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禁忌
なんかクロアに惚れたモブの画家の話
なんとなく書いた
雑
ある日、私は目を奪われた。ある美しい神に。
いわゆる私は国々を転々とする(これはこれでめずらしいが)世間一般でいう『画家』という真柄に当たる。その画家人生の中で、雷に打たれたような、強い衝撃を受けた。
「ブーゲンハープ」という北の国での話だ。そこは初めて旅した国の一つで、当時の私は外の国に対してひどく焦がれていた。俗にいうエキゾチシズムというものだ。
様々な国が書き記された書物、芸術の数々、その中でとりわけ目を引くのがこの国であった。何よりも城にひかれ、ぜひとも見に行きたい、この手で紙に収めたいと思ったのだ。
身支度を終え、たどり着いた国では、様々な芸術、街並みに圧倒された。国すべてが一つの芸術のようだった。私が心奪われたのはいうまでもない。
そう、あの時だった。
様々な街並みを眺め歩いていると、何かと大勢集まっている。何か何かと覗くと。どうやらお偉いさまの話をしているようだった。柵の中を通る豪奢な馬車は、いわばパレードのようで。
なんだとその場を離れようとしたとき、一点に目が釘づけになった。
美しい。何よりも美しい。国では珍しい、流れるような黒髪に、白い肌と、空色の目。歓声の中愛想よく笑いながら手を振る彼女を、この国の王女だと知るまでに時間はかからなかった。
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彼女にもう一度会いたい。私は住民に聞き込みをした。どうやらあの王女の名はクロア(様)というらしく、かなり国民との交流に積極的な方で、よく街に現れては、何かと暇をつぶすような、面白げのある情報を聞いた。
一度でいい、一度でいいから、彼女の姿を。
それから滞在期間を延ばし、毎日街へ出かけた。一目で画家とわかるような荷物や、身振りもしてみた。だが一向に彼女は見かけない。それからしばらくして、あきらめようかと思った刹那。ゆりかごのような声が響く。
目深にかわいらしいポンチョのフードをかぶり、黒髪と空色の目がのぞく。間違いない。彼女だ。
手が震えた。神を前にしているようなものだ。恐怖で口がわななく。あんなにも焦がれていた存在が、今私の目の前に。
「きれいな絵ね」
美しい微笑はあのモナ・リザのように不思議な美しさをまとい、整った顔立ちはまだあどけなさがのこっていた。彼女は続ける。
「ねぇ、少しでいいから、絵を描いてくれない?」
おもねるようなまなざしで、いいえとは言えない、否定はできない。答えは、「よろこんで」断るわけがないだろう?
それからまた美しい微笑を浮かべ、私の前にそっと腰を下ろす。
神が私の目の前にいる。何よりも美しい女神が。
私の心は喜びに打ち震えた。支度を終え、それから筆をとろうと手を伸ばした時、おもむろに彼女が指を通してくる。さらりとした、しなやかな指。整った爪。甘く甘美な香り。
「本物を知らないでどんな偽物を作るの?」
しなやかなしろい指先からはしれないような、強いものが扱う弱い力を感じた。同時にたとえようのない強い高揚感を私に植え付けた。
長い首を伸ばして、私の老いた手を導いて、彼女は自身の豊かな黒髪に触れさせ、美しい首筋を通る。
触れてしまった。《《神に触れてしまった。》》
--- きっと私はしらない。 ---
今、顔をあげてしまうことはならない。私は禁忌を犯した。もし、顔をあげてしまえば、見透かすような空色に貫かれ、それが何であったかも知らぬまま、ただ死ぬのだと。