公開中
猜疑心
ハイリスクレッド
ショート・ショートストーリー✍ 5
猜疑心
☆
3月の第一土曜日だった。
この日は、夕方から気心知れ仲間達との飲み会だった。
飲み会が終わり僕は、最終電車に乗り帰宅のための最寄駅で下車をした。
時刻は日付が替わり日曜日の午前零時を十五分程過ぎている。
春近しとは言えまだまだ、肌寒かった。
自宅まで歩けば二十分程かかる。
メールか電話すれば同居中の女性が迎えに来るのだろうが、酔いざましがてらに僕は歩く事にした。
結構な人数の乗客が下車したはずだが迎えの車に次々と乗り込み今は僕ひとりだった。
僕はひとり歩き出した。
三十メートル程歩くと民家の灯りも街灯もない暗がりがある。
車道の幅は車が楽に対向でき歩行者専用の歩道もあるが、右に菜園、左に田畑だからなのか灯りがないのだ。
暗がりに差しかかった時、一台の車が歩道上に停められ僕の行く手を阻んでいるのに気が付いた。
チッ、邪魔なヤツやなぁ。
と口の中で毒づきながらその車の脇を通り過ぎようとした。
いきなり車の運転席と後部座席両方のドアが開き、少し遅れて助手席のドアが開いた。
突然の事に僕は驚いて車道まで飛び避けた。
でーじ、ビビったぁ。
辺りの暗闇に溶け込むように黒い上下でパーカーのフードを被り、白い使い捨てのマスクの男達四人が僕を取り囲んだ。
な、何なんだよ。
と思ったが声が出せなかった。
僕の後方に二人がつき、前方に一人、その後ろにもう一人。
前方で男が、ガランと音をさせて左手から右手に鈍い銀色の金属バットを持ち替えて振り上げた。
ブゥン、と唸りを上げて僕の左側頭部めがけて金属バットが振られた。
咄嗟に膝を曲げ屈み込み金属バットを避ける。
折り返しに右脇腹へ金属バットが振られる。
僕は左斜め後ろへ飛んだ。
しかし、足が縺れて着地に失敗して地面に転がり四つん這いになってしまった。
そこへ右後ろにいた男のひとりが掴みかかろうと迫ってきた。
男の上半身が迫った瞬間、僕は右足を突き出した。
右足の踵が男の白いマスクにめり込む。
うごぉ、と呻き男が崩落ちる。
引き戻した右足の膝を立て左膝を地面についたまま身構えた。
左後ろで足音がして振り向く。
左後ろの男が小走り駆け寄ってくる。
と、まるでサッカーボールを蹴るように左足を振ってきた。
だがその様は腰が引け、スピードもなかった。
その蹴りを僕は両腕を顔面の前に縦に揃え受け止めた。
蹴りを完全に受け止められた男はたじろぎ一瞬棒立ちになってしまう。
空かさず僕は左腕を突き出しながら立ち上がる勢いに乗せ腰をう練らせ鳩尾を掌底で突き上げた。
男は、ウゴッと息を詰まれせた後ゲロをマスクの中に吐きマスクがはずれる。
最初にマスク越しに顔面に蹴りをくらった男のマスクは赤黒く染まっていた。
クッソー、と雄叫びを出しながら背後から金属バットがうなってきた。
僅かに気づくのに遅れた。
完全にかわしきれず僕の臀部に、かするように金属バットの先端がヒットした。
その痛みに僕は思わず地面に倒れてしまった。
倒れた僕に金属バットが真上から振り下ろされる。
右へ身体を捻る。
カッコンー、と金属バットが地面にぶつかり金属音が鳴り響く。
再び振りかぶり、振り下ろされる。
また右へ身体を捻り躱す。
また振りかぶり、振り下ろされる。
次は左へ身体を捻り躱す。
はぁ、はぁ、と金属バットを持つ男の息が乱れ始める。
僕は男の乱れた息の間合いを読んだ。
があぁ、と大きく息を吸い込み、男が両手で持った金属バットをさらに大きく振りかぶる。
ブゥン、と金属バットが振り下ろされる。
僕は金属バットを持つ手首を目掛けて左足の足刀を蹴り上げた。
カウンターで金属バットを持つ手首と足刀がぶつかり合う。
金属バットが弾き飛びカラン、コロンと派手に音をたてた。
続けて僕は右足を振り男の股間に爪先を突き立てた。
男は股間を押さえ、フンゴゥ、と唸りながらその場に座り込む。
僕はその場から後退り、ゆっくりと腰を上げ立ち上がった。
少し離れた位置に立っていた四人目の男が、パーカーのポケットに両手を突っ込んだままズリ、ズリと足の裏を地面に擦る様に歩き近づいてくる。
僕はその男を上から下まで観察した。
ふっと靴に目が止まった。
その靴に見覚えがある。と思った。
もう、一度、観察する。
少し猫背気味のシルエットに名前が浮かんだ。
まさか、正雄か?
