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デートゥ
# 水族館の約束
次の朝、ゆうせいは星太郎の腕の中で目を覚ました。薄明かりがカーテンの隙間から差し込み、星太郎の寝顔を優しく照らしていた。普段は鋭い印象の彼が、寝ている間だけはどこか幼さを残している。ゆうせいは息を殺し、その顔をじっと見つめた。
「……ずっと見てると恥ずかしいぞ」
突然、星太郎が目を開けた。まだ眠そうな声で、口元に笑みを浮かべている。
「び、びっくりした……起きてたの?」
「お前がじろじろ見てるからな」星太郎は伸びをしながら、ゆうせいをぎゅっと抱きしめた。「朝からストーカーか?」
「違うよ!」ゆうせいは顔を赤らめ、星太郎の胸に顔を埋めた。「ただ……星太郎の寝顔、珍しいから」
「ふーん」星太郎はゆうせいの髪をくしゃくしゃと撫でながら、「それで?かわいいか?」
「……うるさいな」
二人はしばらく布団の中で戯れ合い、ようやく起き上がったのは星太郎のスマートフォンのアラームが鳴ってからだった。
「まずい、そろそろ行かなきゃ」ゆうせいは慌てて布団から抜け出そうとしたが、星太郎に腕を引っ張られてまた倒れ込んだ。
「急ぐなよ。約束しただろ、送っていくって」
「でも星太郎だってバイトがあるんでしょ?昨日言ってた」
「ああ、午後からだ。それまでに十分間に合う」
星太郎はゆうせいを引き寄せ、軽くキスをした。「まずは朝ごはんだ。チャーハンのリベンジだ」
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キッチンでは、前夜とは違って星太郎が主導権を握っていた。ゆうせいはテーブルに座り、彼が卵を割り、野菜を刻む手つきを見つめていた。高校時代から一人暮らしをしている星太郎は、料理にも慣れているようだ。
「お前、料理できるの?」ゆうせいが尋ねた。
「まあな。生きていくのに必要だからな」星太郎はフライパンを揺らしながら答えた。「でも、ゆうせいはどうだ?一人暮らし始めたばかりだろ?」
「うん……まだインスタントばかりだ」ゆうせいは少し恥ずかしそうに俯いた。「星太郎みたいに上手くできない」
「教えてやるよ」星太郎が振り返り、ウィンクした。「デートのついでに、な」
その言葉に、ゆうせいの胸がまた温かくなった。デート──まだ少し現実味に欠ける響きだったが、星太郎が何度も口にすることで、次第に実感として迫ってくる。
朝食を終え、身支度を整えると、星太郎は本当にゆうせいを大学まで送っていくと言い張った。最初は遠慮していたゆうせいも、星太郎の頑なな態度に折れ、彼のバイクの後部座席に跨がることになった。
「しっかり掴まれよ。落ちたら知らないからな」
星太郎がヘルメットを手渡す時、その指がゆうせいの頬に触れた。一瞬、二人の視線が絡み合い、朝のキッチンと同じ温かい空気が流れた。
バイクは東京の朝の喧騒を縫うように走り抜けた。ゆうせいは星太郎の背中にしっかりとしがみつき、その体温と鼓動を感じながら、これが今の現実なのだと改めて思った。一週間前には想像もできなかった光景が。
大学の正門前でバイクを止めると、星太郎はゆうせいのヘルメットを外す手伝いをした。
「ほら、約束通り送り届けたぞ」
「ありがとう」ゆうせいは地面に足を着き、少し躊躇してから言った。「星太郎も、バイト気をつけてね」
「おう」星太郎はゆうせいの頭を軽く叩いた。「授業終わったら連絡くれ。迎えに来るから」
「え?でも……」
「いいから。デートの下見も兼ねてな。水族館までの道順、確認しとく」
そう言われると、ゆうせいには反論の余地がなかった。彼はうなずき、大学の門に向かって歩き出した。振り返ると、星太郎がまだバイクに跨がったまま、手を挙げているのが見えた。
その姿を見送りながら、ゆうせいはふと気づいた。星太郎との関係が変わってから、彼の笑顔を見る機会が格段に増えたことに。普段はクールで近寄り難い先輩という印象が強いが、二人きりになるとこんなにも表情が柔らかくなるのだ。
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一日の授業は、いつもより長く感じられた。教授の話が頭に入ってこない。代わりに頭をよぎるのは、星太郎の笑顔、彼の手の温もり、そして週末の水族館デートのことであった。
昼休み、友人たちと食堂で食事をしていると、同じ学科の彩夏が近づいてきた。
「ゆうせいくん、最近なんだか様子が違うね」
「え?そうかな」
「うん。なんか……にやにやしてるというか」彩夏はいたずらっぽく笑った。「もしかして、恋でもした?」
「ち、違うよ!」ゆうせいは慌てて否定したが、頬が熱くなるのを感じた。
「あらあら、その反応がすでに怪しいよ」彩夏はさらに近づき、声を潜めて言った。「先週、星太郎先輩と一緒に帰ってるの見たよ。何かあった?」
ゆうせいは息を飲んだ。彼と星太郎の関係はまだ誰にも話していなかった。学内で知られると、何かと面倒なことになりそうな気がしていたからだ。
「別に……ただ、同じマンションに住んでるから、たまに一緒に帰るだけだよ」
「へえ~」彩夏は疑わしそうな目をしたが、それ以上は追求しなかった。「まあ、いいけど。でもゆうせいくん、幸せそうだよ。その調子で」
友人が去った後、ゆうせいはスマートフォンを取り出し、星太郎とのメッセージの履歴を見つめた。最後のメッセージは朝のものだった。
