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備え有れば患い無し
戦争も内乱もサイバーテロも
感染症も異常気象も
全て予想通り
そしてそれらは
備えてきた僕らにとっては
ある意味
理想的といえるようなタイミングで
同時多発した
何度もシミュレーションを重ねた
僕らの備えも
順調に機能し始めている
備え有れば患い無し
とは言うけれど
起きてしまった事柄は
あまりにも辛く、悲しい
それらは僕らの地方では
冬の猛吹雪の日に本格化した
そして猛吹雪は何日も続いた
世界には大国と呼ばれる国が
いくつかあるが
そのひとつスターオーアイが
同盟国であるはずの小さな国に
核ミサイルで攻撃をはじめた
スターオーアイは
大手IT企業をいくつも擁し
個人、企業、行政問わず
世界中の多くの情報を集めていた
情報の保護を謳ってはいるが
自国の利益のためなら
その不正利用は黙認され
政府までもが
その不当な利用に手を染めている
そもそも情報の不正利用の
確認は困難で
不正・不当の定義もあいまいだ
自分の利益こそ正義との
考えを持つ者も少なくない
個人や団体の
ネットの検索・閲覧履歴や
公開・非公開を問わず作成したコンテンツは
スターオーアイ政府の舞台裏で
AIや必要に応じ人手で解析される
そして個人や企業、そして国までもが
スターオーアイにとって利益をもたらすか
それとも不利益となるかで分別されている
それぞれの興味や考え方にあわせて
自国に有利なフェイクニュースを見せたり
自国の利益に害となる意見を持つ者が
ネット上で炎上するように誘導したり
そしてついには
スマホの位置情報で行動パターンを把握し
事故に見せかけた暗殺までも始めた
情報だけではなく
食料の生産や流通も
他の国々を自国の
思うままにしようとしていた
そんなスターオーアイに
反対する動きも強くなり
世界の各地で
スターオーアイに関連する製品や
情報サービスの使用を控える運動が
自然発生した
スターオーアイは他の国々に
自国の製品を積極的に買うように
働きかけるが
自然発生した不買運動は
政府にはどうすることもできない
スターオーアイは
関税とは逆に
スターアイ製品の販売者には
補助金を出すようにとまで
各国に迫ってきた
断れば核ミサイルを撃ち込むと
核抑止という言葉もあったが
それは過去の話で
核を持つ国は
それを背景に不当な要求を
他の国々に押し付けるようになっていた
スターオーアイは民主主義だったが
生活を人質にとられた国民達は
自国が生き延びるためなら
他国が犠牲になるのは止む無し
との世論を植え付けられていた
その結果
自国の利益のためなら
戦争をも厭わない
権力者を生んだ
そして核を持つ国にたてつくと
このようになるのだと
見せしめの戦争が始まった
世界での戦火はこれだけではない
領土を広げようと国々による
戦争も起きている
以前から繰り返している
宗教間や民族間の争いも
収まる気配はない
内乱も多発している
政治家とお金持ちが癒着し
より沢山のお金と権力を蓄え
他の多くの人々は貧困に陥った
そんなことを続けた国では
分断が生じ、内乱がはじまった
人々の生活よりも
自分の権力への執着を優先する者と
それに反対する者たちとの間での
内乱もやむことがない
それらの戦争や内乱に関わって
サイバーテロも多発し
通信、金融、運輸の大混乱も
世界中で多発している
致死率の高い感染症の
蔓延も始まっていた
それは発生した地域に止まらず
渡航者による感染拡大が
世界各地で生じている
そして感染拡大阻止よりも
経済を優先する国々では
多くの犠牲者が出ている
世界があっという間に滅んでしまうような
大国間の大規模な核戦争にはなっていないが
様々なことが同時多発したことにより
世界中で流通も通信も途絶え
多くの人々が
