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飛行機雲
これはきっと、四季の魔法。
1月6日
今日は私の誕生日。
ここまでずっと一緒だった幼馴染から告白をされた。
びっくりしたけれど、嬉しかったのでイエスと答えた。
今思うと、ここからすでに電車は線路から外れていたのかもしれない。
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4月19日
会社から家に帰る途中に通る踏み切りで人身事故があったらしい。
帰りに通ろうと思ったら当たりは血まみれで怖かったから通るのをやめて
その日は遠回りをして帰った。
なんか、不吉なことが続きそうな予感がして怖い。
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4月30日
今日、藍人から久しぶりに会わないかと誘われた。
そろそろお姉さんの命日だから、と、言葉を添えられて。
そうだったな、鈴奈さんの命日がもうそろそろ来る。
毎年、お墓参りには行っているけど
鈴奈さんはきっと私を許していない。
あの日のことは、私も忘れてはいけない。
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5月11日
藍人と2人で鈴奈さんのお墓参りに行った。
16年間続けてきた謝罪の言葉もしっかり心を込めて伝えられたはず。
毎年同じことを言っているから、私ももう言葉を覚えてしまった。
本当にごめんなさい、鈴奈さん。
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5月27日
仕事が忙しくなってしまって、あれから藍人とは会っていない。
それに、これから私も忙しくなるし
多分、遠出することが多くなると思う。
私の仕事は出版社で主に作家さんとの話を練ったりする仕事だ。
この時期は夏に関するテーマの本が多く出版される。
だから私の会社も当然忙しくなる。
なるべく電車には乗りたくないな。
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6月2日
今日、藍人に電話で仕事が忙しいと言うことを伝えると
笑って頑張れと言ってくれた。
その言葉だけでも頑張れる。
そういえば、最近同じ電車のホームで藍人らしい人を見つける。
藍人もどこかへ行っているのだろうか。
まあ、人混みでそれどころではないけどね。
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私の部屋に置きっぱなしだった日記を読み終える。
こんなに危機感がなかったのか私は。
あの日、気色の悪い音を立てて潰れた私の一部。
私の真横にあるその一部。
潰れているのは一部だけだが、全体的に変色もしていて
さらに気味の悪さが増している。
触ると崩れそうでとても醜い見た目だ。
近くにいたくないので会社に向かう。
あの日のあの瞬間はとても静かだった。
絶対に静かになるはずのない場所なのに、
とても、とても静かだった。
誰がこんなことを望んだのか、何のために仕組んだことなのか、
私はすでに見当はついている。
多分、その鬱憤を晴らすために最後まで消化しきれなかったんだろう。
まぁ、仕組んだ相手が道徳とはかけ離れたところにいるから
さらに消化ができなかったんだろう。
きっと、あの時私にくれた言葉だって
浅い浅い言葉だったんだろう。
それにきっと裏では他のことを考えていたんだろうし。
あの場所を不穏な色に染めておきながら、
私にかけた言葉さえ嘘だったなんて。
もうきっと死神も天使も神様でさえ涙を流すだろう。
その時、なにかレースでも始まったかのように踏み切りが無機質な音を立て始めた。
久しぶりの音だな、と流れそうな涙を堪えるために空を見上げると、
そこにはどこか整わない形の飛行機雲が浮かんでいた。
飛行機が咳き込みそうなほどにぐちゃぐちゃしている。
『馬鹿』
気づいたら小声でそう言っていた。
あの日からもう何度呟いただろう。
閉じ切った部屋の中で、何回もこの言葉とあの時の言葉を反芻していたのだろうか。
数え始めたらキリがない。
ようやく踏み切りのバーが上がって渡れるようになる。
今のうちに、この景色を目に焼き付けておこう。
いつか忘れてしまうから。
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今日は昔藍人と鈴奈さんと遊びに行っていた公園に来てみた。