僕は半信半疑で声を出す。
「正雄か、正雄だろ」
男の足が止まった。
笹木 正雄は僕より年下ではあるが、会社の同僚であり、飲み仲間でもあった。
「何なんだよ、これ」
僕は吐き捨てる様に言った。
男はパーカーのフードに手を掛け後ろへとずらし、マスクをハズし顔を曝す。
僕と正雄は睨み合った。
「何とか言えよ、正雄」
さらに問い詰める。
正雄は顔を歪めると憎々しげに話し始めた。
「俺は、俺は、人見さんが、ミドリちゃんが好きだったんだよ」
人見 ミドリは、僕の会社の同僚で、飲み仲間で、遊び仲間である女性だ。
今夜の飲み会でもワイワイと騒いできたばかりか同じ電車で、つい今まで一緒だった。
「はぁ、知ってるよ」
「じゃ、何でミドリちゃんと一緒に歩いてた」
「何だよ、一緒にくらい歩くだろ友達なんだから」
「友達、それだけじゃないだろ、会社終わりより遅い時間に JR駅じゃない所で見られてる」
「いつの話しよ」
僕は頭を振りながら考えを巡らせた。
「先週の水曜の夜だよ」
先週、水曜って…?
はっと思い出した。
しかし、僕は言葉を出せなかった。
何故、僕とミドリが一緒にいたのか、その理由は正雄には言えない内容だった。
その内容とは、正雄がウザイ、鬱陶しい、ある意味怖いという相談を受けていたのだから。
☆
人見 ミドリと笹木 正雄を引き合わせたのは僕だった。
社員食堂でミドリは同僚の石井 敏恵と昼食をとっていた。
そこへ僕が誘われ加わった。
会話の流れで、今シーズンのスキー場オープンの話題になり、次の土曜日の休日にスノーボードをやりに行こうと話がまとった。
僕は、食後のいっぷくに喫煙場に行くために二人と別れた。
その喫煙場に正雄がやって来た。
何故か、その場でもスキー場オープンが話題になった。
『正雄は、スキーかスノーボードやるの』
『やってみたいっすね』
『じゃ、行かないか次の土曜日の休日に』
『え、マジすっか』
『あぁ、マジだよ、人見さんと石井さんも一緒だけど大丈夫だろ』
『オレ、話しした事ないけど』
『いいよ、気にしないで大丈夫だよ』
そんな軽いのりで初心者の正雄を含めて四人でスキー場へ行くことになった。
当日は僕が車を出し三人を迎えに周りながらスキー場へ向かった。
ミドリを迎えに行く。
ミドリが後部座席に乗り込む。
正雄を迎えに行く。
正雄が助手席に乗り込む。
敏恵を迎えに行く。
敏恵が後部座席に乗り込む。
普段話をしたことのない正雄がいたせいか車内での会話は弾まなかったが、気不味いという感じではなかった。
スキー場に着くとミドリと敏恵はさっそく滑りだした。
僕は、正雄のためにウェアとスノーボードをレンタルし午前中をコーチングに費やした。
午後からは、ミドリと敏恵が交代で正雄にコーチングしてくれ僕は滑りを楽しんだ。
結局、ナイターまで滑り営業時間ラストで帰路についた。
敏恵を送る。
僕とミドリは車外へ出て荷物を降ろす手伝いをし敏恵を見送った。
正雄を送る。
特に荷物が無かったので僕は車内から正雄を見送った。
ミドリは後部座席から車外へ出て正雄を見送った。
見送り姿が見えなくなると、ミドリが助手席に乗り込んできた。
ミドリを送る。
僕は車外へ出てミドリの荷物を降ろしミドリを見送った。
