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思い出はいつも美しいはずだった。2
この1つ前に投稿した小説を読んでいない方は読むことをおすすめします!
それではどうぞ!
思い出はいつも美しい。
私は三年前、家から逃げた。理由は、両親からの虐待だった。
両親は昔は優しかった。大切に育ててくれた。でも数年前、事故で兄が死んだ。そこから両親の心はみるみるうちに荒んでいった。そして私に八つ当たりし始めた。毎日、暴言暴力を浴びせられるようになった。
自暴自棄になっていた私を優しく支えてくれたのが湊くんだった。
三年前の暗い記憶の中に一つだけ輝く思い出がある。
私が泣いてしまった日だった。湊くんは私の左手を握って海岸へ連れていってくれた。そのとき見た光景は今でも忘れられない。
美しい海、潮の香り、そして、左手に感じる湊くんの温もり。空っぽだった私の心に、じわじわと温度が宿ったのを覚えている。
それでも私が出ていったのは、湊くんの支えよりも両親からの心身的なダメージが大きかったからだ。
私は家が大嫌いだった。自分の部屋でさえも怖い記憶がフラッシュバックする。安らかに眠れない日々が続いた。
実は一度だけ、家出をしたことがあった。でも、すぐに見つかってしまった。
なのでその反省を踏まえ、遠く離れたいとこの家へ行くことにした。前にいとこの家へ訪問したことがあったのでその記憶を頼りに、なけなしのお小遣いとお年玉で新幹線に乗り、いとこの家へ行った。
伯母も伯父も私が来ていることは黙っていてくれた。心も体も癒され、幸せだった。
唯一心残りがあるとするのならば、湊くんだった。まぶたを閉じるたび、湊くんと一緒にあの海岸で見た景色が広がる。毎夜、会いたいと思う日々。そして、最後に挨拶くらいしておけばよかったと後悔する。
いとこの家での生活は半年間で幕を閉じた。両親に居場所がバレたのだ。
私が両親に連れて帰られた場所は、知らない家だった。どうやら引っ越しをしたらしい。場所は、前の家から十数キロ離れた隣の市だった。
湊くんに会おうと思えばすぐに会える距離だった。それでも私が会いに行かなかった理由は、ただ私の勇気がなかったから。どんな顔をして会えばいいのか分からなかったから。
両親は私のいなかった半年で改心したらしく、泣いて謝ってくれた。それからは大切にしてくれた。私の大好きな両親に戻ってきてくれた。
高校は、旧居のあった市にある高校を選んだ。湊くんと、ばったり会えたらいいな、なんていう期待を込めて。
私はバレーボール部に入った。
だがつい最近右手の親指を突き指してしまったので、部活を休まざるを得なかった。
まだ太陽がある時間帯に帰れることと天気の良さも相まって快い気持ちになった。
大きな交差点を渡っているときだった。前方に小走りをする湊くんみたいな人がいた。背の高さは随分と大きくなっていたが、少し垂れた目と走り方がどこからどうみても湊くんだった。
でも、目の前の人は私に気付いていないみたいだった。私のことを忘れているかもしれないと、考えなかったわけではなかった。
そしていよいよ湊くんらしき人とすれ違った。もう会えないかもしれないという思いが膨らみ、その名残惜しさに後ろを振り向いた。
すると、湊くんらしき人と目があった。彼もまた、後ろを振り向いてくれていた。
青信号の点滅が始まったので、私は走って横断歩道を渡りきった。
私の心は決まっていた。人違いでもなんでもいいから声をかけてみよう、と。例え忘れられていたとしても構わない。
私は走って隣の交差点まで行き、そこの横断歩道を渡り、またさっきの交差点に戻った。
見つけた。人混みの中でも、すぐに見つけることができた。
「湊くん!」
走って渡ろうとしていた人に、叫んだ。
彼がこちらに顔を向け、目を丸くした。
「凛?」
三年前よりも低い声。でもどこか面影がある。
「うん!そうだよ!」
すると目に熱いものが込み上げてきた。そして、湊くんの目も濡れていた。
「……さっきすれ違ったよね…なんで後ろにいるの?」
「ふふ。頑張って走ったんだよ」
私が微笑むと、湊くんも笑った。
そのあと、二人で海に行った。あのときと同じ海岸に。
夕日に反射して光る美しい水面。華やかなオレンジのグラデーションを描く空。潮の香り。そして、左手に感じる湊くんの温もり。
その全てが、あのときを上回っていた。あのときの思い出はいつも輝いていた。でも今、こんなに綺麗なものを見てしまった。うつくしかった思い出が上書きされてしまった。
思い出はいつも美しいはずだった。
凛目線でしたー!
ありがとうございました!