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月下人狼能力パロ 第二章最終話「時の旅人」
書いてる時の文字数はちゃんと20000超えてるのに外から見ると少ないのなんなん()
beri視点
「あっ!かえで!」
「やっぱり生きてたよね」
「良かったぁ」
少し気付くのが遅い気もしたがみんとのこともあって視界から外れていたのだろうか
まるで2人失って1人を得た感覚である
とりあえずかえでがちゃんと無事だったことは間違いない
だが、失ったものが大きすぎた
「みんと…」
全員声にならない叫びとなった息を吐き捨てている
まさかこんなところで2人も仲間を失うだなんてだれも思っていなかった
「どうしてっ!」
「私のせいで…」
この塔にこようと言い出したトトちゃんが、1番責任を感じているようだ
フェンリルがトトちゃんの背中を前足でとんとんとゆっくり撫でている
トトちゃんは俯いて、地面を見つめながら顔に手を当てて泣き続けている
しばらくすると背中を撫でるのをやめて、トトちゃんを開いた扉の方向に服を咥えて引っ張っている
だれも何も喋らないのもすこしの気遣いなのだろう
「ありがとう…」
「行こうか」
トトちゃんが泣き止むとクーくんとみんとで座り込んでいるトトちゃんを引き上げ、わんこが先陣を切って進み始めた
一歩一歩階段を上がっていく
次の階層のモンスターの唸り声が聞こえる
だんだん登るスピードが遅くなってきている気がするのは気のせいだろうか
そんな重たい空気を切り裂いて扉の奥に進んでいく
さっきと同じ作りの全く同じ空間
奥からどんどんモンスターが湧いてくる
「そろそろ俺たちにも仕事をくれよな」
「うん!」
少しでも場を明るくしようとしたわんことかえでがそう言う
「私なんて、助けられてばっかりだったし」
「本当に!ありがとう!」
生命の花の話だろうか
そういえばあの花を使うとたしか…
「能力発動!」
「いや扇風機は無理だってぇ…」
まっきーが何かぶつくさ文句を言っている
「突風!」
かえでが息を吸って勢いよく手をモンスターの方向に突き出す
かえでの後ろに立っていた私の腕の間を風がすっと通り過ぎていく
その風はかえでを中心にして渦を巻き、勢いよくモンスターに腕を振るった瞬間
台風の勢いで突風が巻き起こり次々と雑魚が飛んでいく
「え!?どうした扇風機」
「わ、わぁ…」
どうやら本人が1番驚いているらしい
花の噂は本当だった
かえでがまっきーの目の前でどやっている
「ワタシノシゴト…」
わんこがかえでの圧倒的な力に驚いている
だが次は違った
鉄の装甲を纏ったゴブリンのようなものが大量に出てきた
「協力だよね?」
「もっちろん!」
かえでの強風で敵がこちらにくるのを抑えながら遠距離攻撃組のメルアさんとレイトで攻撃していく
メルアさんがツルで叩いてそこで捌ききれなかった分をレイトが闇魔法で捌き切る
まるで組み立て式の自動車工場のようだ
しばらくそんなことをしているとやがて雑魚どもは来なくなった
だがしかし
メインの10大ボスが現れないのだ
どこへ消えたものか
「なんで出てこないの!?」
「雑魚全部倒し切った…よね?」
くろむとレイトが確認がてら階段の下を覗きに行った
「うわぁああ」
急にくろむの叫び声が聞こえた
すぐに駆けつけると大きな昆虫のモンスターをレイトが必死に魔法で抑えている
何よりそいつの見た目の気持ち悪さがダントツだった
なんともそのGに似た姿は確かに叫びたくなるだろう
「なんでこんなきっしょいのいるんだよ…」
「もしかしてこのきしょいやつが…ボス?」
「そんなわけないです」
「ここには2番目に強い10大ボスが設置されるはずの場所なので」
レイトとくろむでわちゃわちゃしているところにクーくんがその昆虫の脳天に剣を突き刺さす
「クーくんつよ…」
「だって倒さないと次行けないでしょ?」
クーくんがそいつを倒してもボスらしきモンスターは出てこなかった
一体どう言うことなのだろう
「あれ?なんか動いてない…?」
わんこの言う通り何か大きなものを引きずるような低い音が塔中に響いていた
「メルア…もしかして2番目に強い10大ボスって…」
「おそらくそうでしょう…」
「まさかもう戦うことになるなんて…」
トトちゃんとメルアさんは何かに気づいているようだ
私たちのいるこの党がまるで生きているかのように見えてくる
やがて塔は階層ごとにずれ始める
「やばいですねこれ、一旦外に出た方が良さげ…」
メルアさんがそう言いかけた時だ
急に何も言わなくなってメルアさんの方に振り向く
「えっ…」
見覚えのあるメルアさんのツルが、メルアさんの首を縛り上げていた
だんだん持ち上げっていくツルにメルアさんは必死に抵抗してツルを解こうとしている
「メルアさん!」
土もない人工物の床から生えてきているツルを1番近くにいたレイトが射影刀で切る
案外簡単にツルは切れて、落ちてきたメルアさんをフェンリルが背中に乗せて受け止める
「レンコンの攻撃力で切れるなんて、相当柔かったんだね」
