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第3話:朝の重力魔法と、十一の影
小鳥のさえずりが王都の静寂を破る頃、ソーレの意識はゆっくりと覚醒した。
だが、体を起こそうとした瞬間、ずっしりとした「重み」に動きを封じられる。
「……んぅ……ソーレ……行かないで……」
隣で眠るイゾルデが、タコのように彼に巻き付いていた。
細い腕は首に、小柄な足は腰に。水色の髪がソーレの胸元に広がり、くすぐったい。18歳にして結婚3年目。この「朝の拘束」は、もはや我が家の伝統芸能だった。
「……イゾルデ。起きろ、一限目は体育だ。俺が遅刻したら生徒が暴動起こすぞ」
「……やだ。ソーレが、そうれ……から動いたら、私……凍って死んじゃう……」
寝ぼけ眼で繰り出される、必殺のダジャレ甘え。
ソーレは天を仰いだ。これに勝てる男がこの世にいるだろうか。
「おら、起きろ! 今日は俺の兄貴……三男のガレオスが学園に資材を搬入しに来る日だろ。あいつに見つかったら、また茶化されるぞ」
ソーレの言葉に、イゾルデの肩がピクリと跳ねた。
「……っ! ガレオス義兄様が……? あの方、口が軽いから……私たちの『生存確認』がバレたら、実家の11人きょうだい全員に知れ渡ってしまうわ……」
そう、ソーレは11人きょうだいの5番目。上には口うるさい兄たちが、下にはやんちゃな弟妹たちが控えている。
イゾルデも6人きょうだいの末っ子だが、ソーレの実家の「大家族パワー」にはいつも圧倒されていた。
「だろ? 『子供はまだか』攻撃が始まる前に、さっさと準備して家を出るぞ」
ソーレが優しく、けれど断固として彼女を抱き上げ、洗面所へと運ぶ。
「……ソーレ」
歯ブラシを咥えながら、イゾルデが不意に不安そうな瞳で彼を見上げた。
「……もし、本当にずっと、私たち二人きりだったら……あなたの家族は、がっかりするかしら」
大家族で育ったソーレ。彼にとって、子供がいない家庭は「普通」ではないのかもしれない。そんなイゾルデの不安を察し、ソーレは彼女の頭を乱暴に、けれど愛を込めて撫で回した。
「バカ言え。あいつらは賑やかすぎて疲れるんだよ。俺は、お前と二人で静かに朝飯食える今の時間が、世界で一番気に入ってるんだ」
「……ソーレ……」
「ほら、さっさと顔洗え。……あ、そうだ。今日、昼休みは『魔法薬準備室』じゃなくて、裏庭の『防風林』に来いよ。あそこなら身体強化で木の上に登れば、誰にも見つからねーから」
イゾルデの頬が、朝日のせいではなく、期待で赤く染まる。
「……っ、外でなんて、不謹慎よ。……でも、ソーレが、そうれ……で待ってるなら、考えてあげなくもないわ」
結局、朝からノロケ全開の二人は、お互いの服に付いた「相手の残り香」を消しきれないまま、王立学園の正門をくぐった。
――しかし、彼らはまだ知らなかった。
裏庭の木の上で、ある「非合法な口止め」をされた生徒が、彼らを待ち構えていることを。
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