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「メンヘラ彼女」
メンヘラとヤンデレって見分けつかない。
俺が一度どっちにもなってみるべきだろうか。
「つーくん今日も遅かったね。どこ行ってたの?」
恋人の|希空《のあ》はそう聞いて来た。包丁を持って。
つーくんこと僕、|星野《ほしの》|月兎《つきと》は内心またかと思う。毎回彼女は僕を疑う時に包丁を持ち出してくるのだ。ワンパターンすぎる。せめて次はカッターにしてくれないだろうか。
とはいえこの状況で答えないのは馬鹿のすることだ。なんか答えなきゃだけど、こっちもワンパターンじゃつまらないよな。
「聞いてる?
…やっぱアタシなんてどうでもいいんだ。アタシがどんなにつーくんを想っても、つーくんは答えてくれないんだね」
僕が気の利いた返事を捻り出そうと沈黙していると、|希空《のあ》は病的な笑顔で|捲《まく》し立てながら僕ににじりよってきた。ドロリとした|独占欲《アイジョウ》が瞳の中でうぞうぞしてる。
「ごめんね、システムおかしくなって残業してた」
「前浮気したときもそうだったよね?」
ごもっとも。僕には前科がある。それも結構な回数。帰りが遅いことに違和感を覚えるのも当たり前だろう。
「いや、今日は本当に仕事だったんだよ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない。少なくともーーー」
そう言いながら素早く距離を詰め、さりげなく包丁を持つ手を押し下げながら抱きしめた。
「君を愛してることは、嘘じゃないよ」
「…つーくぅん…」
|希空《のあ》の声が柔らかくなり、甘えるように頭を擦り付けて来た。優しくそれを撫でながら包丁を奪う。もう慣れた。
「じゃ、これはもう片付けるね」
「うんっ!」
|希空《のあ》は大きく頷くとトテトテと自分の部屋に戻って行った。
危なかった。
危うく、《《浮気がバレるところだった》》。
「ーーーってことがあってね。危なかったんだ」
「彼女さんメンヘラなんでしょぉ?そんなの実在してるなんてウケるんですけどぉ」
カナコは、全くウケてなさそうな顔でこっちを見た。
今の浮気相手であるカナコは可愛いが、時々愛とはまた違った黒い欲を向けてくることがある。どんな欲なのかは目も向けたくない。ほっとこう。
「それよりぃ、ホテルいこうよぉ」
「ああ、どこにしようか」
僕は携帯を取り出して、近くのホテルを検索し始めた。途中、|希空《のあ》から数回の電話が来たが無視する。電話に出たら、|希空《のあ》がどっからか持って来た|逆探知機《ぎゃくたんちき》で居場所が知られてしまう。
一応、出張の名目で抜けて来たからそれは困るのだ。
ついでにパスワードを変えておく。週3のペースで帰る僕は一般的に異常なのだろうが、念の為というやつだ。
全ては、彼女にバレないためである。
「つきとくぅん、まだぁ?」
可愛らしく口を尖らせるカナコに笑いかけながらぶるぶると震え続ける携帯の電源をぶちりと落として、カナコと腕を組む。
豊満な胸の感触を楽しみながら近くのタクシーを呼ぼうと手を挙げた。
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「じゃーねぇ。お金ありがとぉ!」
僕のお金を大事そうに握りしめてカナコは去っていった。金のつながりとはいえなんだかあっけない。お金ってそんなに魅力的だろうか。
そう思いながら今日も今日とて跡をつける。これをやめれば疑われないような時間に帰れるのだろうが、それでもやめられない。
「…お」
来た。
カナコの前には僕の倍ほどの体躯の男が立っている。カナコはにっこりと笑いながら男にお金を差し出した。さきほど僕があげた、お金を。
男とカナコは二言三言言葉を交わして、腕を組んでどこかに歩いて行った。行き先は多分ホテルかな。
体力すごいなぁ、カナコは。
はぁ、とため息をついて|踵《きびす》を返す。この先を見ても対して面白いことはない。
行く先は僕の恋人である|希空《のあ》のところ。《《希空につけているGPS》》の位置がずんずんこちらへ近づいて来てる。おそらく標的は僕ではなくカナコだろう。どっから嗅ぎつけたのかな?