「授業、退屈で死にそう」
すぐに既読が付き、返信が来た。
「頑張れ。あと数時間だ。その後は美味いもの食わせるから」
その言葉に、ゆうせいは思わず笑みを漏らした。確かに彩夏の言う通り、彼は最近笑うことが多くなっていた。星太郎との関係が、彼を少しずつ変えていたのだ。
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午後の授業が終わり、ゆうせいが正門に向かうと、すでに星太郎のバイクが待っていた。彼はヘルメットをかぶったまま、スマートフォンをいじっている。
「遅いな。もう少しで迎えに行くところだったぞ」
「ごめん、教授に呼び止められて」
星太郎はゆうメートを渡し、エンジンをかけた。「さて、どこに行くか。腹減っただろ?」
「うん。でも星太郎、バイト大丈夫なの?午後からって言ってたけど」
「ああ、今日は休みにした」星太郎が平然と言った。「お前とのデートの計画を立てるのに、時間が必要だと思ってな」
ゆうせいは息をのんだ。「え?でも……」
「心配するな。ちゃんと店には連絡入れてある」星太郎が振り返り、ヘルメットのバイザー越しにウィンクした。「今日はゆうせいのための日だ。文句は聞かない」
その言葉に、ゆうせいは胸がいっぱいになった。星太郎は見かけによらず、こうした気遣いができる人なのだ。彼のためにバイトを休み、一日を費やすというその事実が、ゆうせいにとっては何よりも嬉しい贈り物だった。
二人は小さな喫茶店に入った。窓際の席に座り、メニューを眺めていると、星太郎が突然言った。
「で、水族館だが、調べてみた。週末は混みそうだから、早めに行くのが良さそうだ」
「え?もう調べたの?」
「ああ。デートなんだから、ちゃんと準備しとかないとな」星太郎はスマートフォンを取り出し、画面をゆうせいに向けた。「この水族館、イルカのショーもあるし、新しいペンギンエリアもオープンしたらしい。お前、ペンギン好きだろ?」
「なんでわかったの?」ゆうせいは驚いて目を見開いた。
「SNSでたまにペンギンの動画シェアしてるだろ」星太郎は少し照れくさそうに言った。「気づいてたんだよ」
ゆうせいは言葉を失った。彼のそんな細やかな気遣いに、またしても胸が熱くなった。星太郎は彼のことを、彼が思っている以上に注意深く観察していたのだ。
注文したコーヒーが運ばれてくる間、二人は週末の計画を話し合った。水族館の後は近くの海辺を散歩し、夕食は海鮮料理が食べられる小さなレストランを予約しておくという。
「完璧すぎるじゃないか」ゆうせいは感心して言った。「星太郎、デート慣れてるの?」
「は?」星太郎は眉をひそめ、「お前、何言ってるんだ。初めてだよ、こんなに計画立ててデートするの」
「でも……すごくしっかりしてる」
「そりゃあな」星太郎はコーヒーカップを手に取り、ゆうせいを真っ直ぐ見つめた。「お前との初めてのデートだ。適当に済ませられるか」
その真剣な眼差しに、ゆうせいは息を詰まらせた。彼はうなずくことしかできなかった。
喫茶店を出ると、すでに日は傾き始めていた。オレンジ色の夕陽が街を染め、二人の影を長く伸ばしていた。
「送るよ」星太郎がまたバイクに跨がりながら言った。
「でもマンションまで近いし、歩いて帰るよ。星太郎も早く帰った方がいいんじゃない?」
「うるさいな。お前を家まで送るのが俺の役目だ」星太郎は頑なに言い張った。「さあ、乗れ」
またしても星太郎の意志の前に屈するしかなかったゆうせいは、仕方なく後部座席に跨がった。しかし内心では、このような押しの強さも、今では愛おしく感じられていた。
マンションまでの短い道のりを、バイクはゆっくりと走った。まるで時間を引き延ばしたいかのように。エンジン音が夕暮れの街に響き、星太郎の背中の温もりがゆうせいの胸に染み込んでいく。
部屋の前で別れる時、星太郎がゆうせいの手を握った。
「あと二日だな」
「え?」
「デートまで」星太郎の口元が緩んだ。「楽しみにしてるよ、ゆうせい」
「……私も」ゆうせいは俯きながら、小さな声で答えた。
星太郎はゆうせいの顎を優しく持ち上げ、軽いキスをした。「じゃあな。夜、連絡する」
そう言って星太郎は階段を下りていった。ゆうせいはドアの前でしばらく立ち尽くし、彼の姿が見えなくなるまで見送っていた。
部屋に入り、ドアを閉めると、ようやく一日の出来事が実感として押し寄せてきた。星太郎との会話、彼の笑顔、そして週末への期待。すべてが鮮やかで、少し怖いほどに現実的だった。
スマートフォンが振動した。星太郎からのメッセージだった。
「無事に着いた。今日は楽しかった。また明日な」
ゆうせいはそのメッセージを何度も読み返し、胸に抱きしめた。彼はベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
すべてが急展開で、まだ時折不安になることもあった。しかし星太郎がそばにいてくれる限り、この関係はきっとうまくいく。ゆうせいはそう信じたいと思った。
週末の水族館デートへの期待が、彼の心を温かく満たしていく。初めての正式なデート。どんな一日になるのだろう。星太郎と手を繋いで泳ぐ魚たちを見るのが、今から待ち遠しかった。
窓の外では完全に夜が訪れ、神戸のネオンが輝き始めていた。ゆうせいはスマートフォンを胸に抱えたまま、ゆっくりと目を閉じた。明日も、星太郎に会える。それだけで今日という日は完璧だった。