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ココロのない君
あなたは誰ですか?/私も貴方を愛しています。
「ねぇ、ニア。」
僕は、とてもきれいな姿勢で座っているニアを見つめる。
「とてもユニークで、誰かを喜ばせたり、笑わせないと気が済まない人間の事、君はどう思う?」
ニアはゆっくりと瞬きをしてから、一泊置いて答える。
「わからない。ですがとても、責任感が強いと思います。」
想定した回答が返ってきた。
「そっか。」
少し間を開けて次の質問を投げかける。
「じゃあさ、ニア。」
「人とのペースの違いを気にして、一気に駆け足になってしまう人の事、どう思う?」
ニアはまた少し間をおいてから答える。
「わからないです。」
「そうか、少し難しかったかもね。」
「…はい。」
「よし、昼ご飯にしよう。」
僕は長時間立っていることが難しいからニアに作ってもらうしかないけれど。
僕の代わりをしてくれて、家事などをやらせてしまっているのがとても悔しいと内心では思っている。
でも、無理なものはしょうがない。
キッチンからはニアが調理している音が聞こえた。
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昼食を食べて、今は自室でゆっくりしている。
斜め後ろにはニアが座っている。
何かあった時のためにといてくれるのがニアだ。
「ねぇ、ニア。」
振り返らずに本を読みながら言う。
「笑顔でいられるのが当たり前だと思っている人のこと、どう思う?」
ニアは黙って俯いているだろう。
きっと、回答に困っているか必死に頭の中から探しているのだろう。
これを作った時の僕はそういう感性をプログラムしていない。
だからニアは頭で探して、探して見つからないのに探しているのだろう。
「僕はね、」
僕が口を開いた瞬間にニアが思考を一瞬中断した様な気がした。
「僕は傲慢な人間だと思うよ。」
「いつまでも、この生活が続くわけがないから…」
ニアはあまりピンと来ていない様な複雑そうな顔をしている。
「人の気持ちは、いつでも私の計算を狂わせてしまいます。」
「そう言うものなのでしょうか。」
答えが見つからない質問を投げかけたのはこれで3回目だからか、ニアはやっと意見を言ってくれた。
「そういうものだよ、ニア。」
「君はまだわかっていないんだ。」
そう、まだニアは’‘ニア’‘のままだから。
「ニア、僕は君を信じているよ。」
「…はい。」
「君にはできると思う。」
「だって君は、とても優しいから。」
心のないニアに問いかけた訳にはしっかり理由がある。
初めてニアと話した時、まずはご飯をお願いした。
ニアは返事をしてキッチンに向かって調理をした。
初めて出てきたのは味噌汁に鮭と言う、意外と簡単なものだった。
けれど、その味は確かに暖かかった。
それにニアにはしっかり体温がある。
手を握った時に、僕より暖かかった。
僕が単純に低体温だからかもしれないが。
AIだけれど、内部の構造も気持ちもなるべく人間に寄せる様に頑張った。
ニアには純粋に人生を楽しんでほしいから。
「|永遠《えいと》さんが何を考えているかが理解できる様になるため、私も頑張ります。」
「うん」
僕はその言葉に満面の笑みで返した。
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次の日、また他の質問をニアにした。
今回は僕のことだ。
「ねぇ、ニア」
「はい、なんでしょう。」
「昔夢に出てきたことが今児現実になっていたらどう思う?」
ニアは一瞬黙り込んだが、すぐに口を開いて答えてくれた
「それは、予知夢や正夢の類でしょうか。」
「だとしたら、とても奇跡的なことだと思います。」
ニアは、あれから僕の質問や問題にきちんと返すようになった。ニア自身も変わろうそしてくれて嬉しい。
「そっか、そうか…。」
この質問をした理由は僕がこの光景を見たことがあるからだ。もちろん、そこにはニアもいた。
多分、夢にでも出てきたと思ったからだ。
そんなことを考えていたら、咳が出てきた。
咳は止まらなくて、とうとう吐血してしまった。
ニアは、ぬるま湯につけたタオルを持って走ってきた。
僕の手を拭いてくれるニアの手は、僕よりも震えていた気がした。
「ニア、僕はもうそんなに長くないんだ。」
「…」
「ニア、僕があの問題を出したのには意味があるんだ。」
「意味、ですか…」
ニアは頭の上に疑問符を浮かべながら答える。
「君はとても優しい。」
「だから感情についても知れると思ったから。」
「君を信じている、君にはこれからも生きていてほしい。」
「だから、君にたくさんの問題を出した。」
「君を愛している、僕はいなくなってしまうけど、君には生きていてほしい。」
鈴れた声で僕はいう。
「僕の机の上に手紙を置いいてある。」
「時間があったら読んでくれ。」
ニアは、涙を流して見送ってくれた。
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『ニア、君を置いていってごめん。少しでも生きやすくしてあげたくてたくさんの問題を出してしまった。あの問題は全部僕のことなんだ。だから、あんなふうに褒めてくれて嬉しかった。ありがとう。
ニア、君のことを作ってからずっとこう呼んでいた。でも、ちゃんとした名前をつけようか。ニアという名前は、英語で近いを意味するんだよ。僕に一番近かった存在だからニアと呼んでいたんだ。その音は残しておきたいから|丹愛《ニア》という名前はどうだろうか。ありのままの愛という意味があるんだ。気に入ってくれたら嬉しい。これから、君はちゃんと生きていってほしい。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと充電してほしい。充実な生活を君には送ってほしいんだ。
君は、とても優しくて温かい。初めて起動した時に、僕の名前を尋ねてくれたね。その後に握ってくれた手が、僕が低体温だからか、とても暖かかったよ。君は、もっと自分に自信を持っていいから。
ねぇニア。僕のことをずっと覚えていてくれるかい?僕はもう君の元へは帰れない。けれど、君の中では生きているから、忘れないでくれ。ニア、ありがとう。
ココロのない君に、眠らない君に、この1通の手紙を送るよ。』
ニア/夏代孝明