何はともあれ、ここで突っ立ってるのはまずい。僕は近くの路地に隠れて、恋人が現れるのを待った。少し待つとGPSの通りに姿を見せる。
相変わらずのゴスロリツインテスタイル。ここまで地雷系ファッションだと逆張りを期待してしまうレベルだ。
「…やるか」
多分|希空《のあ》はなんらかの形でカナコのことを知って嫉妬で周りが見えなくなっている。僕が浮気しているという確固たる証拠はないと思うが、状況的にはほぼ確定。
浮気している瞬間を抑えて確信を得ようという|魂胆《こんたん》か。|希空《のあ》の考えが手に取るようにわかった。
ここで出し抜く方法は一つ。舞台は整った。
「それっ」
「ひゃっ!?つーくん!?」
気づかすに僕を追い越した|希空《のあ》の後ろからばふっとバックハグをかましてやった。いや、そんな幽霊を見たような目で見られても。
「なんで…」
「出張が意外と早く切り上がってね。予定が大幅に繰り上がったんだ」
それとも、と魂が抜けたような顔をしている|希空《愛する人》を甘く見つめ返す。
「僕が早く帰って来ちゃまずかった?」
|希空《のあ》の顔が嘘のようにとろけた。首が取れそうなほど首を振る最愛にいい子だと囁いて、頭を撫でてやる。嬉しそうな彼女を見て、僕は完全に出し抜けたと確信した。
そのはずだった。
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一つのメールから全ては崩れた。
家で、妙に帰りが遅い|希空《のあ》からのメールを受け取った。あの子も浮気してるのかな、とか思いながらメールを開封する。件名は、「ねぇ」。
「カナコっていうんだね、この人。
|早く来てね《殺しちゃうよ》?」
ーーーーーあ。
そんな文章と共に、二枚の写真が添付されていた。一枚目は地図だ。ここから15分ほどの深い山に赤いピンが立っている。
そして、二枚目が。
縛られ、猿ぐつわをかまされた女。
顔は見覚えがある。
間違いなくカナコだ。
僕はかばんを引っ掴んで車に乗り込んだ。
最初から警察に行くという選択肢はない。誰かに相談する必要も無さそうだ。
行く先ははっきりと決まっている。
山は車でもぎりぎり入れた。入り口にはロープが貼られていない。不用心だなと思いながらも迷いなく先へ進む。
ピンが示していた場所には、黒いワゴン車があった。写真の背景はおそらくこの車。そんなに遠くに入っていないだろう。
よく耳を澄ますと、かすかに女の金切り声が聞こえる気がした。それを頼りに、草をかき分けて歩く。
数分歩いていると、突然視界が開けた。
月明かりが2人を照らしていた。
縛られて涙目になっているのがカナコ。そしてその後ろで黒い服にハンマーという物騒な格好をしている|希空《のあ》。誰がどう見たって通報案件だ。
「つーくんの負けだよ?」
助けてぇと叫ぶカナコを蹴り飛ばして黙らせながら|希空《のあ》は微笑んだ。かくれんぼの鬼をしていた子供が、他の子供達を見つけたときのようだった。
だから、僕は同じようにするだけだ。
「ああ」
「すごいな、こんなに早いとは思わなかったよ」
「でしょ?つーくんったら、またセキュリティ厳しくしたから大変だったのー!」
「バレないために必死だったからなぁ」
「でもでも、アタシの愛の方が強かったってこと!」
「そうだな、今回は完敗だよ」
すごいねと頭を撫でると|希空《のあ》は顔を蕩けさせた。今にも抱きついてきそうだが、まだことが終わっていないので我慢しているようだ。帰ったら今日は寝れないだろうな。
まだ撫でながらカナコの方を見やると、目を輝かせ僕を見ていた。僕が地雷女をうまく止めたのだとでも思ったんだろう。
可哀想に。
「で、《《こいつ》》どうすんの?」
「もう用済みだから捨てちゃっていい?」
「うん、君の好きにしていいよ」
やったー、とくるくる回りながら喜ぶ彼女をカナコが混乱した目で見ている。まだこの状況を理解してないのか。|頭の悪い《バカな》女というのは困ったものだ。
「…っえ、つきとくん…??早くぅ、縄ほどいてぇ…??」
ぐるぐると焦点が定まらない目で僕を見てくる。何か言葉を返そうと口を開いた、が。
「|テメェ勝手に口開いてんじゃねぇよ《ころすぞ》」
彼女は容赦なく、ハンマーを振り下ろした。
耳をつんざくような悲鳴が山に響いた。どうやら手を潰されたらしいが、それにしても不快だ。ばさばさと鳥が逃げるほどの金切り声に僕は思わず耳を押さえた。
「うるさいなぁ。早く終わらせて帰ろう、|希空《のあ》」
「うんっ!…じゃあ、見ててね?」
アナタが浮気したから、この人は死ぬんだよ?
