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    藤夢 番外編
    
    
    
    抜けるような青さの空だ。
こんな日には、同じ青さのラムネが飲みたくなってしまう。
今回の事件、夢浮橋事件に関わったきっかけも、こんな空の下だったことを思い出す。
太宰と黒外套くんが去って行った後、かなり時間が経ってから藤式部は目覚めた。
異能は自分の意思で解くことができるらしく、目覚めたあと、精神状態が落ち着いてから異能は解除された。
あの子を裁くことは難しい。
自らの中のうちの人格が犯行を教唆し、もう一つの人格がそれを実行した。しかも、実行した人格は次第に疑いを覚えていた。誰がどう頑張っても、正当に裁くことは不可能だろう。すでに教唆した人格は消滅してしまったのだし。
なので、僕たちは藤式部の身柄を異能特務課に引き渡した。
こんな特殊な事例も多数請け負っている機関だ。徹夜してでも頑張ってくれることを祈るしかない。
何より、僕にはそんなことは関係なかった。それよりも僕が気にしていたのは……
「よーさのさん」
「ン?……あァ、乱歩さん」
与謝野さんのことだった。
藤式部の容態を診乍ら不可解な表情をした彼女。
聞いてみれば、大したことはないとはぐらかす。
けれど、藤式部が特務課に引き渡されてから、何となくぼうっとしている回数が増えたようだった。因みに、今日の回数は12回。いつもが一桁なのを考えると多い方だ。
「まだ話してくれないの?」
「何がだい?」
「藤式部さんのこと」
ぴくりと与謝野さんは肩を揺らした。動揺が分かり易い。
でも、最初の頃はこんな動揺すらもできなかった彼女が、こんなふうに感情を見せてくれるようになったことに小さな喜びを感じる。
「後輩たちはくっついたし、もう一組も相棒としてやっていけそうだ。今後には何の問題もないだろう?」
「其れと此れとは話が別なンだよ」
因みにくっついた後輩というのは太宰とマフィアの素敵帽子くん。相棒の一組は敦とマフィアの黒外套くんのことだ。
人の幸福を誰よりも好む彼女のことだ。この二つの出来事は大いに喜ばしいこととして記憶しているのだろう。けれど、それを引き合いに出しても靡かないこととは。
「じゃあ取り敢えず僕の推論を言うけどね、君は、藤式部さんに何かを感じたんだろう? 感じたって言うのは、罪悪感か、もしくは懐古かな。ちがう?」
一先ず、今日までの数日間、考え続けて出した答えをぶつけてみる。
あの時の表情や其れからの表情、行動を読んでの推論だ。おそらく当たっていると思う。
彼女の反応を見るに、当たりらしい。
「乱歩さんには隠せないね」
「だって、僕は名探偵だから!」
「ハハッそりゃ違いない。……つまらない話だよ?」
「別に良いよ。与謝野さんのことを僕が知りたいだけだ」
僕がそう言うと、与謝野さんはくすくすと笑った。
それじゃアまるで口説き文句だよ、と言っている。
(本心なんだけどなァ)
与謝野さんは一向に気づいてくれない。
僕の気持ちはつゆ知らず、与謝野さんはそっと話し出した。
「|妾《あたし》と藤式部……藤原香子は知り合いだったんだ。否──友達だった。
妾が戦争で連れて行かれる前。家の和菓子屋を手伝ってた時だったかな。
彼の人は菓子を届けてた茶室の娘さんでね。妾よりも一寸歳上のお姉さんだった。
……人伝に聞いた話だけど、家があった一帯は、妾が戦争で騒動を起こした頃から寂れてったらしい。何でも、兵士からの手紙で妾のことを知ってた奴がいたみたいでね。まあ後はご想像の通りさ。
香子が裏社会へと引き摺り込まれたのは、話を聞いた年齢的に其れから少し後だ。
若し寂れて行かなければ、香子はそうならなかったかもしれないだろう?
然う考えると、虚しくてねェ……なんて、乱歩さんに言っても仕方ないか」
すまないね、と口にした彼女に、僕は言い返していた。
「仕方なくない」
「、 」
「だって、君。今どんな顔してるか分かってる? 教えてあげよう、泣きそうな顔だよ」
「!」
『虚しくて』然う言った彼女の表情は、今にも崩れそうな積み木のように不安定だった。
何が虚しいのか。
どんなに人を救っても、影に気づくその生がか。
馬鹿馬鹿しい。
だって、君は──
「君は、探偵社に入って、沢山の人を救ってきた。その分幸せになった。影がついて回るのは仕方ない。けど、それを上回るだけの幸せを、手に入れてやろうよ」
そうでしょ、与謝野さん。
自分を見据える僕に驚いたのか、与謝野さんはぱちぱちと目を瞬かせていた。
けれど、数秒後には先刻までの表情が嘘のようにくすりと笑った。
「全く敵わないねェ、乱歩さんには。惚れちまいそうだ」
然う言ってからからと笑う彼女に少々複雑な思いをする。
如何やら、僕の好意には全く気づいていなさそうだ。
後輩に恋愛術を教わる必要があるかもしれない。
(まあでも良いか)
僕は思った。
その顔に、『虚しい』と泣いた14歳の少女の影はもう無い。
その事実に僕は満足しながら青い空を見上げた。
一直線の飛行機雲が、明後日の方向へと伸びて行っていた。
    
        眠り姫です
一応入れました番外編!
今後乱与も出てくるはずなのでその布石としてです!
今度藤式部についてまとめたものを出すかもです
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝を!