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シンデル彼女。
ぼくの彼女は、死んでいる。
ぼくには見えない何かが見える。そういう超能力があるかもしれない。みんなにそのことを話すと、「すげえ!」「何かいるの?」「もしかして、幽霊?」「本当に見えるの?」とやら何やら、称えるような声が聞こえる。別にぼくは、そんな声を聴くために話したのではなかった。ぼくは、とてもはっきりと見える。クラスの人には見えない、クラスにはいない女の子が、はっきりと。
--- < ねぇねぇ? 私のこと、見えるんでしょ? > ---
「う、うん。そうだけど」
「ねぇねぇ、誰と話してんの? ハハハ―!」
女の子に話しかけられたから返事しただけなのに、クラスで一番のやんちゃな|雄仁《ゆうじ》に聞かれて、からかわれた。この二人が組み合わさると、とっても嫌な気分になる。
「……何でもないよ!」
「ふーん」
ぼくは、この居心地の悪いクラスから離れることにした。
今は昼休み。休み時間の中でも最も長い休みだ。
ぼくは、屋上を目指して廊下を走りだす。あの女の子から逃げるように走るも、あの子は幽霊だから、あっという間に追いつかれてしまう。
屋上のドアの前についた。さすがに休憩なしで全速力で階段を上るのはつらい。息がとても乱れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
--- < へぇ。もう息切れ? 私はまだまだ走れるけどね~。あははっ > ---
息が十分に吸えないまま、屋上の扉を開ける。
そして、眺めの良い場所に座り込む。
ここまでこれば、この女の子と存分に話せるだろう。
「……あのさ! きみ、死んでるんだよね?」
--- < うん。ちょうどここで、ね? > ---
「え?ここで、死んだの?」
--- < ……そう > ---
ぼくは本で読んだことがある。この世に何か思い残したものがあると、幽霊としてこの世に宿る、って。じゃあ、この女の子は、何か思い残したものがあるんじゃ……⁉
--- < あのさ。……話してもいいのかな? わたし、本当だったら、6年3組のクラスメイトだったの。今。だけどね、わたし、なかなか馴染めなくって > ---
「それって、ぼくのクラスの隣の組の転校生だったってこと?」
--- < そうだね。2組だったっけ? いいなぁ。なんか、馴染みやすそうなクラスで。だからね、馴染めなかったわたしは、屋上へ行けることを知って、飛び降りてみたんだ。わたしが死んだら、さすがにクラスメイトも悲しがるんじゃないかなって > ---
「え、それって……。普通は、みんな、悲しむんじゃないの? 人が、一人、死んじゃったんだから、さ」
--- < そう、わたしもそう思ったの。でもね、あいつらは、クラスメイト達は誰も涙一粒見せずに泣いてくれなくて、悲しんでくれなくて。それに、『死んだ!』『死んだ!』『アハハハハッ!』って、喜ぶの。おかしいと思わない? ……私は、誰かに想ってほしかった。誰かに、優しくされたかった。両親だって、海外へ出張とか言って、葬式も、顔見せてくれなかったし > ---
なんてひどい親だ。子供が死んだのにもかかわらず、出張で葬式に行かない? ……でも、その出張先で、少しでも、子供を想う気持ちがあったのなら。
「それは、悲しかったね」
--- < ……うん。でも、この学校を|彷徨《さまよ》ってるときに、優しそうな子が目に入ったの。それが、君、|仲城《なかじょう》君だよ > ---
「え、ぼく!?」
--- < そうっ! ちょっとちょっかいかけてみるとね、いい感じに反応してくれて、それに、わたしのことが見えるんだもん。これは、運命だよ! > ---
運命、か。
--- < ……あのね、仲城君。だから、わたし、ずっと言いたいことがあるの。今、言いたいの > ---
……なんだろう?
--- < 出会った時から、君のことが好きでした! わたしとっ、つつっ、付っ ---
--- 付き合ってください!!! ---
「~~~~っ!?!?」
え? え? なに? こ、こくはく???
「ぼ、ぼぼぼぼぼ、ぼくでよかったら、よ、よろしく、お、おね、お願いしま……す」
--- < ……! やった! 嬉しい! ありがとう……! これからも、よろしくお願いします! > ---
そういう彼女の顔は、とってもきれいで可愛くて、向日葵のようにあかるくて、でもどこか儚げな笑顔を浮かべていた。
ぼくは、彼女の手を取ろうとする。が、透けて、僕らの手が行き違う。
僕らは目を合わせる。
--- ――彼女の名は、向日葵だった―― ---
---
ぼくは、大学生になった。今までに、彼女ができたことはない。なぜなら、僕には、見えない彼女がいるから。
「向日葵……」
ぼくは、未だにあの時のことを忘れられなかったけど、なぜか、顔だけがイマイチはっきりと浮かばない。
ぼくは、どこかで聞いたことがある。死んでしまった人は、大事な人に忘れられてしまった時こそ、本当の死だ、と。そんなような言葉が、僕の脳内に鳴り響く。
まだ、ぼくは忘れていない。
あの彼女の笑った顔を。
でも、いずれぼくはあの笑顔を忘れてしまう。
そして今、忘れかけている。
もしも忘れてしまったのなら。
そのときは、そのときは、僕と君で、幸せに暮らそう。
---
ぼくも彼女も、死んでいる。
あとがきです。
時間を、ください。
あまりにも時間がないもので……。