食料やエネルギーの供給さえ
受けられない状態となった
これらの大きな流れは
僕達の努力では
どうにも止めることはできなかった
もっと早くに対処していれば
止められたのだろうか
どこまで遡れば
止められたのだろうか
話は一旦 何年も前に遡る
不登校となってしまった僕は
この町の義務教育学校に転校してきた
山村留学とでもいうのだろうか
親との折り合いも悪く
たった一人でやってきた
首都のヒトダラトから
遠く離れた州へ飛行機で
その州都からさらに鉄道で
街並みや平原を走り抜け
大きな山地に分け入る
特急といっても
なんかのんびりしている
速度もさほど早くなく
すれ違い待ちの停車も多い
いくつものトンネルを抜け
辺りに民家の気配もない信号所が
何か所もある
北上しているからなのか
標高が高くなっているからなのか
黄色や赤のにぎやかな紅葉の景色は
しだいに落葉した木と
針葉樹との混合となってくる
鉄橋を渡るときに見えた
気候区分をもわける山の稜線は
雪化粧している
山が深くなると
車窓は急な斜面や深い谷間ばかり
どのくらい時間が経ったのか
ウトウトして目が覚めると
傾斜はゆるやかな所が多くなり
狭いながら平地も見え始めた
険しい山地は越えたようだ
心は暖かいような
寂しいような
複雑な気持ちになっていた
どうやら夢を見ていたようだ
夢の中では
とっても立派な樹があって
その幹にそっと掌をあてていた
ミチが隣にいて
同じことをしている
いや
僕がミチの真似をしたのだったかな
懐かしい思い出
ミチはとてもやさしい女の子
底抜けに優しいといってもいい
自分の命を奪ったものにさえ
憎しみを向けようともしなかった
険しい山地を越えたとはいえ
流れる景色のほとんどは森
ちょっと農地
民家はほんの少し
州都からだいぶ走った
この先に街なんてあるのだろか
そんなことを考えていたら
突然に意外と立派な街もあって
ちょっと驚く
でもそこは目的地ではない
特急から降り
別の列車に乗り換える
いや1両だけで
列をなしていないので
列車といってよいのだろうか
どうやら僕が寝ている間に
特急は野生動物と衝突したようで
だいぶ遅れての到着となっていた
予定の乗り継ぎ列車は
既に出発していて
次の列車まで
ボォーと時間を過ごす
なにもしない待ち時間を
あまり苦痛に感じないのは
僕の特技なのかもしれない
乗り継ぎ列車が
出発するころには
いつの間にか日は落ち
乗換駅の街並みを過ぎると
車窓には灯りが途絶える
暗闇の中をゴトゴト走る
各駅停車なので
また、ある駅に止まる
ホームに人をみかけたのは
なんか久しぶりだ
目的の駅は次の次
列車が動き出した時
車内に僕を呼ぶご婦人の声
|「《Sg》トリディボウ君、トリディボウ君」
座席の背もたれ越しに振り返ると
体格のよい黒縁眼鏡のご婦人と
女の子の2人
さっきの駅で後ろの扉から乗った人達だ
僕は反射的に背もたれに隠れるように
また前を向く
ご婦人は笑顔を振りまきながら
僕の名前を呼んでいた
あまり大きな声ではないが
ちょっと恥ずかしい
でも他の乗客はほとんどいない
|「《Sg》失礼ですが
トリディボウ君でございますでしょうか」
|「《tD》は、はい、そうですが」
|「《Sg》わ た く し
ロプカチョ義務教育学校の教師で
サ ギ ブ と申しますですのよ
トリディボウ君
ようこそロプカチョへ
そして はじめまして
ここで会えてよかったですのよ
本当に
急なのですが
林間学校でいつも使っている所で
トリディボウ君の歓迎会を
することになったのですのよ
ロプカチョで降りる予定は変更
早速ですが
次のロプタンで降りて
みなさんと合流いたしますですのよ」
|「《tD》は、はい
はじめまして
…
わかりました」
サギブが
クロスシートの向かいに座ると
足元がとても狭く
僕は足の角度を変える
その狭さをものともせず
