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    曲パロ
    
    
    
    小説:「光の粒が降る朝に」
 季節の変わり目は、なんだか気づかないうちにやってくる。
 気づけば、下駄箱の向こうの空が長くなっていたし、木々の枝先には新しいつぼみが顔を出していた。
 「今日で最後、だな」
 教室のドアを開けた瞬間、そんな声が背中から聞こえた。振り返らなくても、誰の声かはわかっていた。
 「ああ、最後か。……不思議だな。全然実感ない」
 そう言いながら、僕はいつもどおりの席に座る。でも、机の表面をなぞる指先がほんの少しだけ震えていた。
 
 朝の光は、春先特有のやわらかさを持っていて、窓から差し込む日差しが黒板に淡く揺れていた。
 その光が、クラスメイトの髪や制服や、何気ない仕草さえも、いつもよりずっときれいに見せてくれる。
 誰かが大きなくしゃみをした。
 誰かが笑った。
 その一つひとつが、もう二度と同じ形では戻ってこないんだと思うと、胸の奥がちくりとした。
 
 「卒業、おめでとう」
 先生がそう言ったとき、クラス全体が少し静かになった。
 それはまるで、教室という名の舞台の最後の幕がゆっくりと降りていくような、そんな音だった。
 
 卒業式が終わり、教室に戻ってきたあと、僕たちは何枚も写真を撮った。
 「ほら、もっとくっつけって!」
 「お前顔でかいから後ろな!」
 いつものようにふざけながら、でもその瞬間に込められていたのは、言葉にしづらい感謝と寂しさだった。
 
 帰り道、風が頬をかすめた。春の匂いが混じっていて、どこか懐かしかった。
 「これから、どうする?」
 「んー……まあ、ちゃんと頑張るよ。そっちは?」
 「俺も、負けねーよ」
 交わす言葉はシンプルで、それでいてまっすぐだった。
 
 ふと、道路脇の花壇を見ると、まだ咲いていない桜のつぼみが揺れていた。
 それを見て、彼が言った。
 「咲く前って、すげぇな。何もしてないようで、実はめっちゃ頑張ってるんだぜ、あれ」
 「……誰かさんと一緒だな」
 「は? 急に何? やめろよそういうの」
 照れたように笑って、彼は前を向いた。
 
 手を振るその背中が、次第に小さくなっていく。
 言いたいことは、もっとたくさんあったはずなのに、何も出てこなかった。
 ただ、ずっと隣にいてくれた、その時間がすべてだったような気がした。
 
 目を閉じると、思い出がまぶたの裏に浮かぶ。
 無駄に騒いだ昼休み、汗だくで走ったグラウンド、給食の最後の一個を奪い合った日。
 そこに必ずいた“あなた”のことを、きっとずっと忘れない。
 
 もし、あの時あなたが隣にいなかったら、きっとこんなふうに強くなれていなかった。
 だから今度は、僕も誰かの力になれるように、前を向こうと思う。
 
 小さな春が、確かに始まっている。
 風が吹いた。ほこりが舞った。どこかで洗濯物が揺れていた。
 見上げる空に、昼の月が浮かんでいて、不思議とそれがとても美しく感じられた。
 
 次に会うとき、僕らは少し大人になっているかもしれない。
 でも、今日のこの日を覚えている限り、心の奥では、何も変わらない気がする。
 だから、ありがとう。
 そして、またいつか。
 
 3月9日。
 これは、さよならの代わりに交わす、希望という名の挨拶。
    
        なんの曲でしょう?ww