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【曲パロ】少女レイ
リックエッスト。
カン、と冷ややかな音が教室に響いた。
俺の目の前には|玲綺《たまき》の机。木の模様が色濃く残るそれの上には、真っ赤な花瓶が置いてある。
生けてあるのは、菊の花。
置いたのは、俺。
ふう、と緊張のため息が漏れる。
置いた。置いてしまった。これで俺は引き返せない。|玲綺《たまき》には嫌われるだろう。きっと、二度と口を聞いてもらえない。
でも、仕方ないよね。
君が悪いんだから。
口元を歪める俺の耳に、声が滑り込んできた。
「…キミハトモダチ」
---
「っ”!?っは…はぁ…げほっ……」
じっとりと気持ち悪い汗が背中を流れる。額に張り付いたべたべたの髪を荒くはらって、俺はゆっくり体を起こした。
まただ。またこの夢だ。毎日見る、嫌な夢。毎夜毎夜花瓶を置いて、耳元にあの声がぬるりと入るところまでがワンセット。
「…っあ…ぃ、行かなきゃ…」
半ば夢の中にいるような状態で、ぽつりと呟いた。
汗で濡れた服を取り替え、朝食も食べずに家を出た。気遣わしげな母の見送りが今は鬱陶しい。自転車のペダルに足をかけ、ゆっくりと漕ぎ出す。毎日乗っているそれは、大した抵抗もなくするりと車輪を回した。
俺の家の隣にある桃色の一軒家が、妙に大きく見える。《《今日も》》、俺はその家の前を通らないよう、遠回りなルートを選んでハンドルを切った。
ーーーあの家の前を通ったら、まだ、線香の匂いがするから。
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--- 九月。それは、学生にとっての節目です。 ---
--- あるものは、恋をしたり別れたり。 ---
--- あるものは、友との絆を確かめたり。 ---
--- 大小の差はあれど、変化が訪れます。 ---
--- そして、九月というのは。 ---
--- いじめられっ子が負ける日でもあり。 ---
--- いじめっ子が|標的《ターゲット》を変える日でもあります。 ---
--- そして、とあるクラスでは。 ---
--- 気弱な女の子が、次の|標的《ターゲット》になりました。 ---
--- 白羽の矢がわりの真っ赤な花瓶。 ---
--- 置いたのは、彼女の親友でした。 ---
--- いじめる側を選んだ、親友《《だった》》子でした。 ---
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「……っとと」
突然吹いて来た強い風にあおられて、自転車はあっという間にバランスを崩した。慌てて足をブレーキがわりに止めようとするも、コンマ1秒遅い。なんとか自転車が倒れるのを防いだものの、ザリザリと嫌な音を立てて片足が地面を擦った。
コンクリートで破れたのだろうか。
ズボンに切れ目が入って血が滲んでいた。
じくじくと傷が痛む。ぶわっと流れ出た血がズボンに赤い花を咲かせた。
ーーー|玲綺《たまき》は、もっと痛かっただろうな。
俺は自転車を立て直してまた漕ぎ出した。
無視したのは、足の痛みではなく胸の痛みだったと思う。
---
--- ある夏の日のことです。 ---
--- 親友は、教室の前で足を止めました。 ---
--- 女の子の悲鳴が聞こえたからです。 ---
--- 中では、いじめっ子が誰かを囲んでいました。 ---
--- 中にいたのは|玲綺《たまき》でした。 ---
--- |玲綺《たまき》は、今にも泣きそうでした。 ---
--- 突然、いじめっ子がナイフを取り出しました。 ---
--- 身をよじる|玲綺《たまき》を押さえつけて。 ---
--- いじめっ子は、|玲綺《たまき》のスカートを。 ---
--- びりりと、破りました。 ---
--- その姿は、まるで。 ---
--- 獲物に爪を突き立てる獣のようでした。 ---
--- 親友は、たまらずその場から逃げ出しました。 ---
--- |玲綺《たまき》の高い悲鳴が、夏の空気を裂きました。 ---
--- ある夏の、美しい青空の日のことです。 ---
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自転車は、俺に従って迷いなく一点を目指して進む。どこまでも素直に、どこまでも真っ直ぐに。
道の脇に公園が見えた。見覚えのある公園だった。
