公開中
冷たい波にさらわれて
砂が爪の隙間に入る。少し気持ち悪さを感じながらも、歩みを止めることはなかった。
波の音がゆったりと耳に入る。惹かれるように横を見ると、大きな満月が水面に映し出されていた。何処かの絵本の挿絵のような風景に、足取りが軽くなる。
夜の浜辺。もちろん人はいなかった。月光が辺りを柔らかく照らしている。波の音と風の音と、砂がこすれる音しか聞こえないのは寂しいが、それでも、この幻想的な気分に浸れるのは心地の良いものだった。
いくら歩いても、終わりが見えることはない。私が動いているのか、地面が動いているのかわからなくなっていく。現実と空想の境界が私を襲い、冷たい波が足にぶつかって正気に戻る。これで十回目。
思考はぐるぐると回り、休むことはない。今日は空が澄み切っているな、なんていう言葉だけでも朝が来るまで考えていられそうだ。
四月始め、生温い温度にはまだまだ慣れないが、嫌いじゃない。布団に入った時の安心感と同じものを感じる。体温と同じぐらいの風が体を覆う、心地よかった。
ふと、足元を見る。波に当たる素足。その先にある広い海。
ちゃぷん。
片足を海の中に入れてみる。夏のように冷たかった。
ちゃぷん。
海水に膝まで入る。もう足の感覚はない。
ちゃぷん。
腰まで海につかる。冷たさが気持ちよく感じた。
どぷん、
勢いよく、体の中に水が入り込んでくる。
驚いて目を開けると、まばゆい光が目に飛び込んできた。
あの砂浜とは違って、光が目を焼くようだった。眩しい。眩しい。怖い。自分が孤独であるということを強く指摘された気分でいた。
身をひそめる暗闇に逃げた。深く。深く。光が届かないところへ。
何も見えない。何も聞こえない。ただの静寂に、小さくなっていく心音だけが響いていた。
光は淡いぐらいが丁度いい