サギブと一緒に来た女の子は
僕とサギブとの足の間をかき分け
僕と窓との間の狭いスペースに
ぎゅっと収まって座った
かと思ったら
すぐに両足をこすりあわせて
靴を脱ぎ捨てると
座面にひょいと立ち上がり
僕にもたれかかる
|「《sc》うち サチっていうねん
4年生
お兄ちゃんトリディボウっていうんや
ト デ ボ やな」
|「《tD》ああ
トデボさ
8年生なんだ」
と応えたが
トテボと呼ばれるのは
初めてではなかったので
ちょっとドキッとした
|「《Sg》あらあら
列車の椅子に上がるのは
そろそろ
おやめになるお年頃でなくって」
サギブが割り込む
|「《sc》ええんや
お兄ちゃんがおるから
な、ト デ ボ」
返答に困っていると
サチが続ける
|「《sc》トデボは
ヒトダラトからきたんやろ」
|「《tD》そうだけど」
|「《sc》こわかったやろ」
|「《tD》…
確かに…
車…
とか多くて…」
|「《sc》そんなんやのおて
ビルとアスファルトばかりで
畑もない
なんちゃらレロ
じゃなくてテロか
なんかで
物の流れが止まったら
蓄えなんですぐ終了
食べるものもなくなって
みんなお陀仏や
それに比べたら
ロプカチョはええで
毎年、毎年
町の人たちがたらふく食べられるだけ
獲れる畑がある
歩いて行ける範囲で
必要なものが全部できる
とはいえ
まだ りょうさん やらな あかんこと もある
やから、次の選挙
インオサに入れてぇな
うちのおじいちゃんなんやで」
|「《tD》え、あ …
でも僕… まだ選挙権ないよ」
|「《sc》そっかぁ
お兄ちゃんでもまだダメなんや
しゃあない
ほな、選挙運動手伝ってぇな」
|「《tD》え、あ …
そうなの … 」
|「《Sg》さぁ、さぁ、
そろそろ降りる準備を
いたしますのですのよ」
サギブの促しで
サチの話は中断
列車が止まったのは
1線1面の小さな駅
バス停のような小さな待合室と
街灯がひとつだけ
僕は登山用の大きなザックを背負い
降り立った
|「《sc》トテボ
でっかい荷物やなぁ」
|「《tD》これで引っ越しの荷物全部だから
少ない方だと思うよ」
|「《sc》そっか
でも、おんぶしてもらうわけにはいかんな」
そう言ってサチは
僕の手を握る
|「《Sg》あらあら
サチさんたら
もうトリディボウ君に
なついちゃったのですのね
トリディボウ君は
よい人ですのね
サチさんには
人を見る目があるのですのよ
それでは
まいりますですのよ」
サギブは歩き始めようとするが
駅の街灯を離れた先は真っ暗闇
その日は快晴だが
月明りのない新月の夜
|「《sc》もう暗ぉーなっしもうたな」
|「《Sg》大丈夫ですのよ
備えあれば患いなしですのよ」
|「《sc》うちも準備しとったけどな」
いつの間にか2人はニット帽の上に
コンパクトなヘッドランプを装着していた
|「《sc》スイッチONや
ほな行くで」
しばらくは
車も通れそうな砂利道を歩いたが
近道をするとのことで
細い道に入る
2人のランプの光の中だけ
木々が見えているが
暗闇の中
森が無限に続いているような感覚になる
登山道という程ではないが
遊歩道というにしてはちょっと険しい
木の根や岩で段差もある
なるほど、2人とも荷物が
バックパックなのは
こんな道を歩くからなのだ
手を離した方が歩きやすそうだが
サチがあまりにもしっかり手を握るので
離すタイミングも逸し
繋いだまま歩き続ける
しだいに登りがきつくなってくる
サギブはかなり体重がありそうだが
身軽に坂を登っている
段差があってもヒラリと越える
なにか運動や訓練をしているのだろうか
…
しまった!
まさか…
僕は心の中で叫んだ
特急の遅れでロプカチョへの
到着も遅れることを
義務教育学校の寮に連絡するのを
忘れていた
なので
僕があの列車に乗っていたことは
学校は知らないはずだ
この2人はなにもの!?