あの子と遊んだ、あの公園。砂場の砂が細かくて、トンネルが作りにくかったっけ。ブランコの座るところも小さくて、落ちそうだ落ちそうだときゃあきゃあ笑い合っていた。
幼い頃の憧憬がよみがえり、目が自然と公園を追いかける。だが、今乗っている自転車は俺の意向に反して、真っ直ぐに公園のそばを通り過ぎた。
自転車はやっぱり真っ直ぐに走った。
まるで、俺を逃さないと言わんばかりに。
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--- 幼い|玲綺《たまき》は、幼い親友とよく遊んでいました。 ---
--- 「ねぇレイちゃん、あそぼ!」 ---
--- 「っわたしのなまえはれいじゃないもん」 ---
--- 「だって…読めないんだもん」 ---
--- 「わたしのなまえはた・ま・き!」 ---
--- 「レイちゃんのほうが、かわいいよ!」 ---
--- 幼い|玲綺《たまき》は、レイと呼ばれるのが嫌でした。 ---
--- 幽霊みたいだからです。 ---
--- でも、可愛いと言われた|玲綺《たまき》は。 ---
--- はにかみながら、にっこりと笑いました。 ---
---
ーーー着いた。
キキキ、と小さなブレーキ音と共に自転車は動きを止めた。
到着したのは、踏切だった。威圧的な遮断機が、ちょうどカンカンカンと騒音を振り撒きながらバーを下ろしたところだった。
そして、踏切の脇にはぽつんと花束が捧げられていた。
ここは、|玲綺《たまき》が死んだところだ。
俺は、|玲綺《たまき》を追い詰めたいわけじゃなかった。
ただ、また俺を見て欲しかっただけなんだ。
ただ、俺を頼って欲しかっただけなんだ。
ただ、また友達になりたかっただけなんだ。
幼い頃は一緒によく遊んでくれたのに。笑って話してくれたのに。君は俺のものだったのに。
今は俺に見向きもしなくなって。笑顔は知らないやつに向けて。誰かのものになって。
俺がピンチを救うヒーローになればまた振り返ってくれると信じてた。ピンチを作り上げるために苦手ないじめっ子たちに取り入って、そそのかして、次の|標的《ターゲット》を|玲綺《たまき》にするよう仕向けた。
あとは、|玲綺《たまき》が俺に話しかけるだけだった。
君が助けを求めるなら、何を犠牲にしても助けたのに。
なんでだよ。
なんで勝手に死んじゃうんだよ。
「なんでッ…?」
俯いた俺を尻目に、俺の声は遮断機の向こう側へとゆっくり流れていって消えた。
その時だった。
「…アハハ」
あの子の声が、聞こえた気がした。
いや、気がしたんじゃない。聞こえる。
あの子の笑い声が、確かに。
顔を上げると、さっきまではいなかったはずのものがあった。
スカートがビリビリに破れた制服。
踏切の向こう側の景色が薄く透けた体。
そして、カバンについているキーホルダーは。
幼い俺と買った、お揃いのもの。
遮断機を挟んで、|俺《コノヨ》と|玲綺《アノヨ》が出会った。
|玲綺《たまき》は、ゆっくりと微笑んだ。こっちに来てと言われた気がして、俺は思わず叫ぶ。
「レイちゃんっ!!」
その時にはもう、俺の足は動き出していた。自転車を乱暴に倒し、《《遮断機を超え》》、|玲綺《たまき》に駆け寄る。
「レイちゃん…会いたかった…!!」
そのまま抱きしめようとする俺を遮るように、|玲綺《たまき》はサッと手を動かした。
そして、俺を指差して、動きを止めた。
え
なんで
ゆびさして
なんで
ずっと
わらってるの
あれ
でんしゃ
まぶしい
ーーーぐちゃり。
---
--- 女の子は、彼を見下ろしていました。 ---
--- 彼《《だったもの》》を見下ろしていました。 ---
--- 彼は、結局最後まで謝りませんでした。 ---
--- ただ身勝手に、彼女を求めただけでした。 ---
--- 昔から、そうでした。 ---
--- 女の子を自分のものと決めつけて。 ---
--- 危険があれば見捨てて。 ---
--- すぐに、何食わぬ顔で戻って来て。 ---
--- 女の子は、ずっと ---
--- 彼に、本当の意味で親友になって欲しかった。 ---
--- 肉塊となった《《親友》》を抱きしめて、 ---
--- 女の子は、笑いました。 ---
--- 頬を、一筋の涙がこぼれ落ちました。 ---
…うーん
いいやR18じゃなくて。
遅くなり大変申し訳ございませんでした。
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