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第5話:小さな命、大きな絆
結婚式から数年、夢の中の時計は無情なほど正確に、そして残酷なほど速く進んでいく。
次に目を開けたとき、私は見慣れたリビングのソファに横たわっていた。
「……う、ん……」
体が重い。お腹のあたりに、確かな重みと鼓動を感じる。
ふっくらと膨らんだ自分のお腹に手を当てると、中からポコ、と力強い蹴り返しがあった。
「あ、起きた? 遥、無理しちゃダメだよ」
キッチンからエプロン姿の湊が駆けてくる。彼は私の隣に膝をつくと、愛おしそうにお腹を撫でた。
「湊……。私たち、パパとママになるんだね」
「そうだよ。信じられないよね。俺がパパなんてさ。でも、遥のことは今まで以上にとことん甘やかすし、この子のことも世界一幸せにするって決めてるから」
湊の瞳は、未来への希望でキラキラと輝いていた。
落ち着いた彼が、子供のように声を弾ませて、ベビーベッドのカタログを広げる。
その姿を見ているだけで胸が熱くなるけれど、同時に私の脳裏には、「三十歳を過ぎた、湊にそっくりな息子」の泣き顔がフラッシュバックした。
(この子が、あの子になるんだ……。そして、この幸せの先に、あの病室が待っているんだ)
「どうしたの? 遥。顔色が悪いよ。……あ、もしかして、のり塩のポテチ食べたくなった? コンビニ行ってこようか?」
湊が冗談めかして私の顔を覗き込む。
「のり塩」という言葉に、一瞬だけ、現実の世界の記憶が火花のように散った。
現実の湊も、今ごろキッチンでポテチを探しているのだろうか。それとも、もうコーラを持って戻ってきているのだろうか。
「……ううん。ただ、湊が大好きだなって思って」
「なんだよ急に。俺もだよ。遥、愛してる」
湊は私の額にそっとキスをした。
その唇の柔らかさが、あまりにリアルで。
夢だなんて信じたくない。これが「十秒間の出来事」だなんて認めたくない。
けれど、窓の外を流れる雲の動きが、少しずつ早くなっていく。
まるで映画を早送りするように、季節が、月日が、私たちの幸せを追い越して駆け抜けていく――。
🔚