「一言余分だわ」
「いえいえ、ありがとうございます」
少し息を上げながらメルアさんが話す
とりあえずここにずっといるのは危険らしく、2番目に強いと言うやつはこの塔自体がモンスターになっているらしいのだ
もうなんでもありな気がしてきた頃である
---
レイト視点
急いで塔の階段を降りる
塔はだんだんと傾き始め、さっきまで天井だった部分が壁になっている
すぐに浮遊のポーションを錬金してばら撒く
階段から飛び降りふわふわ浮いてなんとか入り口のところまでやってきた
今入り口の扉に頭をぶつけて飛んでいる形だ
「この状態でどうやって開けるんだよ…」
みんととクーくんが扉に剣を突き立てながら言う
扉は重力のせいで閉まる方向に引っ張られている
開けるのには相当な力がいるだろう
「あ、かえでいるじゃん」
「?」
「いるけど」
「能力出番なんじゃね」
「上に向かって突風!」
「たしかに!」
「能力発動!」
「ちょっと待てそれやると」
遅かった
かえでは頭上に突風を吹きつけなんとか扉は開いた
だがしかし浮遊のポーションの効果は終わらなかった
「…」
「これ効果切れたら切れたで悲惨だよね」
「だから言ったのに…」
生き物みたいに立ち上がる塔を目の前にふわふわと浮いている
ポーションの効果はとどめを知らずに塔が完全に立ち上がるまで効果は切れなかった
フェンリルが一生懸命効果の切れた人から地面に運んでいってなんとかなった
効果時間がバラバラでよかったと思ったのは初めてである
「なんとかなったところ申し訳ないんですが」
「まだ本題が残ってますね…」
のっしのっしとゆっくり体勢を変える塔
何を仕掛けてくるかもわからない
なんとこの塔、地下部分もあったようで塔があったはずの地面には大きな穴が空いている
そのせいで見た目の塔の倍の高さの巨大なモンスターが目の前に立っている
どうやってくっついているのか分からないが、塔の周りにあったはずの建造物が腕のようになって塔についている
「こいつ確か、腕と体で体力が別々に扱いになってたはず…」
「二手に別れよう」
トトちゃんの命令で後方支援組と近接攻撃組で別れることになった
「僕、腕の動き止められるか試してみるから任せたよ」
猫丸が俺の後ろで能力を試している
俺は止めたはずなのに近接攻撃組と一緒に行ったくろむが少し心配である
だいぶ慣れた闇魔法を塔の右腕に弾みたいにして飛ばしてみる
かなり大きな一撃を放ったからか、左手のフェアチオンの数字が大きく動くのが少し見えた
勢いよく飛んで行った黒い弾は塔と腕の付け根にしっかりぶつかる
当たった部分だけ少しひび割れて崩れるのが見えたが、消費魔力の割にダメージが少ない
崩れた塔の瓦礫が下にいた近接攻撃組に当たりそうになる
かえでの風でなんとか瓦礫の挙動を逸らし直撃は免れたようだ
「ちょっとぉ!!危ないって!!」
かえでに大きな声で怒られてしまった
「遠距離攻撃できないじゃん…」
そうしてなんとか近接攻撃組が頑張って少しずつ攻撃を仕掛け始めていた頃だ
塔の左腕が大きく上に上がり、近接攻撃組の中心を狙って勢いよく振り下ろしてきた
そしてなぜか塔から左腕が取れ、左腕だけ空中に浮いている
そういえばさっきから声がしなくなったなと猫丸の方を見てみると能力を発動したまま動かなくなっている猫丸の姿があった
どうやら成功したようだ
「猫丸さんきゅー!死ぬとこだったよ」
近接攻撃組が腕の下から移動すると猫丸は能力を停止させ腕をズドンと地面に下ろした
こんな小さい猫丸が、何十メートルもある巨大な構造物を操作できるのは普通に感動した
---
くろむ視点
猫丸の支援を見て絶対俺も後方支援に行った方が良かったと思い直した
俺の能力も使用中は全く動けなくなるからだ
腕の攻撃がきたあと、こいつは動きが遅いから次の攻撃までの時間はあるはずだ
「能力発動!」
その声をギリギリ聴いたberiがこっちに向かって走ってくる
大丈夫だと言おうとしたが視界は暗転し、いつもの能力使用中の風景になる
攻撃力ダウンの文字
なぜか溢れる緊張で手は汗でびしょびしょになっていた
最近ちゃんと使えるようになってきた鎌を両手でしっかり握りしめる
目の前に揺らぐ金色の炎
しっかり刈り取る
鎌が炎の中心を貫きすっと炎は消える
そして炎が消えると同時に左右にまた新しい炎が現れる
文字などの表示は見えない
現れた炎も右から左へ鎌を薙ぎ払い両方一気に消していく
どうして3つも炎があるのだろうか
トトちゃんの話によると俺のこの能力で出てくる炎は魂を具現化したものらしい
「魂が…3つ…?」
3人いるのだろうか
それとも塔と腕では別のモンスターの扱いなのだろうか
とりあえず全ての炎を消していつもの暗転を挟み意識を取り戻す
目を開けると俺は全く知らない場所にいた
周りを見渡すと、どうやらとても高い場所にいるようだ
何かが腕に刺さったような気がした
どうやら背の低い木の上に仰向けになっているようだ
その様子からしてどこかから落ちてきたようである
「いらっしゃい!!」
大きな声が聞こえる
