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4-1
少し昔話に花を咲かせた少年。
自身の異能と対峙し、それぞれがすべきことをする。
あまり敦君達に心配をかけていられないから、彼らの元を離れる。
分離した異能はやはり、元の持ち主を殺すことしか頭にないらしい。
異能に意思があるか、と考え出したらキリがないから今はやめておこう。
ただ、今は最高の|戦場《ステージ》を探す。
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--- 4-1『少年と“鏡の国のアリス”』 ---
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「……さて」
力いっぱい踏み込み、僕は装填しながら宙を舞った。
アリスの額の赤い結晶を狙い撃つも、鏡に塞がれてしまう。
やっぱり直接砕くしかないのかな。
同じ力量の相手にどこまで通じるのか判らないけど。
「異能がないのって不便だな、本当に」
|異能空間《ワンダーランド》に入れられたら、こっちの勝ちなのに。
そういえば“不思議の国のアリス”見てないな。
え、迷子にでもなってるの?
さっさと現れてくれないと異能が戻らないんだけど。
「いや、やっぱり来ないで」
普通にアリスで手一杯だわ。
異能ありならまだしも、本気を出さない状態じゃ勝てないって。
「……ぁ」
ズサァ、と音を立てて僕は着地する。
そこそこ開けた場所。
ここならば、敦君達に心配されることなく戦える。
幾つか出来たかすり傷に、先輩からもらった薬を塗っていたら10秒ほどでアリスが来た。
鏡がこの辺になくてよかった。
じゃなかったら休む時間なんてない。
まぁ、戦場じゃ何時間もぶっ通しで戦闘とか普通だけどね。
「━━っと」
鏡を使った瞬間移動で、少し反応が遅れる。
こういうのは先読みが大事なんだけど、僕の思考なんて相手は判り切ってるわけで。
「……どうしようかな」
とりあえず傷を最小限に抑えながら、好機を待つ。
いつもより体が重いのは、武器を全部持ってるからか。
特に背負ってるライフルが凄く邪魔。
重いし、動きにくいし、絶対すぐに使わない。
仕方ないから、下ろして振り回してみた。
数枚だけ鏡は割れたけど、普通のものならすぐに生成できるし意味がない。
鏡を割ることに力を使わないほうがいいけど、少しでもアリスの攻撃を減らしたい。
「……っ、クソッ」
疲労からか、荷物を下ろしたのに動きが変わらない。
体が重く、思うように動かない。
軽傷しかなかった筈なのに、重傷が増えていく。
血は止まることなく流れて続けていた。
このままだと━━。
━━死ぬ。
きちんと地を踏めなくなった僕の視界は、ぐるりと回転した。
お陰でアリスの持っていた刃が心臓に刺さることはなかったけど、動けない。
疲労と、血を流しすぎたか。
本気のアリスを相手にするには、今の僕は弱すぎた。
僕が死んだとしても、大した問題はない。
この街の異能者達に澁澤は止められる。
アーサーとかエマには申し訳ないけど、先にロリーナとゆっくり過ごしてようかな。
「……。」
多分十秒も経たないうちに、僕は殺されるだろう。
僕の拳銃がアリスの手にあって、銃口が額に突きつけられている。
人はこういう時に走馬灯を見ると聞く。
でも、僕は何も見えなかった。
頭の中にあったのは、ただ一つの名称。
「……ぉ……」
アレは“不思議の国のアリス”で作った空間の中にある。
異能を取り戻せていない僕の手元に来るわけがない。
そんなことは判っていても、出ているか判らない声で呟く。
「━━“ヴォーパルソード”」
視界の隅で何かが輝いて見えた。
それはまるで、夜空で輝く星のようだった。
濃い霧で空なんて見えないから、気のせいかもしれないけど。
諦めていた僕へ、アリスが引き金を引こうとする。
しかし、その一秒にも満たない時の中で赤い結晶にひびが入った。
パリンと音を立て、結晶は地面に倒れている僕へと四散して落ちる。
「なっ……!?」
僕は驚きを隠せなかった。
アリスの頭に、剣が刺さっている。
久しく見ていなかったものの、その青い剣身を見間違えるはずがない。
「“ヴォーパルソード”が、なんで……」
結晶が消えたアリスは霧散し、僕の体へと戻った。
同時に、剣は地面へと音を立てて落ちた。
「……考えるのは、後かな」
とりあえず動けない。
このままじゃ大量出血で死ぬ気がする。
