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またいつか、あの蒼い花畑で
執筆日:2025/01/03
日替わりお題:「反溺愛」「心霊写真」「勿忘草」
使用したお題:「反溺愛」「勿忘草」
「誰か、私を愛して」
雨が降る花畑の中、私はぽつんと立ってそう呟く。人知れず流した涙は雨と混ざって、やがて花や私の服に落ちていった。
「……愛して、ほしかったなぁ」
今更言うのが遅すぎた本音は、誰にも聞かれる事は無く、ただ可哀想に宙を舞う。
寒い雨や蒼い花畑の中、私はぷつりと糸が切れたように、その場に倒れ、そして目を覚まさずにまどろむ意識を手放した。
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「やっぱりルナはすごいな! 今回のテストも八十九点なんて!」
「えへへ、ありがとう! でもでも、オリバー君だってすごいじゃん! 私、やっぱり尊敬しちゃうよ!」
教室に響く、男女の談笑する声。この光景を見聞きするのは、もうこれで何回目だろうか。前までは二人に嫉妬していたが、今ではもうこの場に慣れてしまった。慣れというのは恐ろしいものだと、私はこの人生においてつくづく思う。
「そ、そんな事無いって……」
オリバー、と呼ばれる男子生徒は顔を赤く染めている。まぁそんな顔しちゃって、と思ったりもしてみるが、正直に言うともう彼の事はどうでもよくなっていた。
前まで、私は彼の事が好きだった。告白しようか、するとしたらどんな風にしようか、と悩んでいた時は自分でも青春していたと思えるくらいに、彼に対する甘酸っぱい気持ちで溢れていた。しかし、もうそんな気持ちはない。だって……。
「えー、オリバー君はすごいよぉ! 賢いし、優しいし……かっこいいし……。とにかく、オリバー君はもっと自信持ってもいいんじゃないかなぁ?」
オリバーは、あの女に惚れている。私が世界で一番憎んでいる女に、彼は夢中なのだ。だからもう好きだなんて気持ちは諦めたし、今では逆に、あんな子に惚れないでよと彼を嫌っている節まであるのだ。
「そう、かな……。うん、ルナに言われるならそうだよな!」
「そうだよ、オリバー君は、すっごーく立派だよっ!」
「ありがとう、ルナ! 俺、ルナに褒められるのめっちゃ嬉しい……」
そんなオリバーが褒められて嬉しがるこの子は、名前をルナという。彼女は私の妹で、しかし容姿はなどは全く違う。ルナはとにかく美人な母親譲りの容姿で、綺麗な金髪、海水のように澄んだ青い目。全て母親とそっくりなのだが、母よりも若々しいその姿は、他人から見ればまるで天使のようで、とにかく可愛いものだった。
そんなルナとは対称的に、私は堅物な父親に似た。ルナとは正反対の黒い髪に、目の色は父親の濁った赤い瞳が遺伝して、赤と青が中途半端に混ざったような紫色。目鼻立ちもそれほど綺麗ではなくて、たまにルナと姉妹なのか疑われるレベルには似ていないし、それぞれ遺伝で受け継いだものがまったく違う。
正直に言ってしまえば、ルナは顔も声も可愛いし、かなり世渡り上手な子だ。このままいけば、社会でも上手くいくだろう。現に、見た目の力もあれど、オリバーを褒めちぎり、こうやって惚れさせている。私は軽い天邪鬼だから、ルナみたいに性格を作って誰かを褒める事ができない。ルナにはできて、私にはできなかった。
「……でも、私だって」
ルナは世渡り上手だ。でも、私は真面目だ。今回のテストだって、ルナは八十九点だが、私はその陰に隠れて九十三点を取っている。成績だけなら私の方が上なのだ。確かに八十九点もすごいのだが、私はもっと点数を取っている。これに関しては数字で示されているので、上下が明確に決まっている。
「えへへー、オリバー君すごいからぁ、ルナもたくさん頑張らなきゃ!」
「いやいや、ルナもすごいって! 八十九点なんて、なかなか取れないよ! それに、ルナは勉強以外もすごいじゃないか! いつも皆から褒められてるし……」
そのはずなのに、皆が褒めるのはいつだってルナの方だ。いつも口から吐いて出るのはルナ、ルナ、ルナ、その一辺倒。私の名前はルーシュだが、親からもらったルーシュというこの名前は、誰にも呼ばれず暗い世界で独り歩きしているままだ。