何故か少し笑ってしまいそうなその声と、それに似合わない攻撃が飛んでくる
俺の顔のすぐ左に斧が突き刺さる
「失敗かよしばくぞ」
「???」
急すぎる展開に少し驚いている
斧の飛んできた方向が見えるように体を起こす
2人の男の姿が見える
しかも、見覚えのある顔
「あの時の…」
1人の男は背中に背負った大きな銃を下ろす
遠くで少し見ずらいが、おそらくモロトフだろう
もう1人のフレアと思われる男がだんだんと近づいてくる
「外したの、忘れてくれよ」
「は…はい?」
顔が近い
少し前に出たらぶつかりそうなほどの距離にまで近づいてきた
しばらくして俺の左側に刺さったままになっていた斧を抜いてモロトフのところまで戻っていく
「こいつじゃない」
「どこにいるんだろう」
「さぁ?」
「あいつは逃がしていいのか」
「おう、弱いし」
最後の言葉、少しだけ傷ついた
なんだかんだずっとそのままになっていた木の上から降りる
そしてちゃんと両足をついた時、がくっと揺れる
その時やっと気付いた
「塔の上にいるんだ…」
気がつくともうフレアとモロトフの姿はなかった
どこに消えたのやら
どうにか下に降りる方法を探す
下にはフェンリルが飛びながら戦っている姿が見える
「おーい!フェンリルー!!」
全く聞こえていないようだ
周りにはなにもない
せいぜいそこらへんに転がっている石くらいだ
「あ、そうだ」
少し悪いことを思いついてしまった
片手でその石を拾い上げる
そしてフェンリルの真上になるようにしっかり構えてその石を落とした
「いでっ!」
「だれだー!!石投げたやつー!」
フェンリルはすぐにこちらの存在に気付き上がってくる
「もーう、気付いて欲しいからってそりゃないよ」
「ごめんね、でも呼んだんだけど反応がなかったから」
フェンリルがまだぶつくさ言いながらも背中に乗せてもらった
大きな塔の周りをぐるりと円を描きながら降り、地上に足をつける
そしてフレアとモロトフのことをよく知っていそうなトトちゃんのところまで走った
「あっミタマ」
「さっき塔の攻撃で思いっきり上に吹っ飛んでったけど大丈夫?」
低木の上に乗っかっていたからだろうか
目立つ傷は見当たらないし、どこも痛くはなかった
「大丈夫」
「そんなことより塔の上にフレアとモロトフがいたんだけど…」
「あぁ、あの2人」
「あの人たちの狙いは多分私だから…」
「ごめんね迷惑かけちゃって」
そういえばフレアとモロトフはトトちゃんに攻撃を仕掛けてきたことがあった
しかもフレアとモロトフは俺が狙いじゃないみたいなことも言っていた気がする
「いやいや、全然」
「じゃあ俺は近接組の支援してくる」
「気を付けてねー!」
半分言いかけながら俺はもう足を進める
こんなやつはやく倒したい
何かと面倒ごとになりそうな気がしたからだ
トトちゃんなら大丈夫そうという謎の偏見を抱えながらも、塔と同時にフレアとモロトフの相手をするのは流石に骨が折れる
---
beri視点
「だめだ、全く効かないよ」
さっきからずっと氷の槍で塔の足に当たりそうな部分をちくちくと差し続けている
あいにく足というものはないが、それ以外に例えようがなかった
かえでの風の攻撃は大きな体の塔には全く効かず、かえではもうすっかり涙ぐんでひたすらに鞭を振るっていた
クーくんとみんとの切断武器を使う2人の攻撃は見ただけでも効く気がしなかった
これではただ動く壁を殴っている感覚と一緒である
ただひとつ希望が見えたのはレイトが闇魔法で腕の付け根を攻撃した時だ
崩れて落ちてきた瓦礫が危ないが、こちらの攻撃に意味がないなら撤退するのも手かもしれない
「みんな、攻撃全く効かないからもうレイトに任せない?」
「一旦戻ろう」
「なんにしろ私たちにできることはあんまりなさそうだよ」
ひたすらに叩いてきたことが無駄になっていたという現実を押し付けられながらも私は撤退することを提案する
レイトたちの方向を見るとくろむが一生懸命になってこちらに走ってきていた
「べり、どうしたの」
「近接の攻撃全く効かなくってね…」
「ほら」
私はそう言って長い氷の槍で塔を突き刺してみる
見えるか見えないか程度の傷をつけることくらいしかできないのだ
「だから一旦戻ろうかなって」
「そうか…」
無駄にここまで走ってきたくろむを往復させる羽目になりながらも後方支援組のところまで戻った
「トトちゃん、全く効かないから魔法の力を借りにきた」
「瓦礫が危ないけど戻ってきたからもうどんどん攻撃してもらって構わないよ」
「あら…」
「近接じゃあ歯が立たなそうな見た目してるけど、ここまでとは」
レイトが一瞬こちらを見る
少し笑って闇魔法をチャージし始めた
「私たちにできること、あるかな」
「くろむが見たっていうフレアとモロトフをなんとかしてもらいたいところなんだけどね…」
「こんなに人数いらないから、3人くらい創作の方お願いしても良いかな」
「もちろん見たっていうくろむは絶対行ってもらうけど」
「えぇ」
「じゃあ私とかえでで」
「え!?僕?」
「かっこよく活躍したいって、言ってたじゃん」
