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《此ノ救:第二乃咎》『幸福な家庭と云う名の監獄』
「………はぁ……。」
やがて家につき、自室のドアを開けて閉める。
椅子に座ってデスクに突っ伏し、溜息をついた。此処まで疲労がかかるとは思いもしなかった。
香苗をパニック状態にさせてしまったまま置いて来てしまった事、そして何より最初の依頼人である羅詩が香苗のストーカーであったと云う事実。
「…いや、切り替えましょう。もう終わった事です。」
胸に手を当て、息を吸い、ゆっくりと吐く。深呼吸を繰り返しながら、自分にそう言い聞かせた。羅詩は成仏したのだろうか、もう其処には居なかった。
「…大変ですねえ、死者の願いを叶えると云うものは。」
クシャリと前髪を掻き上げ、再び溜息をついて呟いた。確かに、もう既に此の世に存在しない者の願いを叶えるのは大変だ。人によっては、ソレが危険なものであることも多いだろう。
「まあ、あの人に会う為と思えば、この仕事も悪くないですね。」
万年筆を持ち、先程メモ帳に書き記した一つ目の依頼内容に達成済のチェックを付ける。冷え切ったコーヒーを啜りながら書類や本に目を通していると、チリン、と小さな鈴の音が鳴る。又一人、依頼者が現れた。三十〜四十代程の女性と思われる。
「あの…、此処でしょうか…?」
女性が肩を竦めながら手を挙げ、恐る恐る訪ねるかの様にそう言った。
「えぇ、そうですよ。さて、どのような依頼でしょうか。」
背筋を伸ばし、デスクの上で手を組み、又柔らかな笑みを浮かべて問いかけた。
「残された、引きこもりの息子が居るの。様子を見てきて下さらないかしら?」
女性は困った様に眉を下げ、少し怯えも混ざった震えた声で依頼内容を伝えてきた。何処か怯えさせてしまう様な事が有っただろうか。先程の怯え切った香苗の姿が脳裏に蘇る。
律は一瞬眉を顰めるも、直ぐに笑みを取り戻す。
「分かりました。」
そう承諾すると、メモ帳に書き留め、パタリと閉じた。
「様子を見ると言われても…。」
律はコートの裾を揺らしながら、手に持ったメモ帳を開く。
「"引きこもりの息子を見てきて"、ですか……。」
何故こうも暗い内容の依頼しか来ないのだろうか。いや、死者の願いと云うものはそう云うものだろう。死者が何を考えているかなど、生者に分かる筈が無い。
そう考え事をしている内に、言われた家の前へと辿り着いた。
築30年は経っているだろうか、何処か和を感じさせる雰囲気が漂う家だ。
「すみませーん。」
ドアの前に立ち、中に人が居るだろうと思って声を掛けた。
「はい、何でしょう?」
中から人が出てきた。女性から伝えられていた通りの外見をしている。間違いなく息子で合っているだろう。だが、引きこもりという雰囲気は一切しない、何処か生き生きとしている様に見られた。
親しみやすい笑みを浮かべ、此方を真っ直ぐに見つめている。
「何かお困り事とかないですか?」
不思議に思いながらも笑顔で返す。
「いえいえ、大丈夫です!つい数ヶ月前までは引きこもりだったんですけど…。」
チラリと此方を一瞥した後、ふと足元へと視線を落とした。
「今は亡き母に、虐待されてまして。ずっと、逃げたかったんです。当時の僕にはそれができなかった。でも、母が亡くなって、自由になれたんです。」
眉を下げて少し悲しそうに微笑んで彼はそう明かした。
やはり、死者の依頼は碌なものではない。
あの母親は、生前彼を苦しめ痛め付けてきた毒親だったのだろう。
「…そうですか、失礼しました。」
少しの間呆然としていたが、ハッとして瞬きする。
律は一歩下がって一礼すると、くるりと背を向け踵を返した。
「…如何なることやら。」
誰にも聞こえない、届くことのない声で一人静かに呟いた。
─《次回予告》─
第三乃咎『十年目の`恐喝状`』