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第一話「強豪校」
私の人生は、不運と失敗、それと不幸せで構成されている。いじめられっ子の不登校で、本当の両親はとっくに他界済み。義理のお母さんもいるけど、あのお母さんは、私に全く興味がないみたい。家に帰ってくる頻度も、家に居る時間も、ありえない程少ない人だ。
自分では手の入れようが無い所から、いつも災難が襲ってくる。まるで、心にずっと大雨が降り注いでいるかのようだった。降られて、濡れて、それでも私は、冷たい気持ちを必死に乾かしていた。
いつか、幸せになれると信じていた。今は辛い事ばっかりだけど、この先もずっと生き続けていれば、いつか、幸せは来る。生きていれば、おそらく、必ず。そういう思想を持っていたから、私はどれだけ苦しくても、踏ん張って、もがいて生きてきた。
誰かが変えてくれなくても、自分では変えられなくても、幸せと思える事が、いつか目の前に必ず出てくる。それまで、私はじっと耐えるだけ。そう考えていた。
これは、そんな私が、本当に現実で幸せになるまでのお話。
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ある日の事。私はその時、ぼーっとテレビのニュース番組を眺めていた。
「へー……。事件とか怖いなぁ」
ニュース番組では、どこの県で殺人事件が起きたとか、遠くの国の政治家の話とか、そういった事柄を、淡々と取り上げて、テレビの前の視聴者に伝えていた。しかし、少し怖いとは思いつつも、どこか他人事としてそれらのニュースを受け取っている、自分は確かに存在していた。私がこんな目に合うと思うか。全く思わない。心の内側の奥では、事件も事故も政治も、どこか他人事といったような気分だった。
「なるほどね……」
しかし、次のニュースだけは、そんな気分ではいられないようなものだった。
『さて、次のスポーツ特集です。男子バレーボールの超強豪、兵庫県の稲荷崎高校。今回は、セッターである宮侑選手に取材を――……』
「稲荷崎……高校? あー、近くにあるあの……」
明確には覚えていないが、私はその高校名を、耳に入れた事があった気がした。確か、近くに稲荷崎高校がある事は覚えている。それに、他にも誰かと話をしている時に、この高校名を聞いたような、そんな記憶がある。男子バレーボールについても、小耳には挟んだような。ほぼ忘れかけの薄ぼんやりとした記憶だが、なんだか頭には残っていた。
「どんなプレイなんだろう?」
なんでもない話だが、私は小学生の頃、少しだけ女子バレーボールのクラブに入っていた事がある。楽しかったが、結局その直後に、親が他界してしまったせいで、すぐにやめてしまった。もう簡単にできないとは思うし、そこまでしっかりやりたいとは考えていないけど、バレーボールの話には、興味があった。もちろん、性別が女子ではなく男子の話だったとしてもだ。
どこかで稲荷崎高校の話を聞いたのもあって、私はテレビをじっと確認した。すると、そこには稲荷崎高校の、プレイが切り取られ、映し出されていた。
「……え、すごい……」
そこで見たものに、私は驚愕した。稲荷崎高校のプレイは、想像を絶する程に、素晴らしいものだった。サーブ、レシーブ、ブロック、どれを取っても強い。まさに、超強豪と呼ぶにふさわしい。こんなバレーボールを、私は見た事が無かった。
「……すごい!稲荷崎って、こんなに強いところだったんだ……!」
私は思わず、テレビの前で感動を覚えてしまった。こんなに強いバレーボールプレイを、私は初めて目にした。圧巻だった。
「はぁ、良いの見た……。ん、あれ? えーっと、確か稲荷崎高校って……まさか!」
そしてその瞬間。私はさっきまで思い出せなかった、たった一つの記憶を思い返した。ずっとぼんやり、もやもやとしていた、誰かと話した時の思い出。それがこの瞬間に、はっきりと、くっきりと形になって現れた。
「稲荷崎の、男子バレー部って……。と、隣の家の北さんがいる所じゃん!」
そう、ずっと思い出せなかった、稲荷崎の男子バレーについて、私が会話をした誰か。それは、隣の北さん家の、北信介君だった。君とは言ってしまったものの、彼は高校二年生である私よりも一つ年上で、高校三年生。学校が違うにしても、先輩と言えば先輩だ。
家の前で信介さんと話をした時に、出身校とどんな部活をやっているかを、私が聞いた事があった。その時に、稲荷崎高校の男子バレーボールについて、少し喋ったのだ。思い出せずに引っかかっていた事がやっと見つかり、私は多少すっきりとした気持ちに包まれた。
「あー、隣の家の北さん、ここに居るんだ……!」
次に会って話をする機会があったら、テレビで見た、凄かったと伝えようかな。といった事が思い浮かんだ。今から、少しだけ楽しみだ。
「……あれ、でも」
だが、私はさっきまでのテレビ画面を見て、少し疑問を覚えた。
「北さん、主将になったって言ってたけど、どうしてこの試合に出てないんだろ……。怪我しちゃってたのかな?」
ぶった切りじゃないです。これが正しい終わり方です。力尽きて書けなくなった訳じゃないです。
ボイスCDとかでは北さんは寮に住んでるらしいですが、こちらの北さんは普通に自宅に住んでます。