「嘘だなんて言わせないから」
「えー!!」
少し不服なかえでを連れて、くろむと一緒にフレアとモロトフの場所へ向かう
「くろむそれってどこで見たの?」
「塔の上にいた」
「多分今はいない」
「じゃあ、今向かってる場所はどこ…?」
「黙ってついて来い」
「わかった…」
私にはくろむがフレアとモロトフを倒しに行くようには見えなかった
何か別の塔を倒すための作戦を実行しているような気がしていた
聞いても答えてくれないということはつまりそうなんだなと自分の中ではもう確信していた
足を地味に引っ掻く長い草を踏みつけにし、塔の反対側までくる
ぬるい風が吹き抜ける
「ここ、塔に穴が空いてるんだけど見えるかな」
「穴?」
塔の地下部分の床に直径1m弱ほどの穴が空いているのが一瞬見える
でも塔が動くと地面に蓋をされ隠れてしまう
「くろむ」
「僕は行かないからね」
みんとは何かを察したらしい
くろむはこの穴から塔の内部に行くつもりらしいのだ
「もしかして入るつもり?」
「その通りだ」
「中には最後の10大ボスを倒すための鍵になるものが最上階にあるらしいんだ
「正直それを取ってしまえばもうこいつにようはないってわけ」
「え?でも10大ボスは倒さないといけないんじゃ…」
「その鍵が本体って、トトちゃんが言ってた」
「外部からの攻撃より中から言った方が随分といいだろう」
「え、私も行きたくない…」
そりゃあ誰だって行きたくない
いつ塞がれるかわからない穴
少しもたついたら潰されてしまう
帰って来れるかだってわからない
かえでの気持ちがよくわかった気がする
「もうこうするしかないだろ」
「というか思いつかない」
「トトちゃんやメルアにだって提案したけど、やっぱり危険だって言われてるさ」
「それなら余計行かない方がいいんじゃないの…?」
私にはくろむの考えていることがよくわからなかった
トトちゃんだけじゃなくってあのメルアさんにもやめておいた方がいいって言われるようなこと、絶対にろくなことが起きない
でもどうしてそこまでするのだろう
その先には私なんかにはきっと分からないような、強いくろむの意志を感じた
くろむのくせに珍しいだとか言ってお茶を濁すことさえやめた
「いいから…」
「俺を信じてくれ」
信じる…
たまには、そういうのもいいかもしれない
その瞬間塔が大きく前方向に動く
まるで誘い込むように穴が露出した
「わかった」
戸惑うかえでを置いて私とくろむはしゃがみながら塔の下に潜り込む
変な汗をかきながらも急いで穴の真下までくる
後ろにはくろむが待っている
高くジャンプし足をかけてその勢いで塔の中に入ることに成功する
くろむも両手で体を勢いよく持ち上げ中に入ってこれた
「かえで!」
私がそう呼んで数秒後にかえでも塔の下に入る
そしてまるでかえでを押し潰すことを狙っていたかのように塔が元に戻り始めた
「かえで!急いでっ!」
もう立ち膝もつけないくらいの高さに塔は下がってきている
かえでは地面を這いずりながらこちらに向かう
くろむがかえでに手を差し伸べ、私は巨大な氷の塊を形成して穴から落とした
その氷が少しの間塔を支えられればかえでがこちらに上がってくる時間が稼げると思ったからだ
だがそれは失敗に終わった
氷がぴったり穴に収まってしまったのだ
「えっ」
「うわあぁあやっちゃったあ」
氷のおかげでかえでが塔に潰されることはなかったが、こちらに入れなくなってしまったのだ
くろむがなにやってんのお前みたいなごみを見つめるような目でこちらを見てくる
「大きさミスったんだって!ごめんってば!」
「えぇ…」
「かえで、氷が壊れる前に塔の下から出てくれ」
「はぁい…」
曇ったかえでの声が聞こえる
結局2人で探索することになったが、帰り道はどうすればいいのか
2人だけでこなせるのかなど同時に問題が増えてしまった
とりあえずかえでには衝撃波を地面に連発して空から塔の状態を教えてもらうことにした
まさか扇風機が飛行機に進化するなど思ってもいなかった
塔にところどころ装飾として施された窓ともいえない穴からかえでに情報を伝えてもらう
「とりあえずボス倒したところまでは階段上がってくれるかな」
長い長い階段を一段飛ばして駆け上がっていく
一階上がるのまではそう大したことなかったが、だんだんと辛くなってきて息が上がる
最終的には喉の奥が少し痛くなった
「はぁ…はぁ…ついたけど…」
「かえでは空飛べていいね…げほっげほっ」
「あーいおつかれ」
「でも入口封じたの誰だっけー?」
「ごめんってぇ…」
かえでにすっかり弱みを握られてしまった
「じゃあこの先のこと話すね」
「一応見えてるのはここの一個上、最上階がなんかものすごく光ってる」
「今って扉開いてる?」
「いいや、閉まってる」
「なんかおかしな話なんだけどさ」
「外側にレバー付いてるんだよね」
「レバー?」
絶対扉を開ける仕掛けなような気もしたが、どうして外につけるんだろう
これじゃあ最上階に上がらせる気が全くないようだ
「内側は何かが光ってる」