後にわかった事だがスキー場にいた時からミドリの事が気になっていたらしく正雄を送った時にミドリが車外へ出て手を振り見送った事が嬉しくて正雄はミドリを本気で好きになったのだ。
しかし、ミドリ曰く、助手席に乗り換えるついでに車外に出て手を振っただけだったと。
そして休み明けの日から正雄がミドリに接する態度が日に日に積極的になり始めた。
そして一ヶ月と数日が過ぎた日にミドリが僕の所へきた。
☆
毎週水曜日はノー残業デー、ノーカーデーになっていた。
定時終了後に相談があるとミドリから言われていた。
僕とミドリの自宅は同じ沿線だったので、ならば、一緒に帰ろうかとミドリに言ったのだがノーカーデーなので JR駅で正雄と会うとマズイと言われ方向違いのレストランで待ち合わせた。
ミドリが話し始める。
数日前、残業も終わり帰宅のためにミドリが会社を出ると正雄が車で待っていた。
家まで送る。と言われた。
一応、断わったのだが聞き入れてもらえずにしかたなくその日は送ってもらった。
会社からミドリの自宅までは車なら三十分弱である。
しかし、その三十分弱のあいだに二人に会話は無くミドリは一応、礼の言葉だけを言い帰宅した。
二日後、また正雄が車で待っていた。
ミドリは再び断わったが、また聞き入れてもらえず、しかたなく送ってもらった。
正雄は独り言のように喋っていたがミドリには聞き取れず会話は成立しなかった。
そのまた二日後、正雄が車で待っていた。
ミドリは、再三断わったが聞き入れてはもらえず仕方なく正雄の車に乗り込み問いただした。
『何で遠回りなのに送ってくれるの』
正雄の自宅は会社から南に位置する。
ミドリの自宅は会社から西へ位置する。
正雄はその問とは違う事を話し始めた。
『遊びに行きませんか』
突然、何を言いだすのかとミドリは思った。
『そうね、皆んなでワイワイと行くならいいかも』
ミドリが答えた。
『じゃ、ご飯に行きませんか』
『そうね、皆んなでワイワイと行くなら』
『お茶くらいでもダメですか』
『どう言うこと』
しばらく沈黙し運転に集中する正雄。
車がミドリの自宅近くで停車する。
『二人で、遊びに行って、ご飯に行って、お茶したいです』
正雄は一気に喋り出した。
『俺と付き合ってください』
はぁ、とミドリにはクエスチョンマークしか浮かばなかった。
正雄が見つめてくる。
その視線にミドリの背筋に悪寒が走った。
正雄の視線が怖いとミドリは感じた。
『ごめんなさい。私、心に想っているヒト(男性)がいるの』
ミドリはやっとの思いで声を出し、正雄の告白を断わった。
正雄は肩を落とし項垂れた。
『誰、そのヒト(男性)って』
と正雄がブツブツと喋る。
『それは言えないわ』
とミドリが拒む。
また沈黙する正雄。
ミドリは助手席のドアを手早く開け車を降りる。
『送ってくれて、ありがとう、さようなら』
ミドリはドアを閉め、早足で自宅へ向かった。
もし、車が走っている時に告白を断っていたら、と思うと怖すぎる目付きだった。
そこでミドリの話しが一段落する。
わかったよ。と僕はミドリに言った。
ありがとう。とミドリが僕に言った。
二人でレストランを出た。
肩を並べて JR駅へ向かった。
どうやらそれを目撃されていたらしい。
☆
暗がりで向き合う正雄に僕は問いかけた。
