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今までも、これからも。
「…へ?」
私の口から、間抜けな音が漏れた。
「…は?」
バットを手にしている“彼”も、同じく気の抜けた声を出す。
「これは…一体、どういうことかね」
スイッチ一つしか存在しない真っ白な部屋の中、何とも形容しがたい猫が呟く。
「まさか——人形師が、こちら側の世界に来てしまうとは」
確か私は、ついさっきまで『OFF』というゲームをしていたはずだ。
そうそう…今まさに目の前にいる彼みたいな背格好をした『バッター』と呼ばれるキャラクターを“導いて”いたはず。
彼の背負う、“使命”を遂行するために。
それから…あぁ、そうだ。その使命を果たす直前、私——プレイヤーの存在を知る謎多き白猫『ジャッジ』に引き留められて…
——彼に、『君が行ったのは“浄化”ではなく“破壊”だ』と告げられたんだ。
「人形師どの。真実を知った君は、どちらの味方をするのかね?」
「#プレイヤー#…この世界を“浄化”するために、俺にはお前が必要なんだ」
ジャッジとバッターらしき二人(一人と一匹?)が、じっと私を見る。…“らしき”じゃなくて、やっぱり本物なのかな?
…いや、『本物なのかな?』じゃなくて!!どうなってるのこれ?!夢?!
「君が行ったのは、“浄化”ではない。君はすべてを破壊し、無に沈めたのだ」
ジャッジがバッターを睨みつける。
「それがあるべき姿だ。そうだろう、#プレイヤー#?」
バッターは、私の方を振り向く。
「そ、そんなこと言われたって…私には…」
「時は来た。さあ、判断を下したまえ。最後の、そして虚しきジャッジを」
未だ混乱状態の私を差し置いて、ジャッジが高らかに告げる。
ごくりと、私はつばを飲み込んだ。
…もし、彼らが本物なら。
私は…。
「ザッカリーぃぃぃぃ助けてぇぇぇぇ!!!!」
全力ダッシュでエリアを逆走し、仮面をつけた商人の姿を探す。
「おいおい…ここで俺のとこ来るか?普通」
呆れた目で出迎えてくれたのは、バッターとジャッジに続きプレイヤーの存在を認知している数少ない“NPC”。
「だって、ザッカリーっていざという時に頼りになりそうなオーラ醸し出してるんだもん…」
「意味わかんねぇよ…というか、なんであんたがこの世界にいるんだ?」
「知らないよぉ…」
へにゃりと私は座り込む。こうしてる間にも、あの一人と一匹は追いかけてきているのだろうけど。
「あー…どうやら、あんたの世界では時間が止まってるみたいだな」
宙を睨んだ後、ザッカリーはぽつりと呟く。
「え、何それ凄くない??」
「凄いけど、このままじゃ駄目だろ絶対」
「その通りだ」
ザッカリーの言葉に重なる声。ジャッジが追いついたんだ。
「これは君が始めた物語だ。責任を持って終わらせてもらおう」
「#プレイヤー#…使命のため、力を貸してくれ。俺はこの世界を浄化しなければならない」
バッターも追いつき、私の目を真っすぐと見る。
「…ねぇ、バッター」
逃げられないと察し、私は意を決して彼の名を呼ぶ。
「なんだ?」
「——“浄化”って、何なの?」
ずっと気になっていたこと。
バッターの使命だとかいう、“世界の浄化”。
彼によって浄化された世界は、誰もいない、灰色の場所へと姿を変える。
工場でせっせと働いていた人たちも、図書館でゆっくり本を読んでいた人たちも、遊園地で遊んでいた人たちも…
…みんなみんな、姿を消してしまう。
そんな世界を見て、私は常々思っていた。
私たちがやったことは…私が彼にさせたことは、正しいことだったのだろうか?
「迷う必要は無い、#プレイヤー#。お前なら、俺を導いてくれると信じている」
…そんなの答えになってないよ、バッター。
心の中で呟く。
根拠のない彼からの信頼に、何故か胸が痛んだ。
「俺の味方はお前だけだ。#プレイヤー#」
「…もし、ジャッジの味方に付くって言ったら?」
私がそう言うと、ジャッジの耳がピクリと動く。だけど、彼は何も言わなかった。
「そんなことはあり得ない。お前は俺の味方だろう?」
「…どうして、君は私をそんなに信用してるの?」
「お前が俺の操り師だからだ。お前が俺をここまで導いてくれた。だから、俺はお前を信じている」
「………」
「…どうしてそんな顔をするんだ?#プレイヤー#」
「あんたが#プレイヤー#に依存しすぎだってさ」
私たちの会話を傍観していたザッカリーが、ようやくそこで口を挟む。
「依存…?それはどういうことだ、ザッカリー」
「いや、割とそのままの意味だけど…」
「?」
やれやれ、と私の隣でジャッジがため息をつく。バッターの表情は帽子のつばに隠れて読みにくいが、明らかに“わけがわからない”という顔をしている。
そんな彼を見て、私は思った。
(あれ…バッターって意外と鈍感なのでは?!)