あの時遊んでいた遊具ももう草臥れていて、随分とボロボロになっていた。
その前の道路には花束が添えられていた。
見ているのが辛くて目を背けてしまう。
あんなに綺麗でも、多分すぐに枯れてしまう。
少しベンチでゆったりしたら、少し急ぎめに家に戻った。
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私の体は侵食されているのだろうか、思い出たちに。
場所を巡る度に数々の思い出がフラッシュバックしてくる。
形のないものなのに。
その日見た夢は予知夢のように火葬されている夢だった。
冬の日の真っ白な場所の中、真っ赤な炎に燃やされる夢。
それを見ている藍人はなんとも言えない表情をして白い息を吐いていた。
その息はすぐに雪に覆われてしまい消えていたけれど。
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明希と姉ちゃん行った場所は楽しかった。
どこにでもある公園ですら楽しく思えていた。
今では公園なんて嫌いだ。
心を抉られたような感覚が全身を襲って気持ち悪くなる。
あの時の姉ちゃんと明希はこれまでにないくらいに気持ち悪くて綺麗事の集大成のような言葉を交わし合っていたようにしか聞こえない。
俺は、絶対にあの2人のような人間になんてならない。
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あの日から1年。
きっとあの人は今日ここにくる。
私は許さないから、今日ここで全てを終わらせるから。
レースの終焉を告げる様に踏み切りが鳴り、駅のホームにだんだん電車が近づいてくる。
空には、あの日と違って綺麗に溶けていく飛行機雲が浮かんでいた。
私は、タイミングを見計らって透明な手を前に押し出した。
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ここは現世の境界。
あなたはやっぱり泣いていた。
愚かだなぁ。
最初からあなたがこんなこと図らなければ平和に解決したのに。
「明希がやったのか?」
ぐちゃぐちゃな顔であなたは言う。
「そうだよ、私がやった。」
「こんなことして、悲しさや寂しさは残らないのか?」
「残らないよ、鈴奈さんの件は本当に申し訳ないと思ってる。」
そう、16年前の5月。
あの公園で道路に飛び出してしまった私を当時中学生だった鈴奈さんが救ってくれた。
おかげで私は生き延びれた。
鈴奈さんは、私のせいで死んでしまった。
そして6月6日。
鈴奈さんを火葬した16年後の日、
私のことを駅のホームから突き落としたのは藍人だ。
私は藍人に復讐するために、幽霊になっていた。
私に好きだと伝えてくれたことも、仕事を応援してくれたことも、所詮は全て綺麗な嘘だったのだから。
それだけは許せなかった。
鈴奈さんの件でいくら憎まれたっていい。
でも嘘だけはついてほしくなかったから。
彼女の正義に溢れた行動に泥を塗って欲しくなかったから。
「ねえ藍人、どうしてあんなことをしたの?」
少し黙り込んで藍人が言う。
「お前らみたいになりたくなかったからだ。」
「綺麗事と正義に溢れたお前らになりたくなかった。」
藍人はもう壊れてしまっている。
何を言っているかわからない。
「鈴奈さんのしたことは素晴らしいこと。私だけがよくないことをしていたのかもしれない。」
「だから、お前らなんて言うな。」
一応強く訂正して、彼に告げる。
「あなたはきっと地獄行き。私は成仏されるかもね。」
「真っ向な嘘をついたこと、まだ許してないよ。」
私の体がだんだんと消えてゆく。
「じゃあね藍人。」
きっと6月は一番美しい月だ。
泥を塗られてもなお美しいんだろう。
あの飛行機雲が全てを物語っていた。
鈴奈さん。美しい彼女が火葬されたのも、
醜い私が殺されたのも、こんなに残酷な彼が死んだのもこの月だったのだから。
私は踵を返して彼に言う。
この音のしない、綺麗な透明の駅のホームで。
『また会いましょう』
私は目の前のホームに飛び込んだ。
2度目の自殺で、今度は完全に意識を失い戻ることはなかった。
間違っていなかった。
1年かけて返したこの借り。
16年間抱えてきた謝罪を四季の魔法が全て打ち解けさせてくれた。
私は冬に遺体が見つかり火葬された。
ほぼ腐っている状態で見つかったが、心優しい近所のおばさんが丁寧に火葬をしてくれた。
とても優しい人だったなぁ。
幽霊で見えた藍人が、なんとも言えない目でこちらを見ていた。
参考/とても素敵な六月でした。