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2-4
正体不明の獣に退治する少年。
特務課と連絡を取るため、彼らは探偵社へと向かう。
人のいない、時間が停止したような夜の街を、一台の車が乱暴に走り抜ける。
限界まで速度を出しているからか、カーブを曲がるたびに耳障りな音をたて、車体が大きく揺れた。
それでも速度を緩めず疾走する。
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--- 2-4「少年と通信相手」 ---
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鏡花ちゃんが運転するその車の助手席には、僕が座っていた。
そして後部座席には怪我をした左わき腹をおさえる国木田君と敦君が座っている。
「はい、止血帯。何もしないよりはマシでしょ」
「ですが、ルイスさんも酷い怪我を……」
僕は自分を見て笑う。
確かに国木田君のように見た目は重傷だ。
でも出血が多いだけで傷自体はそこまで酷くない。
「知り合いからもらった塗り薬があるから大丈夫だよ」
どうにか説得して、国木田君が手当てしている間に僕も傷薬を塗っておいた。
この薬は英国軍を抜ける際に先輩がくれたもので、ある異能で生まれた妖精の鱗粉が練り込まれている。
本来なら妖精の羽を煎じて飲むのが一番。
でも、重症から瀕死の状態の時ではないと回復し過ぎてしまう。
だから先輩は軽傷の時に使えるよう、普通の軟膏と混ぜて効果を薄めている。
本当なら与謝野さんがいない今、羽を煎じた飲み薬を国木田君に渡すべきなのかもしれない。
でも、煎じて五分以内に飲まないと毒になることもあって今日は持ってきていなかった。
「国木田さん。さっき云ってた連続自殺の理由って……」
「…....異能者は自殺したのではない」
抑えた声で、国木田君は云う。
「自分の異能に殺されたのだ」
信じがたい言葉に、敦も鏡花も押し黙る。
まぁ、僕もその線で考えてるから驚きはしなかったけど。
それにしても、異能の分離か。
改めて考えると厄介だな。
鏡花ちゃんのように、味方だった異能生命体が敵になる場合もある。
国木田君や福沢さんと云った戦闘能力が高い人は、その異能者の形をとるのだろうか。
どちらにしても、戦いにくい。
霧に呑まれた異能者が全員死んでもおかしくはない。
「……これが政府が手綱を握れなかった異能者、か」
「どうかした?」
「いや、何でもないよ。とりあえず探偵社に急ごうか」
🍎🍏💀🍏🍎
霧に囲まれた、赤煉瓦づくりのビルの中。
武装探偵社の内部は誰もおらず、ひどい有様になっていた。
「うわ……なんだこれ……」
そう敦君が零すのも無理はない。
ひしゃげたロッカー、輝された家具、割れた照明、誰かに殴られたように確認した机。
書類や破片が散らばり、足の踏み場もなかった。
この前、社員のほとんどが集まった会議室も同様だ。
長机は壊され、倒され、ばらばらになった椅子のうえにモニターが落とされている。
無茶苦茶だ。
無事なものが見当たらない。
激しい戦闘の後に少し足を止めていると、国木田君に急かされた。
「社長室だ」
止血帯で応急処置はしたものの、まだ万全ではない。
痛みと出血で呻く国木田君を支えながら、僕達は社長室へと向かう。
途中、ボロボロになった医務室が見えた。
「少し見てくるから先に行ってて」
棚が倒れ、カーテンが破れている。
戦闘があったのは、跡を見ればすぐに判った。
飛んで跳ねて医務室を探索してると、目的の棚が見つかった。
中に入っている止血帯や消毒液は無事そうだ。
無断で申し訳ないけど緊急時ということで、貰った分は新しいものを返そう。
「……さて、と」
必要なものが集まって僕は社長室へと向かった。
社長室も矢張り、他の部屋と同じように書類や倒れた家具が散乱していた。
普段の静謐さは欠片も感じられない。
『……繋がりそうです』
ざざ、と|雑音《ノイズ》の交じる液晶の画面が社長室の壁から迫り出していた。
どこかと連絡を取ろうとしてるのか。
『暫く、このレベルをキープしてください。とりあえず妨害できないようです……聞こえてますか?』
最後の此方に向けられた言葉で、通信相手が分かった。
『福沢社長、ですか?』
「国木田です。社長は行方知れずです。其方は異能特務課で間違いないですか?」
ようやく接続が安定したのか、画面の乱れが消えた。
安吾君が軽く自己紹介をしている。
映写機などが無いから、此方の様子は見えていないか。
『国木田さん、現在そちらはどういう状況ですか?』
「俺以外には中島敦と泉鏡花、そしてルイス・キャロルかいます。それ以外の社員は、現在、行方不明です」
『了解しました……ですが、合流できたようで何よりです』
国木田君達が僕の方を見たので、小さく笑っておく。
『回線が不安定なので手短に話します。例の霧の現象が、このヨコハマでも起こってしまいました。ただし、これほど大規模な霧は、過去に観測例がありません』
安吾君の言葉と共に画面が切り替わり、衛星で撮った上空からの画像らしきものが映される。
日本全体を映していた画像が徐々に拡大され、神奈川県周辺が映し出された。
県東部、ヨコハマの上空が白い霧で覆われている。