「ミドリちゃんと話し、したんだろ」
「したさ、ミドリちゃんの話しはいつもアンタ有りきだった」
「はぁ、どう言う事だよ」
俺は、「遊びに行こう」って言った。
ミドリちゃんは、「アンタに言って皆んなで行こう」って言った。
「ご飯に行こう」って言った。
「アンタに言って美味しい所、探してもらって皆んなで行こう」って言った。
「お茶したい」って言った。
意味不明って顔された。
なんて事だ。と僕はため息が出た。
正雄が言葉を続けた。
「アンタは車の運転が上手いって、雪道でも普通に運転する」って。
「スキーもスノーボードも出来て、気配りも出来て、優しい」って。
「武道やってて強いし格好いい」って。
「どんだけアンタを褒めるんだよ」
正雄は切ない表情で僕を見つめてくる。
まったくミドリも言い過ぎだ。
僕は呆れてしまった。
「武道やってるとこまで見せるなんて、なかなかの仲だよな」
確かにミドリと敏恵は武道道場に見学に来た事がある。
僕は武道四段を取得し、師範代として少年部の指導をし、青年部では自分の稽古しながら後輩達にアドバイスをしている。
「俺は、わかったんだよ、ミドリちゃんが心に想っているヒト(男性)って、アンタだって」
なるほどそう言う思い込みか、もっとも的外れではあるけれど。
僕は正雄に改めて聞いた。
「で、どうするんだ、この場は」
「消えてもらいたい、アンタに」
そう言うと正雄はポケットから右手を抜いた。
パッチンと音がし、ギラリと光る物が現れる。
刃渡り15センチ程の刃物が握られている。
そこまでやるか。僕はやるせなかった。
まぁ、ミドリを襲ったりしなかった分まだましかと思った。
「本気か」僕は正雄に問いかけた。
「もちろん」正雄が即答する。
しかたないと気持ちを切り替え僕は、スッと息を吸うとフゥーと静かに息を吐き、腰を僅かに落とし身構えた。
正雄が刃物を自分の身体の前に出し近づいてくる。
間合いが詰まる。
僕は動かず正雄の全身を見る。
正雄が勢いよく刃物を突き出してくる。
刃物を握っている右手首を左掌で内側へ払う。
勢い余って正雄がバランスを崩す。
バランスを崩しながらも右腕を振り戻してくる。
僕は振り戻された正雄の右腕を左掌で受け止めた。
空かさず右拳を正雄の右脇腹へ下突きを当てる。
正雄の動きが一瞬止まる。
正雄の頭部に両手を伸ばし髪を鷲掴みにする。
正雄の右膝裏を僕は自分の右足裏で蹴り込み身体を後ろへ仰け反らせる。
蹴り込んだ右足を引き戻し腰を落とししゃがみ込み右膝を立てた。
正雄の髪を引き付け僕は立てた自分の膝に打ちつける。
ガクン、と正雄の首が前に折れる。
ウゴッ、と正雄の息がつまり失神し崩落ちる。
僕は正雄の髪から両手を離した。
そして正雄の身体をまさぐりポケットから携帯電話を取り出した。
119番をダイヤルし、救急車を要請し通話状態にしたまま正雄の胸の上に置き僕は立ち上がった。
ミドリは、もぅ帰り着いてるだろうな。
と思いながら僕はミドリの自宅方向に視線を向けた。
まったく、とんだ酔い覚ましになったわ。
と思いながら僕は自宅へ向けて歩き出した。
☆
翌週、正雄は体調不良を理由に一週間、会社を欠勤した。
翌々週、正雄は依願退職した。
三ヶ月後、ミドリは見合いをし、その相手と結婚を決めた。
終り。