「……呼んでよ」
誰かに、私の名前を呼んでほしかった。褒めてほしかった。もっと広く言えば、愛されたかった。ずっとそう思っていたのに、ダメダメな私はその感情の吐き出し方が分からず、ずっとその場でジタバタしていた。それがきっと、いけなかったのだろう。
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「お姉ちゃん、こっちこっち!」
子供の頃の、在りし日の記憶。私とルナは、ある花畑の中を駆け抜けていた。その日の天気は清々しい晴天。カラッとした風が、走る度に体に当たり気持ちが良い。
「わぁ……すごく、綺麗だね」
私はルナに誘われ、蒼い花が一面に咲く花畑に来ていた。思わずうっとりしてしまう程、その花畑は美しいものだった。そして何より、そこで元気にはしゃぐルナも、また美しかったのを覚えている。
「えへへ、綺麗でしょ! お散歩してたら見つけたの! お姉ちゃんも、こっち来なよ!」
花畑の中、微笑みながら手招きをするルナにつられて、私は花畑へと足を踏み入れる。花を踏まないように、踏まないようにとゆっくり歩いて、私はルナの元まで向かった。
「本当に……綺麗」
「ね、すっごく素敵な場所でしょ?」
ルナが誇らしげにそう言った。それを見た私は、妹可愛さにふっと微笑む。この頃はまだ、姉妹仲も良かった。というか、今は私が一方通行にルナを嫌っているだけなんだとは思うが。
「ねぇねぇお姉ちゃん、このお花って、名前なんだろう?」
突然、ルナがそう言い出す。私は昔から勉強が好きで、花に関しても調べた事があった。だから、そこに大量に咲いている花達の名前を知っていた。
「これはね、勿忘草って言う花なんだよ」
「へー! 勿忘草、すっごく綺麗なお花だね!」
そこで見たルナの笑顔を、私はずっと忘れない。とても眩くて、美しくて、嫉妬も湧いてこない程に、その時のルナは、可愛かったから。
「……綺麗、だね」
あの時の私は、一体何に対して綺麗と言ったのだろうか。勿忘草に対してだろうか、それとも、ルナに対してなのだろうか。
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「ルーシュお姉ちゃん、お勉強教えてくれない……?」
私はルナの事が嫌いだ。しかし、ルナはどうやら私の事をそうは思っていないらしい。今でも彼女はあの頃と変わらず、私を慕い頼ってくる。
「……ごめん、無理」
「そっ、か……、ごめんね。じゃあ、これは他の人に教えてもらうね!」
私を頼るルナは、今でも相変わらず美しくて、可愛くて、とても綺麗だ。
それに比べて私は、一体今の私は、どこが美しいのだろうか。ルナは世渡り上手だが、決してぶりっ子をしている訳ではない、そんな事分かっているのに。ルナは自分にも他人にも素直で、すごく優しい子なんだ。それなのに、姉である私は、大事な妹のルナを妬み、ルナを困らせている。
「……ごめんね、ルナ。責任取るよ」
もう、何もかもが嫌になってしまったのだ。こんなに醜い姉がいるだなんて、ルナにとってはきっと迷惑でしかない。それならば、可愛いルナの邪魔にならないよう、この命を消してしまおう。
そう考えた私は、あの思い出の場所、勿忘草の花畑に向かった。天気はあの頃とは真逆の曇天で、冷たい雨は私をつんざいた。
「……ルナ、愛してるよ」
ルナのように、私も愛されたかった。たったそれだけだったのに、一体どうしてこんな結末を迎えてしまったのだろうか。
その答えは誰にも知られず、勿忘草と小雨に溶けていった。
「反溺愛」の意味が分からず調べたのですが、どうやらネット小説に出てきただけの単語みたいですね。その小説の内容を考えると、意味は「溺愛に反対する」になりそうなのですが……。ここはあえて「溺愛の反対で、全く愛されない」という、違う捉え方をしてみました。造語というのはこうやって広まるものですよね。
ルナちゃんが金髪青目なのは完全に私の好みです。金髪ロングで碧眼の女の子が性格悪くなったり、主人公にとっての悪役になるのが癖なんですよ……。なお、こんな癖に刺さるキャラは今のところ三人ほどしか見当たっておりません。