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【第1話】ほんの冗談のはずだった
今日も自分のデスクの前で、PCとにらめっこしながら
急に振られた超重要書類の作成をこなす、どこにでもいる
ブラック企業勤めの男、それが俺。
彼女は出来たことないし、かといって彼氏もできない。
女の子に告白すると、決まって言われるのが身長と顔について。
「朔太郎くんは...美形だけど、その...女顔じゃん?背も167って、
男にしては低いじゃん。だから、異性として見たことがなかった」
ガツーン、後頭部をレンガか何かで勢いよく殴られた気分だった。
もっと大人になれば、俺だって男らしくなれるはずだ。
そう思ったものの、32歳になった俺、女顔。
背はなんとか170cmにまで伸びたものの、そこから伸びる気配はなかった。
別に男と付き合うのも悪くはないかな、と思い
好みの男を探してみる方向に舵を切ったものの、
本物のゲイは男らしい漢を好むことを知り、あえなく撃沈。
そうやって、ここにはただの社畜32歳童貞処女独身の男だけが残された。
そんな時、何を思ったか昔の俺は女装セット一式を買ってみた。
それくらい女顔なんだったら、自分好みの女の子に女装して
鏡を見ればお得じゃないか。そう思ったのだ。
結果、割といいじゃん?俺いけるんじゃないか?となり、
32歳の社畜男の趣味が女装とかいう、頓珍漢な現象が起きた。
問題はここからだ。
その日、俺はひどく酔っ払っていた。
仕事のミスをすべて俺のせいにされたのだ。
原因は、書類のデータを誤って消去した新入社員だったのだが
社長にコネがあったそいつを上司は庇い、代わりに都合よく
俺に全責任を擦り付けてきやがった。
仲がいいやつは、俺が冤罪を吹っ掛けられたと察してくれたが
そうじゃないやつからの非難の視線が苦しい。
忘れたくて何杯も飲んだ。
いっそ終わりでもいいんじゃないか?そう思って、瓶入りの睡眠薬を買った。
これをただ飲むだけじゃ面白くない、酔っ払った俺はそう考えた。
そうだ、よく高校生くらいの女の子がやっているように、
俺も女装してOD配信でもしたら面白いんじゃないか?
自分の女装はうまい自信があり、あわよくば承認欲求も満たされるのでは。
そう思い、俺は女装をして、適当に大手配信アプリに登録し、
酒でよく回らない頭で配信を始めた。
そういえば俺、女声とか出せるかな。
最悪喋らなければいいか。と、始まってから考える。
《やくちゃん、始めまして!可愛いね!何歳?》
最速でコメントが付いた。ちなみに俺のアカウント名は”やみかわ少女やく”。
今思えばこんなダサい名前にしなければよかった、と感じる。
酒の力というのは恐ろしいものだ。
しかし、このコメントどう返すべきか。
無視は感じが悪い。せっかく可愛いって言ってもらったんだから、
聞かれたことには答えるべきだ。32歳です、以外で。
「コメントありがとう、お酒は飲めるよ〜」
ええいままよ、そう思いながら言った一言。
自分でも驚くほどに、女性的な細くて甘い声が出た。
俺ってこんな声出せたのか、と衝撃で少し酔いが覚める。
もっと早くに気がついていたら、ゲームでキャリーされまくりだったのにな...
と、しょうもないところで後悔する。
《お酒飲めるの!?高校生に見えるよw》
《可愛いね、もっと顔見せて》
いつの間にか同接数は増え、コメントも増えてきた。
下心丸出しなコメントでも、承認欲求が満たされて嬉しい。
人がたくさん見ている中で、俺は今からODする。
そもそもそれ目的で始めた配信だし、今見ている人も
それが目当てでやってきたんだろう。
俺は机から睡眠薬の瓶を取って、配信に映る場所に置いた。
《ktkr》
《パンツ破いた》
《オデ美少女のODすき》
これを全部飲んで死ぬのも悪くないと思ったが、話が変わった。
俺は配信者になりたい。上司は俺のことを認めてくれなかったが、
ネットのやつらは俺のことを認めてくれる。
今だって俺が薬キメるのを画面の前で待っている。
俺を見るためだけに、こんな時間まで起きてる。
この広い世界で、俺だけを見ている人間が何千人もいる。
「見ててね、お前ら」
一度に10錠、口の中に放り込んだ。
水もなしに、暗い部屋の中でばりぼりと睡眠薬を貪るその姿は、
多分きっと異常。
《かわいい》
《それ水無しでもいけるやつ?》
《結構いったwwwww》
《おれと結婚しよう幸せにしてあげる》
《次メイド服着てやって》
《過激だな》
でも、俺がこうすることで喜んでくれる人がいる。
普段の仕事で、人に喜んでもらえたことなんてなかったのに。
その後、落ちてくる瞼と、酒とODの影響でくらくらする頭で
なんとか配信を切った。
最終的な同接は、5000人。
初めてでこれは、かなり良い方なのではないか。
そして俺はもっとやれるはずだ、これで稼げるようになって、
あんなクソ会社やめてやる。
とまあこんな流れで、今の俺がある。
32歳童帝処女独身男、職業はブラック企業のサラリーマン。
副業は登録者数10万の美少女病み系配信者。
最初の配信があれだったのを逆手に、後日からは健全な配信をしてみた。
するとそれが「この子があんなことしてたの良い」的なギャップ萌えに繋がり、
見事大量のファンをたった数日で獲得した。
多分俺はこのために生まれてきた。
女みたいな顔も体格も、実は出せた女声だって。
そして見返してやる、今まで俺を見捨てた奴らを。
やみかわ少女やくとは:
突如配信界に現れた面が良い美少女。
最初の配信はOD配信と過激なものだったが、
次の日からはまったく健全な配信をし始めた謎の少女。
お酒は飲めるらしい。
ファンからの呼び名は”やっちゃん”。
《ネットニュース抜粋》