「外と繋がって明るく見える小さな穴と、繋がってなくて暗く見える穴が並んでる」
「穴はいくつある?」
「10個」
「レバーの数と一緒だね」
「もしかして光ってるところのレバーを倒すんじゃない?」
すこし簡単すぎる仕掛けになってしまうが、とりあえず言ってみる
「わかった、光ってるところ教えて」
「右から3番目と、5番目」
「あと1番左が光ってる」
「はーい」
かえでは片方の手で衝撃波を発生させながら浮き、器用にレバーを3つがしゃりがしゃりと下げていく
だがしかし、なにも変化はなかった
「どういうことなんだろう?」
「わかんない…」
10個の穴に10個のレバー
そのうち3つの穴は光っている
「あっやばい」
考えていたらかえでがふらふらとし始める
そろそろ魔力が切れてしまうらしい
仕方なくかえでを返して、また考える
「外のレバーは本当に使うのかな?」
「内側から開けられる気がするんだけど」
「だよね」
くろむのその意見にも納得できる
だってこの塔はとても高いし内側からレバーを倒す手立てがないからだ
「この光ってるのがボタンとかじゃなくって「穴」って言うのもまた気になるよね…」
「なにか入れるのか?」
くろむの隣に不自然に、同じ大きさくらいの石が多く転がっている
光っている穴に石を投げ入れた
石は外に出ていく
そしてがしゃりとかえでがレバーを倒した時と全く同じ音がする
「あれ?もしかしてレバー動いた?」
「かも」
くろむは残り2つの穴にも石を投げる
その二つも同じようにがしゃがしゃとレバーが下がる音がした
「どこのレバーが下がってるかとか見えないかな…」
「あ、下の階から覗けばワンチャン」
ここの一つ下の階の窓が他の階と比べて少し大きくなっていることを思い出す
そこから上を見ればどこのレバーがさがっているかがわかるかもしれない
急いで階段を駆け下り窓に頭を入れて上を見る
「あ!!見える!!!」
大きな声でそう言う
「これ、光ってる穴とは反対が下がってる」
「1番右と、左から3番目と5番目」
「なるほど…」
また階段を登って戻ってくる
「でもそれがわかったところでどうしろって感じなんだよな」
「それはそう」
扉の方を少し見る
今までは気が付かなかったが、何か模様があるように見えた
扉までの階段を登り、扉に施された彫刻をよく見てみる
「あれ、ここの彫刻、数字になってるよ」
くろむも一緒に並んで彫刻を見つめる
3、2、4、
一見何の意味もないように見える
そしてその数字の横には石の枠だけをなぞったようなものもある
くろむは試しに石をふたつほど持ってきて
「この数だけ石入れてみる?」
「確かに、数字は3つで、光ってる穴も3つだね」
くろむは自販機にコインを入れるようなイメージでころころと石を入れていく
「ここは3つ、次は2つで最後に4つ」
全て入れ終わるとまたレバーが動く
「くろむ!扉が開いてく」
扉を指差す
いつも開くようにずりずりと音を立てながら扉が開く
小さい子供1人通れるか程度まで開いた時、ガコンという音が響いた
「?」
くろむは扉まで走っていく
「あ!」
「俺が持ってきた石が…」
私も跡をついていく
どうやらくろむが確認のために持ってきた石が挟まり、扉が開かなくなっていたようだ
挟まった石はもう奥まで食い込んでおりもう取ることはできないだろう
「こんなのありかよ…」
「…」
「おーーーい!」
かえでの声がした
「かえで?」
「トトちゃんに魔力分けて貰った!」
「で、扉は開いたみたいだけどなにやってるの?」
「扉が石に引っかかって動かなくなっちゃったんだけど、どうにか開けられないかなぁ」
「え?」
「引っかかった?」
「開いてるけど?」
「?」
最初かえでがなにを言っているのかよくわからなかった
けれどかえでが塔の外側を見ていることに気が付いた
外でふわふわ浮いているかえでに近づく
「ほら」
「え!?」
「いいとこ取りかよかえで…」
眩い光を放つ最上階の壁が崩れている
かえではすこし頭を下げてお先に失礼しますとも言いたげに入っていく
くろむもそれを一緒に見ている
「まじかよ…」
中に入って行ったかえでをずっと見つめる
しばらくすると崩れた壁から勢いよく風が吹き抜ける
壁はボロボロになって崩れ落ち今立っているここでさえヒビが入る
そしてそのヒビから眩しい光が溢れ始める
かえでが地上にいるのが見えた
「はやく!降りてきてー!!」
「えっえっ」
慌てる私をくろむは押しのけ鎌を取り出す
「邪魔だどけ!」
そうくろむは前に飛び込んで鎌を振るう
その斬撃は塔の壁をも破壊しその瓦礫と一緒にくろむは地上に落ちる
かえでの衝撃波で落下の衝撃を緩和し無事に着地している
「ほら!べりさんも!」
「えっ…」
「んーもう!!」
バンジージャンプはやったことがないが多分こんな気持ちなのだろう
私は何十メートルもあるような高さの場所から飛び降りた
降りる途中からふわりと体が軽くなり、一瞬浮いたような感覚になる
「おかえりべりさん」
「えへへ、ちょっと楽しかった」
どんどん崩れて元の形も無くなっていく塔を背中に、みんなの方へ走っていく
