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おかしな部屋へと招かれて
「朝……か」
枕元に置いてある目覚まし時計が指す時刻は午前5時。まだアラームが鳴る前に目が覚めてしまった。少し空が明るくなり始めた頃。自分ひとりだけの部屋、聞こえてくるのは秒針の音のみ。
今日は休みなので別に再び寝てもいいのだが、二度寝の恐ろしさはこれまで何度も思い知っている。頭は覚醒しきっていないが起きて何かしよう。
布団から出て起き上がってみると思いの外寒く、もう一度布団の中に戻ろうかと考えたほどだった。
部屋の外へ出よう。そう思って部屋のドアを開けた。
ドアを開くとそこには自分の部屋ではない部屋が広がっていた。昨日、寝る直前までは普通の部屋だったはずなのに。どこにでも行けるドアじゃないのだから、こんなことが起こるはずがない。
「ようこそ、いらっしゃい! 」
呼び掛けられた方向に目線を移すと、椅子に腰かけた少年がいた。小学校高学年くらいだろうか。どことなく昔の友人に似ている気もしなくはない。呼び掛けても反応を示さないせいか少年は椅子から立ち上がり、こちらに歩いてきた。
「起きてるの? 返事してくれないと困るな~」
「……あぁ、起きているけれど、どうしたの?」
「そっか~よかった~」
彼は何者なのか。そもそもここは自分の家なのだろうか。きっと寝ぼけているからに違いない。
「私、まだ寝ぼけているのかもしれない。だから……」
引き返して寝室に戻ろうとすると、
「まって! お話していかないの?」
「突然何!」
引き留められてしまった。
「ここに呼んだのはこのボクなんだから。勝手に出ていくことは許さないよ」
少年が指を鳴らすと目の前のドアがきれいさっぱり消えていた。魔法か?
「なっ……」
再び彼の方へ振り向くとティーセットとお菓子を乗せたワゴンを押していた。
「紅茶とお菓子を準備してきたからゆっくりしていきなよ」
拒否権はなさそうだ。誘われるように椅子に座ると色とりどりのお菓子が並べられていく。
「さてと、何の話からしようか?」
「何の話からって一体ここはどこなの? まずはそこからじゃないかな」
「さぁ? ここがどこかなんてキミがいちばん知っているはずだよ」
そんなこと言われても、起きたての脳みそををフル回転させる。しかし、こんな場所は知らない。
「私はこんな場所知らないよ。それよりも早く自分の部屋に帰りたいのだけど」
いささか理不尽だ。どうすれば元の部屋に戻れるのか。できるなら早く帰りたい。
「そう怒こらないで欲しいな。そうだ、キミにはキャンディーをあげよう。キミの好きそうなやつ。お土産に持って帰りなよ」
フヨフヨと浮遊していたキャンディーがテーブルにいくつか置かれた。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
不思議な色合いの包み紙で何の味かは分からない。が、受け取ってしまった以上返すわけにはいかないのでポケットに放り込んだ。
一旦紅茶をひとくち、熱いし、味があるし、自分自身起きているのだろうけどこの出来事がどうも現実味を帯びている気がしない。応接室のような部屋でパジャマ姿のままというのも違和感がある。
「帰りたいのだけど、どうすれば元の部屋に返してもらえるの?」
「ん~。ボクの気が済むまでかな~? それかここに呼ばれた理由をキミが気づくまでかな~」
「それなひどいなー」
それからどれくらいの時間がたったのだろう。他愛ない話だとか世間話だとか、なんだかんだいろんな話をした。いつの間にか心のわだかまりがほどけて軽くなった気もしなくはない。
「そうか……」
どうして自分がここに呼ばれたのかが分かった気がする。きっと私が誰かに話を聞いてもらいたかったんだ。最近忙しすぎて悩みとかなんとかって相談する機会がなかったからなのだろう。
「その顔、どうしてここに呼ばれたのか分かったような顔をしているね。どう? 気持ちも軽くなったんじゃないかな?」
最初から《《これ》》が目的だったのか。それならそうと早く言ってくれればよかったのに。
「それは無しだよ。自分自身で気が付かないと意味がない。そうでしょ? 自分の事なんだから、自分が分からなかったら意味がない。」
「それもそうだね、話聞いてくれてありがと」
「どういたしまして! じゃあ、帰るなら後ろのドアから帰ってね~」
後ろを振り向くとさっきまで消えていたドアがもとに戻っていた。いつの間に。帰れるとするなら帰るとするか。
「突然知らない場所に招かれてビックリしたけれどこうなるとはね」
「突然でごめんね~気を付けて帰るんだよ~」
ドアノブに手を掛けて手を振った。ひと言言われた気がしたけどなんて言われたのかは聞き取れなかった。なんて言ったんだろう。気になったがおそらく再びここを訪れることはないだろう。
ドアの向こうは自分の部屋が広がっていた。空は明るくなりきっている。また一人の部屋。聞こえるのは秒針の音と通りに車が通る音。ポケットに手を突っ込むとキャンディーが2つ。入っていたキャンディーが先ほどの出来事が夢でなかったことの証明になっていた。お昼過ぎくらいに誰かに連絡してみようかな。なんとなくそうしたくなっただけである。
おかしな部屋でおかしなお話を