早く“不思議の国のアリス”の方も取り戻さないと。
いや、いけるか。
「──ルイスさん!?」
「……僕って運が良い方なのかもしれないな」
とりあえず説明してる間に死にそうだから、助けて貰うことにした。
僕はどうにか指を鳴らして、芥川君の手元に薬を出す。
先輩が調合し終わってすぐに|異能空間《ワンダーランド》に入れていたからまだ使用期限が大丈夫な飲み薬。
蓋を開けて飲まして貰おうと思ったんだけど、まさかの握力不足。
時間もないので“羅生門”で蓋の部分を切って、良い感じに口へ流して貰った。
「あの、大丈夫ですか?」
「この薬ね、小瓶一つ分は飲まないと意味がないんだけどめちゃくちゃ不味いの」
はぁ、と芥川君は僕を見て少し困っていた。
不味いと顔が歪んだりすると思うけど、この薬はもう反応できないほど不味い。
でも効果は確かだから、すぐに傷は塞がってきた。
「凄いですね、その薬。流石は英国軍異能部隊の専属軍医といったところでしょうか」
傷が治るのに疲れて動けないから、今のうちに説明することにした。
敦君達と分かれてアリスと戦ったこと。
そして、聖剣“ヴォーパルソード”のこと。
「異能を斬る剣……!?」
「因みに、人を殺すためには鈍器として使うしかないよ」
「取り戻した異能は“鏡の国のアリス”だけ。しかも、その時はどちらも使用不可の筈では?」
鈍器ってところ無視されちゃった。
じゃなくて、確かに芥川君の言う通りだ。
「もしかしたら聖剣は異能空間に入れてたつもりだけど、どこか時空の狭間とかなのかもしれないね」
“ヴォーパルソード”はそれでいい。
問題は僕本来の異能だ。
今も“不思議の国のアリス”は戻ってない筈なのに、異能力が使えた。
普通に考えたら二つではなく一つにまとめられた。
でも──。
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもないよ」
アリスなら何か、知っているのだろうか。
「さて、足を止めさせて悪かったね。骸砦は僕達が元いた方だし、ついでに二人の様子も見てみようか」
「……ルイスさんは、人虎と鏡花が己の異能に負けたとは考えないのですか?」
芥川君も、多少は気にしているのだろうか。
一応、好敵手と元部下だし。
「このぐらいの時間で死ぬなら、とっくの昔に君に殺されてるよ。そうだろう?」
芥川君は結構な時間悩み、小さく肯定した。
🍎🍏💀🍏🍎
まだ戦っていると思っていたが、パイプに囲まれた敷地には静けさが戻っていた。
無事に異能を倒せたのだろう。
「……大丈夫?」
「問題ありません」
僕も結構ダメージを受けているが、芥川君も傷だらけだ。
元から身体が弱いこともあって、少し苦しそうに呼吸をしている。
「……ルイスさん」
ふと、霧の向こうから声が聞こえた。
少し歩を進めれば、敦君と鏡花ちゃんがいる。
鏡花ちゃんの着物は少し汚れているが、大きな怪我はなく見える。
問題は敦君かな。
「……お前も異能力が戻ったのか」
芥川君はわざわざ敦君の目の前に立っていた。
この場にいる全員が自身の異能と戦い、勝利を収めた。
しかし、敦君の傷は塞がることなく血が流れる。
虎の治癒能力が戻っていないのだ。
「どうして僕だけ、戻らないんだろ?」
「愚者め。まだ判らぬのか!」
突然の罵倒に、敦君の身体がこわばる。
この感じ、まだ判ってないな。
「……何だ」
敦君は茫然と呟く。
「何なんだ!」
苛立ちと、焦燥感。
敦君の纏う気配を横目に、芥川君は外套を揺らめかせ骸砦へ向かい始める。
「芥川! どういう意味だ!? おい!」
「……。」
どれだけ敦君が怒鳴ろうと、芥川君は振り返らない。
そして、霧の中へ姿を消してしまった。
それまで黙っていた鏡花ちゃんも、きゅっと唇を引き結んで敦君へ話しかける。
「怪我が酷い。貴方は此処で休んでいて」
「え?」
ぽかん、と口を開ける敦君。
鏡花ちゃんは芥川君と同じ方向へ歩いていく。
「……鏡花ちゃん?」
「黙っててごめんなさい……知られたくなかったの」
「何を?」
「携帯で動く夜叉白雪を」
僅かに躊躇ったあと、ちらりと敦君の方を鏡花ちゃんは振り返る。
「本当は嫌いたくなかったことを」
二人の会話を見届けてから、僕は踵を返す。
向かうは、骸砦とは真逆の方向。
「多分、そろそろだよな」
白い霧に囲まれた中、見えない星空へ手を伸ばしながらそんなことを呟いた。
骸砦で咆哮をあげる、紅き龍。
少年は大空を目指して歩いていく。
次回『少年と紅き龍』
改めて空を見ると雲はなく、澄み切った夜空に浮かぶ月はただただ美しい。