「おかえり!!」
「くろむ!?」
「なにしてたの?」
「俺はただ、トトちゃんの言ってた鍵を取りに行っただけだ」
「フレアとモロトフのことを頼んだはずだけど…」
「だけど…ありがとう」
かえでが、今も青色の眩い光を放ち続ける鍵を両手で大事そうに握る
「これで、最後の10大ボスが倒せるんだよね」
「…」
急にトトちゃんは黙り込んでしまった
なぜか他のみんなもなにも喋らない
私たちが塔に行っている間に、何かあったのだろうか
「それが…」
レイトが1番初めに口を開く
「トトちゃん…らしいんだ」
「…?」
くろむが目を大きく見開いてトトちゃんを見る
一瞬話の筋が通っていない気がしたが、話の流れを見るとトトちゃんがまるで…
まるで、最後の10大ボスと言っているようだった
「それは…?」
「うん、そのまんまだよ…」
私が間違った取り方をしているのか
それともなにか冗談を言っているのか
その時の私はそんなことしか考えていなかった
レイトの言っている通りなはず…ない
「トトちゃん…?」
「本当は、もう少し前から気付いていた人がいること」
「知ってるよ」
トトちゃんのその一言で急に辺りの空気が重くなる
「モンスターの攻撃は、お互いに効かない」
「攻撃もできないし、喰らいもしない」
「分かってるでしょ」
「で、でも…そんな…」
「もう、みんなおんなじだよ」
「元の世界に帰ることを、祈ってる」
正直トトちゃんの言う通り、疑ってはいた
気持ちの奥深くにある何かを掘り起こされる
視界が涙でぼやけてくる
「私がモンスターだって」
「フレアとモロトフは言ってたよね」
「そういうことなんだよ」
悪口みたいな雰囲気でモンスターと言ったと思っていた
まさか、まさか…
フレアとモロトフをくろむに任せたのは自分が殺されないようにするため…?
「ごめんね」
「モンスターの攻撃は、効かないからさ」
「最後は」
「君たちの手で」
「…殺してね」
ダムが決壊するように、目元に溜まった涙が頬を伝って流れる
こんなところで泣いてちゃいけないと、必死に声を抑える
トトちゃんを挟んで反対側に人間の姿で立つフェンリルが何かいいたげに少しそっぽを向く
「その鍵は私を倒すためのもの」
「未来より飛来せし幻獣が、瑠璃色に煌る鍵を…」
「…うるさい」
「…」
フェンリルは少し口を開いてその一言だけを落とす
「今更人間の姿になって誤魔化したって無駄だからね」
「だって、もう世界中のどこを探したって、君以外はもう…」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
「もうこれ以上、なにも喋るな…」
その、ありのままの感情を言葉にしてトトちゃんにぶつける
いつもとは全く違うフェンリルの言葉遣いに少し驚く
「でもそれが君にしか、できないだろう?」
「この世界を救うのは誰だい」
フェンリルは隣に立っていたかえでの鍵をひったくるようにして奪う
かえでは少し動揺したままフェンリルに鍵を奪われてしまう
形態変化で狼の姿になるなり口に加えられた鍵はとても大きな瑠璃色の刀身の剣へ姿を変える
そして、トトちゃんがまた何かを言おうとした瞬間
その皮肉にも綺麗な刀身が紅に染まる
「君は…」
「あり…がと…う……」
「は…?」
くろむがその重たい空気の中を必死に足掻くように、そう吐き出す
フェンリルはその大きな剣を咥えたまま地面にかぶさってしまう
自分の知らない場所で、一体なにが起きているのだろう
相変わらずメルアさんとクーくん、猫丸は何も言わずに突っ立ったままだった
メルアさんは静かにトトちゃんに近づく
「全部…時の塔のせいだよね…」
「ごめんね…ごめんね…」
「時の…塔?」
トトちゃんがいつだったかに言っていた単語だ
結局何だったのか分からずじまいになってしまうのかと思い聞いてみる
「トトちゃんはこの世界に来てすぐくらいの時に、その場所に行きました」
「そこでは、この時空から別の世界線へその世界線からまた別の場所に行けるような」
「そんな能力を手に入れました」
「ただ、その能力の代償として10大ボスと呼ばれるような強大な力を持ったモンスターに」
「その存在を操作されてしまったようなものです」
メルアさんはトトちゃんの背負っていた荷物の場所まで歩いて行き、2つのチョーカーを取り出す
赤色と青色の宝石が埋まっている、とても綺麗なチョーカーだ
「あ、トトちゃんの店の倉庫にあったやつだ」
そのチョーカーはネックレスのようで、だいぶサイズ調整が効くらしい
「トトちゃんに言われてたんです」
「これを誰か2人に渡せって」
メルアさんはそのチョーカーを両手に握ったままこちらの目をじっくり見る
「この青い方はアクアマリンの宝石がはまっています」
「あなたべりさんですよね」
「アクアマリンにはベリリウムが含まれているんですが…」
え?それ関係ある?と、少なくとも思ってしまった
「目の色似てますね、とりあえず付けてみてください」
白色のベルトのそのチョーカーを首に巻いて後ろで止める
