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    嫌いな彼と
    
    
    
     その日の夕方、久我はいつもより少し疲れていた。
 仕事のストレスも重なり、心の中にある影が大きく揺れ動いていた。
 ふとしたことで、悠馬が冗談交じりに腕に触れた。
 その軽いスキンシップに、久我の体が固まった。
 手が震え、目を逸らす。
「……どうした?」
 悠馬が心配そうに覗き込む。
「……なんでもない」
 久我はそう言ったが、その声には微かな震えが混じっていた。
 夜になり、二人で過ごす静かな時間。
 悠馬がそっと近づき、肩を抱いた瞬間。
 急に久我の胸の中に、昔の記憶が押し寄せた。
 父の怒鳴り声。
 突然の暴力。
 暗い部屋で震えながら耐えた幼い日の自分。
 涙が溢れ、抑えていた感情が一気にあふれ出した。
「……怖いんだ。まだ、怖いんだよ」
 久我は震える声でそう告げ、悠馬にしがみついた。
 悠馬はただ黙って抱き締めた。
 言葉は必要なかった。
 その腕の温もりが、久我の心の痛みを少しだけ和らげた。
 その夜、ふたりは静かに寄り添いながら、少しずつ壊れかけた心を繋ぎ直していった。