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葬儀屋 鶴丸南雲の休日
虚塔
皆様、こんばんは。鶴丸南雲でございます。
本日は私、勤めている会社から休日を頂いております故、それに伴い怖い小噺はお休みと致します。
今日という一日は愛しの妻と過ごす予定ですので、皆様野次馬は結構ですが、なるべく邪魔をしないようお願い致します。
それでは、皆様お立合い。……立ち会って頂きたいわけでもござませんが……鶴丸南雲の休日でございます。
朝の起床は、休日であっても変わりません。私は普段、五時半辺りを起床時間と定めております。
隣で寝惚けたまま布団に潜る妻を愛でたい気持ちを吞み込み、朝食の準備を行います。朝はパン派の妻に合わせ、トースターに食パンを入れます。トースターは一分程度で終わりますが、その間にも出来ることがございます。玉ねぎとレタス、トマトを切って皿に盛ります。香ばしい匂いと共にパンの焼ける音がすると、パンの上にバターを乗せバターが溶けるまでの間に次の準備を致します。シンプル故に楽しむ幅の広い目玉焼きを作り、サラダの横に乗せたら完成です。珈琲の準備を終えれば、あとは妻の起床を待つだけです。
妻が起床したら、珈琲を淹れて朝食を取ります。首が前後に揺れている様は赤べこのようですが、それを言うと照れ隠しと言わんばかりに怒られますので喉奥に朝食ごと押し込みます。
妻が目玉焼きに砂糖を振りかけそうになるのでそっと止め、塩を差し出します。妻が猫舌であることを忘れて珈琲を口に運ぼうとするので、氷の欠片を入れます。妻がサラダを一口食べて目を閉じたので、オーロラソースを添えます。
過保護かもしれませんが、休日はこうして妻の手伝いをすることが、私にとって至高の時間なのです。
朝食を終えた私と妻は、洗濯を済ませます。
洗濯機を回す間に、乾いた洗濯物を畳みます。妻は丁寧に衣服を畳みながら、タオルなどの大まかに畳むものを私に差し出します。私がバスタオルを仕舞い終える頃には妻も衣服を仕舞いに場を立ちますので、手伝いをします。
洗濯機が稼働を止めると、私は今朝の天気予報を思い出しながらベランダへ出ます。夕方までは晴れるそうなので、外に干しても問題ないでしょう。
洗濯が終わりましたら、本日は約束していた外出の支度をします。
妻が観たがっていた映画の時間を確認し、私の車で近くの映画館へ向かいます。道中、妻はナビゲートを眺めたり飲み物を口にしながら、友人とした最近の話をしております。ラジオより余程楽しい会話をしていると、目的地が見えて参りました。
本日観る映画は、妻の趣味に合わせた恋愛ものでした。やはり若い女性というものは、こういった大恋愛に憧れる者なのでしょうか。波乱万丈な恋人との時間に、押し寄せる困難の数々。最終的にハッピーエンドで幕を閉じる辺りは王道なのですが、展開が読めるだけに私は若干退屈でございました。スクリーンを眺める妻を横目に過ごすだけです。
映画が終わると、午後は買い物です。妻がそろそろ可愛いセーターを買いたいと言うので、デパートまで足を延ばし女性ものの服を眺めます。
妻が二着の服を手にどちらが似合うかと定番の質問を繰り出しますが、私からすれば妻は何を着ても愛らしいことこの上ないので、回答に迷います。悩んだ末彼女の雰囲気に似合いそうな方を選んだところ、納得された様子でした。
買い物が終わり、家に帰って夕食を作り始めます。
妻が作りたいと仰るので、私はダイニングで眺めることとします。妻は手際ばかりを求める私と違い丁寧なので、時間をかけて食材を煮込んでいきます。その間の真剣な横顔は、まるで聖者の祈りの時間のようでした。
やがて完成したカレーライスを頬張り、妻の優しさを感じます。
終わり次第お互いに入浴を済ませ、食後のバラエティ番組を眺めます。
世間のゴシップは見ていて気分の良いものばかりではありませんが、世情へ関心を持つことは良いことと信じて画面の内容に集中します。これが妻にとっても良い時間であることを祈るばかりです。
やがて夜が更ける頃、私と妻は共にベッドへと入りました。
枕に頭を預ける妻に尋ねます。
「君は、今日の映画のような大恋愛をする前に、若くして僕に嫁いだこと後悔してる?」
「なんで」
「楽しそうに観ていたから」
「フィクションと現実混ぜないで。私は後悔してないっての」
「なら、もうひとつだけ。今日は楽しかったかい?」
妻は小さく溜息を吐き、言いました。
「……勿論…」
その一言が、私には何より嬉しい言葉でした。
さて、皆様。本日はただ単に、私が休日を過ごすだけの小噺でした。葬儀も怖い話もありませんね。ですが、私も一人の人間です。休日を楽しむこともございます。
何の時間というわけでもございませんが、私の新たな一面を目にしたと前向きに捉えて頂けますと恐縮です。
それでは、本日はここで筆を置かせて頂きます。
ありがとうございました。また次の小噺でお会いしましょう。