カチャリと金属の触れる音がし、しっかりと固定される
「わぁ…似合ってますよ…」
そのトトちゃんの目の前でこんなことをするのはどうかと思ったが、トトちゃんも自分のものがちゃんと伝わって良かったのかもしれない
「こっちは…くろむさんですかね」
そう言って赤い宝石のついたチョーカーを手渡す
確かルビーにはクロムが含まれていたはずだ
トトちゃんはもしかしてそこまで考えていたりしていたのだろうか
「くろむさんも似合ってます」
「このチョーカーには能力を強化する効果があると聞いています」
「大切にしてくださいね」
この後、トトちゃんにせめてと思い倒れた塔の目の前に穴を掘った
花を置いて弔う
また自然と涙が溢れてくる
泣いていない人なんていなかったような気もするが
そして、Coreも元へと向かう
メルアさんによればあの地割れが起こった場所にCoreが出現したらしい
Coreも元々は人間だからメルアさんの能力で察知できるという少し聞きたくなかったことも聞いた
わんこの引く馬車をフェンリルが割れ先にと引っ張っている
フェンリルのほうが速いらしくわんこが引きずられている形だ
その健気ともなんとも言えない姿を見ると、フェンリルの今の心境が伺えたものである
馬車が大きくカタンと動く
車輪がどこかの段差に躓いたようだ
目の前を見るとあの地割れの場所についている
いろんなことを考えていたら、あっという間についていた
時間の経過は恐ろしいものだ
「ここのはずです」
メルアさんも含めて、全員トトちゃんのことからの切り替えが早い気がしていた
フェンリルがやったことで、あまりその話をしたくないのか
それとも子狐さんやみんとのことがあってもうみんな精神が死んでしまっているのか
それとも原因は別にあるのか
少なくとも私はフェンリルにあまり悪い思いをさせたくないから、話さない
またフェンリルの隣でゆっくり
できれば全員で眠れる日が来るといいな
「ーい」
「おーい!」
「っは!」
「ごっめんどうした?」
「ずっと声かけてても反応がないからちょっと心配しちゃった」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「かえでどうかした?」
「ここの先に行きたいんだけどお願いできる?」
「了解!」
分厚く長い氷の板を生成する
フェンリルに反対側に行って板をうまくかけてもらおうかと思ったが、フェンリルは人間の姿で下を向いている
目がすっかり隠れるほど長い前髪がフェンリルの表情を覆い隠す
自分なりに考えた結果、トトちゃんを殺した時の姿が狼だったから少しトラウマに近いものが残っているのかもしれない
かえでとクーくん、猫丸に手伝ってもらい重たい氷の板をなんとか向こう岸にかける
クーくんが1番先頭に立って渡って行く
メルアさんはちょうど渡り終わったところで立ち止まる
目を閉じている
「この辺りにいるはずなんですけど…」
「うっわあぁ」
急に地面が揺れだす
嫌な予感しかしない
ばきばきに割れた地盤は脆い
少しの振動でも崩れてしまいそうだ
その予想は的中した
足元からヒビが入り下に落ちる
かなりの長さを落ち、バッシャーンと大きな水飛沫が上がる
「え?生きてる?」
「こんなところがあったんですね…」
「僕たちはもうここに来たことあるんだけど」
「確かこの先に占領したゴブリンたちの家が…」
クーくんが猫丸をお姫様抱っこしていることにしか目がいかなくて、あまり内容が入ってこないが
とりあえずここに来たことあるらしい
「じゃあそこに行こうか…」
言いかける最中に天井を塞いでいたまだ残っている地面が全て崩れ落ちてくる
「危ない!伏せて!」
上を必死に見上げながらまだ無事そうな地面の下に移動する
泳げないレイトの手を引っ張って移動する
「げほっげほっ…」
「ありがとう…」
「え、いや、別に」
レイトの頭上に落下してきた地面が浮いている
勢いよく腕をこちら側に引っ張りなんとか回避する
「はっ!」
「ちょっとはなれて///」
「ごめん…けどありがとう」
何故か少し気まずい気がする
そして後ろからみんなの視線を感じる
「…」
「は、はやく行こう」
頭上の地面はもうすっかりなくなっており、綺麗な空が広がっていた
「ねぇみて!あっち!」
クーくんに持ち上げられた猫丸が体を揺さぶりながら空の向こう側を指差す
だんだんと黒い煙のようなものが上がってきているのが見える
「あの奥に、多分いますね」
メルアさんが空高くを見つめる
だんだんと青い空を覆い隠す黒い煙の向こうに、はるかに黒い影がある
「え?あんなに大きいなんて聞いてないけど…?」
ただひとつ気になるのは影は見えるのに、肝心の本体が見えないと言うことだ
「皆さん、気を付けてください」
「Coreには実体がありません」
「実体がない…?」
「なんと言えばいいのでしょうか…精神攻撃を仕掛けてくるようなイメージです」
「精神攻撃を?」
メルアさんが答えるたびに次々疑問が生まれる
私の質問をメルアさんが答える前にクーくんが倒れた
水の中必死に猫丸はクーくんを心配して体を起こしている
