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平安京に縁結び ──序章──
**──序章──**
霧が深く立ち込める、朝のことだった。
徐々に明るくなっていく道を、ひたすら歩いていく。
山草を摘んだ|籠《かご》を背負い、冷たい獣道を踏み締める。家は貧しく、村長から理不尽な仕打ちばかり受けているけれど。
私には大好きな父と母、そして友達もいる。
不自由は多くても、私は確かに、この生活が好きだった。
ひたすらに歩き続けているうちに、ふと、ある疑問が頭に浮かんだ。私たちが血にじむ思いで育てた作物や、命がけで採取した山草や、畑で作った稲などは、一体どこへ消えているのだろう、と。
てっきり国への年貢、つまりお国への納めものかと思っていた。だが、それにしてはあまりにも量が多すぎるのだ。毎年、領民が食っていけない分まで根こそぎ持っていくような、無慈悲な陛下では現帝はなかったはずだ。
世間一般では、雲の上のやんごとなきお方たちは皆一様に偉そうに玉座の上でふんぞり返っている、という印象が根付きがちだ。だが、この国の陛下は意外なほどに心優しいお方であった。
むしろ、その周りを取り囲む役人や権力者たちこそが、陛下の名を使って偉そうに振る舞い、私腹を肥やしている場合が多いのだ。
この村の村長もそいつらと同じだ、と私は言い切れる。今言った通り、村長は無駄に年貢をとっているのだろう。
そんな嫌な村長のことを思い出して、なんだか嫌な気分になった私は、気を紛らわすために「今日の〜夕飯は〜何かな〜」なんて自作即席の歌を大声で歌いながら帰った。
私は、今一刻一刻と、家族を失う時が近づいていることに気づいていない。
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十分ほど歩いただろうか。灯がぽつぽつと見え始めた山道を下っていると、|八尾《やお》がはあはあと息を切らしながら駆け上がって来るのが見えてきた。
「おい、お前のかっちゃが!」
「八尾、母ちゃんがどうしたの⁉︎」
人の感情にも自分の感情にも疎い私だが、今、何かすごいことが起こっているのは空気感からわかった。
私の女友達、いや、大親友である八尾は、まくし立てるように言葉を続けた。
「お前の、かっちゃが、攫われたんだよ!」
「えっ⁉︎」
──あるなあ、と私は思った。自分の親をこういうのもどうかと思うが、母ちゃんは絶世の美女だ。その辺をのんびりと散歩していたら、見知らぬ男に声をかけられるくらいの存在感である。
その遺伝子が自分にも継がれているのかどうかは私にはわからない。田舎の村なんかに銅鏡などは絶対にない。先ほど話していた、糞村長たちが住んでいる|郷《ごう》にならあるかもしれないけど。
……ん? 郷?
前に、村長が母ちゃんのことを欲しいと言っていたような気が……。
「八尾、怪しい奴らって見なかった⁉︎」
「ん、黒子みたいな格好した奴らがこっちに向かって行ってたぞ」
八尾は「多分、だけどね……」と言いつつ、川がある方向──南を指差した。
分かれ道に立てかけられている看板には『橋を渡ったら郷』と記されている。
「もしかしたら、母ちゃんはそっちに連れ去られたのかもしれない……!」
「えっ、本当⁉︎ でも、大人の判断なしに行くのは……」
八尾の制止も見なかったことにして、私は橋の方へと全速力で駆けて行った。
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私は橋を渡り、少し開けてきた山道を駆け上がった。
ここまでくると、郷の|豪奢《ごうしゃ》な建物が少しずつ姿を現す。この貧しく殺風景な針葉の地には勿体無いような建物だ。
とうとう郷の入り口まで来ると、そこは私がいつも暮らしている場所とはまるで違うような景色が広がっていた。
郷の中心には、一番大きく所々に金銀があしらわれた──おそらく村長たちが暮らしているであろう──が大きく|聳《そび》え立っており、そこを中心として碁盤目状に町が大きく広がっている。
