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    ただ、優しい言葉が欲しい
    
    
    
     深夜24時。開け放した窓から冷たい空気が入り込んでくる。一人きりの乱雑な部屋で、ただ画面をスクロールする。投げ捨てられたセーラー服に窓から入ってきた葉が付いた。静寂に包まれた夜であっても、ネットは賑やかだ。SNSはコンビニと同じく24時間大繁盛。
 『久しぶりにお絵描き配信しまーす
  ぜひ来てください✨』
 『ララリスの、コインが、尽きる、課金するしかない泣』
 『マジで頭痛い』
 次から次へと流れてくる人の日常、非日常。全部見ていたら頭がパンクするんじゃないかと思うぐらい多い投稿。そんな中、少しくらいこんな投稿が混じっていても誰も気にしない。
 『死にたい、誰か助けて』
 優しい言葉が欲しくて投稿したのだろう一言。
 その1行だけの投稿はすぐに別の誰かの投稿にかき消されて消える。投稿者の垢名を見た。××@病み垢。なるほどなと思う。自分の薄汚い、暗い部分だけを見せるアカウント。光が照らされたところでは出せない自分を出すアカウント。
 私も持っている。というか、私にとってはSNSそのものが素の自分を出せる場所だ。死にたい。そんな投稿はもう何万とした気がする。毎日コメントチェックして、DM確認して。私を助ける意思がある人がいるかどうか、探している。
 死にたいなんてセンシティブな投稿に、どう反応を返せばいいのか困る人は多いと思う。しかしこれに関しては、私は明確な答えを持っていた。
 『お願い、死なないで』
この言葉。
 これを送ったら私の何を知って死にたい意思を否定するんだとか。いろいろ言われるかもしれないけど、私はこれで嬉しかった。 
 何故なら私はただ生きていることを認めてほしいだけだから。
  たった4文字。画面の中に封じ込められたその1行に|縋《すが》って私は息をしている。
 何もしていなくとも存在が否定されているように感じるのは、多分、私の|精神《メンタル》が弱すぎるせいだ。誰かの舌打ち、蔑むような笑い声。何回聞いても慣れないひそめた声。
 社会じゃきっとよくある話なんだろう。実際そう言われたし、そう思う。でもそういう痛みが最近重みを増して心を占領している。胸が痛いってこういうことなんだろうか。ずきずきというよりは、ずっしり。重たさと暗さを強めながら日に日に大きくなっている。
 そしてそれに伴うように、空っぽな死にたいの投稿も増えた。誰かに否定されたように感じた、その分だけ肯定してもらえないと私の精神が持たない。
 そんな、気持ちの悪い体になってしまった。
 でも中身のない投稿の分だけ中身のないコメントが増えていく。認めてほしい。その思いで死にたいを投稿すれば、批判的なコメントが募っていった。
 『病みアピ多すぎwww』
 『誰かに構ってほしいんだよね~うんうん、分かる分かる』
 『死ぬ気もないくせに死にたいとか笑えるw』
 考えてみれば当たり前だった。実際死ぬ気はない。死ぬのが怖いから。構ってほしい。認めてほしい。全部言う通りだから正論が返ってくるのは当然だった。
 なのにそれが辛かった。私を認めてくれるはずだったSNSで、誰も私を認めてくれなくなったように感じた。お願い、死なないで。初めて死にたいを投稿にした日。そう反応してくれたあの人はもうどこにもいない。私が生きていることを望む人はいない。
 初めて本気で死にたいと思った。
 開けっ放しの窓から眼下の夜景を見た。32階から見る暗闇は綺麗だ。街の明かりが空に浮かび上がり幻想的に映っている。
 この暗闇に飛び込んでしまえれば楽になれることは知っている。なのに一歩踏み込む気が出なくてだらだらと生きている。
 ただ、優しい言葉が欲しい。
身勝手な独り言は美しい星空に吸い込まれた。