かべて、打撃の姿勢から戻った彼女が、私は頼もしかった。
バレているかと思ったが、無事に気づかれずに通信機器を使って救援を呼ぶことに成功したみたいだ。ボタンを一定の間隔で押せば、救援要請が呼べる。先ほど確認しておいて助かった。
「ようやくこっちも把握し始めたんッスよ。後ろからもう少し来てるッス、援軍。そういうわけで、あんたはもう終わりッス。」
「随分と強気なんですわね。頭の足りない人間のくせに、小細工するなんて。忠告を全く耳に入れていなかったようですわね。さすがは人間、といったところですわ。」
「頭の足りない?」
オレンジさんの入ってはいけないスイッチが、音を立てて入った。
「……今日のところは失礼して。」
ルーナもそれを感じ取ったのか、局員証を投げ捨てると舞うように私たちから遠ざかっていく。ある地点で立ち止まって、何かを片手に持って。
「あ」
動かなきゃならない。私は、それを取りに行かなければならない。私は命を助けてもらったから、せめてそれくらいは果たしたいと思っていた、約束。
「いけませんわ。これはもうわたくしのものですの。」
「やめろ!」
しっかりと目に収めると、それはより一層歪さを増した気がした。
ライトパープルの髪が揺れる。ルーナに持ち上げられて、よりさらさらと靡いている。
彼女はいつのまにか棘のついた翼を生やしていて、ふわりと宙に舞った。血の一滴すら流さず、ぱたりと途切れてきた首元を乱暴に掴まれて、彼も浮いた。虚な瞳が、もう私をまっすぐ見つめることは、もう二度とないんだろう。そう突きつけられた気がした。
これ以上、私の恩人を傷つけるな。
私は咄嗟に、腰に掛かったものを取り出した。体が動いて、姿勢が整えられて。
耳をつんざく銃声と、体に重くのしかかる反動が私を貫いてから、ようやく理解する。撃ったんだ。火事場の馬鹿力、ってやつかな。使う機会なんてなくて良かったのに、使っちゃったな。
お守りで持たされていた拳銃。それは体勢を少し崩せるくらいの、麻酔銃で、どうやら彼女にも効いたみたいだ。殴りかかったオレンジさんをギリギリで避けて、ルーナはふらつきながら荒く咳き込んだ。
「わたくしを、わたくしをお前も愚弄して!人間は醜悪極まりないですわ!」
その翼で羽ばたいた。その整った顔を歪ませて、私だけを捉えていた。
「いつかまた会いましょう。お前はいつか、わたくしがこの手で殺してあげるから、せいぜい死なないように、ですわ!」
ルーナは飛び去った。片手に、あの人の頭部を抱えたまま、飛び去ってしまった。
約束は、果たせなかった。
「ミナ様!ごめんなさいッス、取り逃したッス!今まで見たことのない、まるで人間の女のようなギルティッスよ!?」
突入のタイミングを逃した援軍が、バタバタと動き出した音がした。
局員証を拾い上げて、もう動きたくない、と叫ぶ足を無理やり動かす。ルーナが立ち止まった場所へと、私は急ぐ。
「私より先にいなくなっちゃうなんて、教えてくれませんでしたね。」
私の命を助けてくれた人は、私の目の前で、あの病院に運ばれるための担架に乗せられた。
手にした局員証の名前は、堂本渉。
前々からこの展開は考えておりました。シリーズの構想初期から、です。