「やっぱり……」
私は歯噛みをした。この針葉の中心都市とも言える|針前《しんぜん》に、他の地方都市から巻き上げた年貢を注ぎ込み、自分たちが|贅《ぜい》を尽くしていたのだろう。
針葉はもう内側から腐っていた。自分たちのことしか考えていない村長に、|可《はい》とも|否《いいえ》とも言わない重臣。先祖代々甘い汁を|啜《すす》っているであろう町民。
私は、針葉が──いや、針前が嫌いだ。大っ嫌いだ。
母ちゃんをそんな奴らに取られてたまるか、と|痺《しび》れてきた足に|鞭《むち》を打ち、私はまた走り出した。
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「あれ? なんか今がさがさって音しなかった?」
「気のせいだろ」
などと言っている村長に雇われた黒子たちが去っていくのをしっかり確認してから、私は裏門へと全速力で駆け、よじ登って越えた。
「よしっ、これで村長宅に侵入完了! って、うわ……」
こいつら、やっぱり|贅沢《ぜいたく》してるんだろうな、という感じの庭が村長宅に入ったすぐのところに広がっていた。
きっちりと手入れされた草花、庭が一番綺麗に見える位置にある縁側、しまいには大きな池で鯉がちゃぷんちゃぷんとのどかに泳いでいる。
……楽でいいよね、貴方たちは。
いや、こんなことを鯉に対して訴えかけてもしょうがないのだが、こっちは|攫《さら》われた(疑惑)の母ちゃんを取り返しに行ってるのに、鯉はずっと能天気に、なんの心配もせずに、飯をたらふく食って生きてるんだろうと思うとなんだかやるせなくなってくる。
人生の心配とかもしてないんだろうな。鯉って絶対就職のために頑張るとかないんだろうな。
はあ、べんべん。って、なんだか話がとんでもなく|逸《そ》れまくりのような気がする。私は、今、鯉の就職先の心配なんてしてる場合ではない。
私は鯉を|一瞥《いちべつ》し「人生楽だね」と八つ当たりをしてから、再び母ちゃんが閉じ込められているであろう村長宅の本殿に向かって駆け出した。
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がたごとがたごとと|牛車《ぎっしゃ》が移動しているような音がする。はあ、|牛等《うしら》もただ走ってたら飯食ってけるっていいよね。
……なんで私はさっきからこんな動物を見るとやるせない気分になるんだ。やっぱり今大変な時だからかな? 楽そうにしてる人見ると羨ましくなるのかな?
しかし、牛に対するよくわからない疑問の中にもちゃんと(少なからず)発見はあった。
……えっ⁉︎ 牛車⁉︎ もしかして、牛車って……母ちゃんがいるんじゃない⁉︎
「こんなとこに気づいた私すごーい」と、動物の件(もう忘れて)でずたぼろになった私の自尊心を褒め称えてから、音のする方へと向かった。
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「母ちゃん!」
一時的に止まっているのであろう牛車の中に、母ちゃんが運び込まれているのがちらりと見えた。
母ちゃんは少しやつれたような青白い顔で、遠いところを見ている。
元々かなりの病弱の母ちゃんなので、どこだかわからないところに連れ込まれて、黒子のやつらに捕まえられて、これまたどこに行くのかわからない牛車に放り込まれたら心労と体力の限界が近いのだろう。
「えっ……?」
(よしっ、こっちに気づいた!)
私は手を握って、母ちゃん救出作戦(勝手に名前決めて勝手に実行している)が順調に進んでいる! と喜色を浮かべた。
一旦林の中に潜んだ私は、身振り手振りだけで「こっちが迎えに行くから、|隙《すき》だけ作って!」という意思を送った。
だが、母ちゃんは一瞬、そっと目を伏せただけで、こちらの意思に気づいた様子はない。
(うわー、伝わらなかったかあ……こういう時は尻文字がいいのかな? 紙はないし……)
仕方ないので、尻文字……というわけにもいかず、|歯痒《はがゆ》さ満載の状態で待つという状況ができた。早く気づいてよ〜!