にっこりと笑ったままの|希空《カノジョ》の声が聞こえた。
|希空《のあ》はまたハンマーを持ち上げて。
そして、無作為に振り下ろす。
肩に当たる。
持ち上げる。
振り下ろす。
足に当たる。
持ち上げる。
振り下ろす。
肩に当たる。
肉が潰れる。
骨が折れる。
声が漏れる。
血が流れる。
頭に当たる。
人間が死ぬ。
終わり、とばかりに彼女はハンマーを振った。びちゃりと血飛沫が舞い、鉄臭い匂いがあたりに充満する。
「…帰ろっか、つーくん?」
「ああ、帰ろうか」
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【速報です。山内県河野原市XX山中で身元不明の遺体が発見されました。遺体は損壊が激しく、警察は殺人事件と死体遺棄事件として捜査をするとのことです。】
数日後、朝のニュースであの女のことが報道されていた。発見も思ったより遅かったし、まず僕たちが関連づけられることはないだろう。朝っぱらから見たいニュースではないが。
これが流れるたびにあの光景が蘇るのはイマイチだ。ご飯が美味しく無くなる。
「つーくん、なに考えてるのー?」
「ん、君のご飯は今日も美味しいなって」
「えへへ、そうかな?」
口元をだらしなく緩ませながらテキパキと料理を運ぶ様はまさに良妻だ。顔も可愛いし、あの欠点がなければ普通にモテてただろう。
実際僕も彼女の容姿に惹かれて付き合い始めた。今までずっとくっついたり別れたりと長続きしなかったから、どうせすぐ別れるんだろうなと思っていた。
なのに。
僕に馴れ馴れしく接して、挙げ句の果てに|希空《のあ》に別れてくれと詰め寄った女はあっさりと殺された。
呼び出されて見せられた血まみれの|肉塊《ニンゲン》に絶句していた僕に、|希空《のあ》は微笑んだ。
「|つーくん《ダイスキナヒト》が大好きだから、やっちゃった!」
その時、僕は初めて思えたんだ。
ああ、愛されてるなって。
僕は、こうして初めて誰かに愛されたと確信できた。
それから俺は彼女に愛されてることを自覚するために、何度も浮気を繰り返した。相手が確実に殺されるとわかっていながら、何度も何度も声をかけた。
全ては、愛されるために。
彼女は彼女で僕のどこに惹かれたのかわからないが、くっついて離れない。僕たちは誰よりも、何よりも、最高に相性のいいカップルだ。
【警察は情報提供を求めています。情報提供はこちらまで。090ーXXXXーXXXまでーーー】
ブツリ。
さっきからうるさいテレビを消す。あの女のことで煩わされたくない。なんという名前だったか、カナタ、カヤコ、タナカだったっけ。
《《そんなことも今となってはどうでもいい》》。
《《今はただ、愛する人と一緒にいたい》》。
「つーくん、大好きだよ」
「うん、僕も愛してるよ」
僕たちは今、幸せだ。
最初PG12の予定だった。通報されるのは勘弁なんで一応R18にしておく。
でももうちょいグロくてもよかったな。ブレーキききすぎたか〜