『拡大こそ止まっているものの、現在、ほぼヨコハマ全域が霧に覆われ、外部と遮断された状態にあります。ヨコハマ内部の人間は、その殆どが行方不明、または消失……異能者のみ存在しているようですが、彼ら──つまり貴方がたにも、危機が迫っています』
「此方でも確認しました。この霧の中では、異能者から異能が分離し、持ち主を殺そうとします」
『幸い、この現象の元凶と思われる異能者の居場所は特定しています』
霧の中心を、赤い光点が示す。
「確かここは……」
『ヨコハマ租界のほぼ中心、骸砦と呼ばれる廃棄された高層建築物です』
説明に合わせ、画面に不気味な形をした漆黒の塔が映し出される。
幾つもの尖塔を備え付けた姿は、精緻すぎる彫刻のせいか、どこか禍々しさを感じさせる。
周囲に高い建物はなく、孤高に聳え立つ姿は他者を寄せ付けない。
光点の位置と、骸砦という名を聞いた時から予想はついていたけど此処とはね。
一枚、鏡は置いてあるけど異能のない今ではあまり意味はない。
「やはり、例の澁澤龍彦ですか?」
「そうだろうね。彼以外にこうやって街を包み込むほどの霧を操る異能者は、見たことがない」
『……貴方がた探偵社に重要な任務を依頼します』
画面には骸砦ではなく、安吾君の姿が映っていた。
『首謀者である澁澤龍彦を排除してください。方法は問いません』
安吾君の言葉に、鏡花ちゃんが鋭い眼差しで頷いた。
まぁ、彼女なら敦君と違って排除の意味を理解しているだろう。
だからこそ、僕は霧に入る前に断った。
『それと、これは補足ですが、その首謀者と同じ場所に、どうやら太宰君がいるようです』
「太宰が?」
「捕まってるってことですか?」
敦君の言葉に、安吾君の顔に動揺が走った。
まぁ、僕も同じだけど。
「……それならどれだけ楽だったか」
思わず、そんな言葉を零してしまう。
動揺を隠すように安吾君が声を荒げたかと思えば、声が途切れて|雑音《ノイズ》が急に大きくなった。
画面は乱れ、再び白黒の砂嵐になった。
敦君が身を乗り出そうとした時、轟音が響き、事務所が揺れる。
「来たか…………」
国木田君が眉を寄せた。
音と衝撃の度合い、位置、そして先程の経験からして、何が起こったのか僕や国木田君には察することができる。
武装探偵社の入るビルに手榴弾が投げられた。
「おそらく相手は俺の異能です」
確かに、眼鏡をかけた長身の男がビルの入り口に立っていた。
その額には赤い結晶が輝き、手には手帳がある。
あれが国木田君の異能『独歩吟客』というのは一目で判った。
でも表紙には“理想”ではなく、“妥協”の文字が書かれている。
「お前達は先に行け。奴は俺が食い止める」
「でも国木田さん、自分の異能になんて勝てるわけが……」
勝てるかどうかではない、と国木田君は立ち止まる。
「戦うべきかどうかだ」
敦君は足を止め、うつむく。
流石は国木田君だな。
そんなことを思っていると、彼は毅然と告げた。
「俺は己に勝つ。いつだってそうしてきた」
宣言と共に、国木田君は壁に掛けられた掛け軸の奥の壁を叩く。
“天は人の上に人を造らず”と書かれた福沢さんの掛け軸が揺れ、天井から隠し棚が下りてくる。
棚に並べられているのは、いくつもの重火器。
「これって……」
「うちは“武装”探偵社だぞ」
茫然とする敦君に、国木田君は堂々と答えた。
拳銃とマシンガンを取り、慣れた手付きで装填する。
ジャキンと、硬質な音が室内に響いた。
持ってけ、と国木田君が敦君達に拳銃を渡す。
鏡花ちゃんは「私はいらない」と即答したから受け取ったのは敦君だけだけど。
国木田君に云われ、僕も少し物色することにした。
銃弾が少し足りない気がしたから助かる。
ついでにライフルも借りることにした。
背負うには少々大きいけど、使い慣れたタイプだからこの霧でも多少は狙撃できると思う。
「奴の能力では手帳のサイズを超えた武器は作り出せん。俺が引き付けている間に、裏口から逃げろ」
国木田君の選んだ武器はスライド式散弾銃、レミントンM870。
一米近くある銃を持ち、弾を込める。
「……彼奴らのこと、頼みました」
「君は一人で大丈夫?」
小声で聞かれたから、小声で返す。
すると国木田君はフォアエンドを引いて銃を構えた。
そして、小さく笑う。
「問題ないです。それに、事件の解決の方が優先なので」
国木田君らしいと云えば、国木田君らしい回答だ。
彼の理想の為にはこれが最適解か。
「……Good luck」
僕は先に裏口へと向かい始めた。
「ルイスさん!」
「急げ!」
緊迫した国木田君の声に押し出されるように、二人も駆け出した。
🍎🍏💀🍏🍎
再び車に乗り発進した僕達は、背後で大きな爆発音がしたことに気がついた。
「国木田さん!」
振り返ると、赤煉瓦のビルの煙が上げているのが見える。
ちょうど探偵社が入っている四階のあたり。
暗い夜に炎が煌めいている。
「……国木田さん、大丈夫かな」
弱気に呟いた敦君に、爆発音にも動揺せず車を走り続ける鏡花ちゃんが答えた。
「今の私達にとって最優先事項は、澁澤龍彦の排除」
排除、ね。
改めて探偵社に渡された任務を思い出す。
敦君には少々荷が重いかな。
「鏡花ちゃんは排除って云うけど……澁澤龍彦ってやつがどんな悪いやつでも、必ず殺す必要はないよ。捕まえれば良い」
「……本当にそう思うのかい?」
「え……?」
何でもない、と僕は霧の中燃える炎を窓から眺めた。
少年達は移動するも、異能達に追いつかれてしまった。
そして対峙する中で自身と重なる部分を見つける。
次回『少年と戦闘方法』
どうにか防御の姿勢を取るも、また僕は地面を転がった。