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第11話:耳鳴りの正体と、毒の中和
魔法局との衝突から一夜。アドラ寮の朝は、いつも以上に騒々しかった。
「おいアネモネ! 昨日の最後、なんて言ったんだわな!? 『ダイ』までは聞こえたんだが、その先が爆発音でかき消されたんだよ!」
ドットが朝食のテーブルを叩きながら、アネモネに詰め寄る。
アネモネは極めて冷静な手つきで紅茶を啜り、159cmの視線からドットを冷ややかに一瞥した。
「……別に。……『大バカ』って言ったのよ。万死に値するわ、その難聴っぷり」
「嘘つけ! あの時の顔、絶対そんなんじゃなかっただろ! もっとこう、聖母のような、全肯定の女神みたいな……!」
「……死ね。今すぐその脳内お花畑を毒の茨で刈り取ってあげる」
アネモネの頬は、紅茶の熱さのせいではなく、隠しきれないほど赤く染まっている。
隣ではマッシュが「『大好き』って言ってたよね、アネモネさん。シュークリームの詰め合わせくらい、はっきりと」と、無自覚な追い込みをかける。
「マッシュくん! それは言っちゃダメなやつ! 空気を読んで! 毒が充満し始めてるから!」
フィンが必死に空気を入れ替えようと窓を開ける。
「……っ!! 全員、一時間以内に気絶させてあげるわ……!」
アネモネの指先から、甘い香りのする「強制睡眠の胞子」が漏れ出す。だが、ドットはその煙を払いのけることもせず、ぐい、とアネモネの顔を自分の方へ向けた。
「……アネモネ。俺はよ、お前がなんて言ったか、本当は分かってんだわな」
「……え」
ドットの瞳が、いつになく真剣にアネモネを射抜く。
アネモネの心臓が、毒の鼓動よりも速く跳ねる。
「お前が俺を信じてくれてるってこと。……俺、世界一の幸せ者だわな。だからよ、お前がちゃんと言いたくなるまで、俺が百倍返しで『好きだ』って言い続けてやるよ!」
「……っ、……ばか……」
アネモネは視線を泳がせ、震える声で呟いた。
あんなに孤独を恐れていた自分が、今は一秒でも長く、この男の側にいたいと願っている。
その時、食堂に一羽のフクロウが飛び込んできた。
足に結ばれていたのは、学園長ウォールバークからの親書。
『アネモネ・ロスト、及びドット・バレット。魔法局の一件、表向きは不問とする。……だが、君たちの力は既に、闇の世界の住人たちの目にも触れてしまったようだ。……近々行われる「親善試合」には、十分注意したまえ』
平和な日常の裏側で、次なる影が動き出していた。
アネモネの「毒」を兵器ではなく、「愛の証」として守り抜くための戦いが、再び始まろうとしている。
「……ドット。……四時間」
「あ? また猶予か?」
「……四時間以内に、もっと強い盾になりなさい。……じゃないと、私が守ってあげられなくなるでしょ」
「おう! 任せとけ! 俺様は世界一の『アネモネ専用・全肯定シールド』だわな!」
二人の笑い声が、朝の食堂に響き渡る。
恋の毒は、もう誰にも中和できないほど、深く深く回っていた。
🔚