まさかスターオーアイからの
刺客
ミチ一家の事故の真実を
僕が知っていると
スターオーアイが把握したのだろうか
それにしては子供も一緒
いや、スターオーアイは
自国の利益のためなら
どんなことでもする
僕を油断させるためか
とはいえ
この2人
刺客とは思いたくない
スターオーアイに対抗する国の
情報収集と僕を保護するための
スパイなのかもしれない
…
僕の頭の中は混乱する
その時ヘッドランプの光のなか
小さく平たい塊が
こちらに向かって飛んでくる
|「《tD,sc,Sg》あ!」
その小さな塊は
僕のすぐ横の樹の
僕の視線の高さに
へばりつく
|「《Sg》直接強いランプの光を
あててはだめですのよ
そっと照らしてみるのですのよ」
サギブが囁く
サチは頷くとライトを消す
サギブがランプの角度を調節して
よい具合にほんのりと照らす
ネズミ?
それとも
リス?
それにしても目が大きくまんまる
|「《sc》モモンガや」
サチは小声ながら嬉しそうに興奮している
|「《Sg》こんなに人の近くに
自分から来るなんて
珍しいですのよ」
これは可愛い動物にお会いできた
野生動物がこんなに近くに来てくれるなんて
僕もミチに似てきたのかな
ミチのことばかり考えているから
それは
ミチと公園を歩いた時の思い出
スズメやカラスが
ミチが近づいても
不思議と逃げようとしなかった
モモンガは
僕のすぐ横でじっとしていたが
しばらくすると
ゆっくりと樹をよじ登っていった
上を見ると
落葉した枝々と星々が
囁き合っているよう
|「《Sg》星が綺麗ですのよ
ちょっとライトを消してみますですのよ」
ライトを消し
目が慣れてくると
星明かりも結構明るい
天の川も鮮明に見えてくる
こんな綺麗な星空を見るのは久しぶり
無意識に僕は
サチとつないでいない方の手の
手袋を
顎と頚で挟んで外す
そして
そっと
モモンガの登っていった樹の
幹に掌をあてる
立派な樹だ
サチも繋いでいた手を離すと
そっと手袋を外してくれる
僕は樹の方へ向き直り
両方の掌で幹を感じる
ミチに会いたいな
その時、幹から掌を通って
なにか意識のようなものが
身体に入ってきた
え、ミチ、そこにいるの!
夜空から森の中に目を移す
ライトは消したままのはずなのに
なぜかほんのりと明るい
その明かりの中に
僕と同じ年くらいの
女子と男子の二人
二人の身体は
カラフルな色彩で覆われていて
その模様は少しずつ変化している
突拍子もない出来事のはずだが
なぜか心は落ち着いている
幹から掌を離すと
樹液がついたのか
すこしべたついたが
それも心地よい
|「《tD》ミチなの?」
思考はおだやかに止まったままだったが
口は動いた
|「《Tn》いいえ
私は ツ ナ グ
ミ チ さんではありません
でもミチさんは存じていますし
ミチさんの想いも受け継いでいます
トデ…
トリディボウさんのことも
ミ…」
|「《kT》よろしくだぜ」
ツナグの言葉を遮るように
男子の方が話し始める
|「《kT》ツナグはおとなしすぎっから
説明などなど全部
俺がすっから
なんでも聞いてな
あ、俺はカタリってんだ」
僕からは
まだ挨拶の言葉も発してなく
なにから質問してよいかも
考えもまとまらないままだが
カタリが矢継ぎ早に続ける
|「《kT》まぁ、とりあえず
トデボは
根っとわーく にも
認められたみてーだから
ちょっと未来まで
つきあってぇーな
すぐ|現代《ここ》に戻ってくっから」
カタリは僕の腕をつかむと
ぐいと前に引っ張った
僕はよろめいて
二、三歩前に進む
一瞬つぶった目を開けると
そこは朝日が差し込む
明るい森の中
そして初冬の様相は一変
落葉樹の枝々にも緑が芽吹き
林床には沢山の花々が咲いている
(つづく)
つづき は 6月3日に投稿の予定です。
予約登校日を設定して、少しずつ書き進めています。
なので、作者になにかあった場合は、未完成の状態で投稿される可能性もあります。