「…さて、君はどうすることにしたのかな?」
ジャッジが本題を切り出す。
そうだ、私は選ばないと。
このまま“浄化”を続けるか、“操り師”の座を降りるか——。
「……私は……」
そこまで言って、ふと思った。
ここは、ゲームの世界だ。
当然、セーブやロードもある。
それなら…
(——全部、最初からやり直せる…?)
私は、はじかれたかのように動き出した。
セーブ地点の印である、赤いキューブに手を伸ばす。
「…!#プレイヤー#、やめろ!」
バッターの焦った声。彼が感情的になるなんて、珍しいな。
「ごめんね、バッター。私と一緒に、全部やり直そうよ」
「…たとえ世界が原点に戻ったとしても、俺のやるべきことは変わらない」
「まったく…君には“使命を放棄する”という選択肢は無いのかね」
「パブロの言う通りだぜ、バッター。あんた、ちょっと根を張りすぎなんじゃないの?」
「しかし、俺は…」
ジャッジとザッカリーからも制止され、少しだけバッターが狼狽える。
「バッター」
私は、彼の名を呼ぶ。
彼は、顔を上げる。
「大丈夫。私が、“浄化”なんかより楽しいこと、いっぱい教えてあげるから!」
私が微笑みかけると、バッターが息をのんだ…ような気がした。
やっぱり私は、バッターに使命を背負わせたくない。
だから——私は、世界を“シャットダウン”する。
「次の世界でまた会おうね、みんな」
——で、現在。
「きゃあああエルセン可愛い~!!」
「え、だ、誰ですか?!」
にっこにこの笑顔でエルセンに飛びつく私と、不審者を見るかのような目をするエルセン達。いや、実際そうなんだけどね!
「僕たち仕事があるので、お話ならにしてくれませんか…?」
「ほらほら、邪魔するんじゃないよ#プレイヤー#」
「あぁ~…」
ザッカリーにあえなく引き離され、私の口から嘆きの声が漏れ出る。
世界を“シャットダウン”した後、私たちは今後の行動について話し合った。
あの時、バッターの口数が少なくなっていた気がするのは気のせいだろうか?もともと少ない方だからわからない。
ともかく、話し合いの結果、私は元の世界に帰る方法を探しつつ『OFF』の世界を探検することになった。
そしてZONE1にて工場で働くエルセン達の姿を見つけ、今に至る。まじでエルセン可愛い。
「#プレイヤー#…あまり俺から離れるな。お前が亡霊に襲われたとき、助けが間に合わなくなるかもしれない」
ぐいっとバッターに引き寄せられる。
「おやおや、君にも血と肉からなる生き物らしい感情があったのだね」
「どういう意味だ、ジャッジ」
「嫉妬するなんて可愛いねーって話だよ」
「…お前も浄化されたいのか?ザッカリー」
「冗談だって!!バット構えないでくれよ!!」
バッターは不服そうな顔でバットをおろすと、私の方を見る。
「俺にはお前が必要なんだ…だから、絶対に死なせない」
「はいはい、浄化のためでしょ。いったん使命を忘れて、人生楽しもうって」
私がそう言うと、彼は複雑な表情を浮かべる。
「……浄化のため、だけではなくなったんだ」
「え、何?」
バッターがぼそりと呟いたから、私には何と言ったのか聞き取れなかった。
「…いや、なんでもない」
何故か目を逸らされる。そして、何故か仮面で隠れて顔が見えないはずのザッカリーが、にやついてこっちを見ているのがわかる。何故だ…!!
「まったく…君たちだけの世界に漬け込むのならば邪魔しないが、ここには君たち以外の生命体もいることを忘れないでくれたまえ」
「え、どゆことジャッジ?」
「君のそのちんけな頭で考えることだ、#プレイヤー#」
「ちんけとは失礼な!!」
ムッとする私の横で、バッターはまたぼそりと呟く。
「…俺たちだけの、世界…」
「おーいバッター?あんた変なこと考えんなよ?」
ザッカリーがどこか慌てたように言う。
「わかってる」
「ほんとにわかってんの…?」
う~ん…ザッカリーとバッターの会話の意味もいまいちよくわからない。…ま、いっか。
「今も、これからも…みんなとずっと楽しく過ごせたら、私はそれ以上何も望まないや」
「それは良いが、元の世界に帰る方法はきちんと探すことだ」
「いや、俺が帰らせない」
「駄目に決まってんだろ…」
「あはは…」
私の口から乾いた笑いが漏れる。
ジャッジも、バッターも、ザッカリーも…
一緒にいるだけで、それだけで楽しい。
だから…
(——いつか元の世界に戻るその日まで、ずっと一緒にいたいな)
楽しそうに笑う#プレイヤー#をじっと見つめながら、バッターは呟く。
「#プレイヤー#…俺たちは、二人でひとつだ。今までも、これからも。だから——」
その先の言葉は、誰に届くこともなく虚無へと消えた——。
Fin…?