「ここでこうなったらまずいですね…」
落ちて積み重なった地面の上に移動する
やけにメルアさんはクーくんが倒れても冷静だ
もしかしてこれがCoreの…
隣にいたレイトが倒れる
目の前にいたくろむが心配して駆け寄ってくる
そんなくろむも倒れ、その間に私は意識を失った
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今回ばかりは本当に聞いて欲しいです
曖昧ナ希望/氷雨(短かったらリピートして欲しいです)
https://youtu.be/paneqmGdM84
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くろむ視点
「ここが…そうなのか」
メルアさんの説明にあった精神攻撃とは少し違うようだ
あの時の、beriの記憶
たしか…わんこがいた場所
俺の隣には今、まだ意識を保っているのかberiの姿がある
その姿はだんだんと落ちて行く
真っ黒だった背景は石の神殿へと移り変わる
俺の周りだけが明るく照らされる
beriは俺のナイフを持っている
「あはは…」
見たくなかった
でも、薄々気づいていた
この世界はパラレルワールドで、幾つものこの世界が存在していること
今俺が見せられているこれはまた別の世界線の話だろう
「あぁあっ…」
beriは自分にナイフを突き刺し倒れる
視点は変わり俺を後ろから写した視点になる
俺は知らないはずの、自分の記憶を見せられている
体験したこともない記憶を思い出す
「そうだ…この世界線では…この後…」
映像がぴたりと止む
【能力を発動しますか】
どういうことだろう
でも、他に選択肢はなかった
俺は目の前のその薄く光る文字に触れる
「能力…発動」
暗転を挟まなかった
変わったことと言えば、メルアさんからもらったこのチョーカーだ
今目の前にはまるで自分を表したかのように燃える炎…
いやこれは、魂
文字は、視覚機能と表示されている
これは確か
俺がこの能力を手に入れた時にberiに間違って使用してしまったときと同じだ
今俺はこれを自分に使用しようとしている
使用した場合、どうなるか
少し考えただけでもすぐにわかった
俺は見なくて済むのだ
あの悲惨な光景を
背中にあるはずの鎌を取るため背中に手を持って行く
ない
仕方なくその自分の魂に素手で触れる
押し込むと視界がぼやける
戻せば治る
本当にやってしまうのだな
俺はしっかりそれを両手で握り、潰した
視界が暗闇に包まれる
今のこの状況は音で感じるしかなくなってしなった
レイトが動かすレバーの音
エレベーターは動きだす
「…」
コツコツと、石の床を渡り歩くその音のみが聞こえる
どうやら映像に映っているらしい俺が見えなくなっているのは、beriだけらしい
なにも特に目立った音を立てぬままエレベーターが動きだす
視界が明るくなる
白い部屋
寒い
目の前にはわんこの引く馬車に乗り込む俺たちの姿があった
ちゃんと全員、いる
みんともトトちゃんもだ
そして何故かそこにないはずの子狐の姿まであった
【この世界線は如何ですか】
「?」
この世界線…?
全員が生存している世界線だろうか
そして映し出されていた映像は少し暗くなる
右側に新しく映像が映し出され、そちらが目立つように光る
俺は自然とその映像の前まで移動していた
そこにはのんびりと学校で過ごす俺の姿があった
周りには、特に目立つものもなにもない
【この世界線は如何ですか】
おそらくこの世界線は俺がそもそもここに来ていなかった世界線だろう
正直、一瞬迷った
確かにここに来ていなければ全て解決してしまうのだから
でも、それはまた違う気がした
ここでの思い出は全て本物だ
なかったことになんて、したくない
できない
映像はまた暗くなる
1番最初に見た映像の後ろが光る
少し楽しくなってきながらもまた歩く
ここは一見さっきと変わらない気がした
でも、俺が誰かと話している
茶色の髪の女の子
かえでによく似た人物だ
その後ろではフェンリルらしき人物まで見える
ここは…
【この世界線は如何ですか】
部屋のサイズ的にもうひとつ映像があるはずだ
とりあえず保留することにした
次の映像が光出す前に俺は歩く
少し待ってから映像が流れ始める
そこには、空っぽになった馬車があった
俺は察した
全員生存の世界線があるなら、そりゃあ全滅の世界線があってもおかしくない
【この世界線は如何ですか】
言い訳がない
俺はさっきの場所まで戻る
なにがどうなってこの先かえでやフェンリルに会うことになるのか
見当もつかなかった
でもこの世界線が1番平和そうに見えたのだ
【この世界線にしますか】
文字に触れる
【⚠️警告:この世界線に辿り着くまでの時間は膨大】
【そのため、辿り着くまでに別の世界線に移り変わってしまう危険性あり】
なんでだよ
どうしてだよ
そして、驚くことに
警告の下には「はい」の文字しか見当たらないのだ
まんまと引っかかってしまった
でも俺は最後まで足掻く
「能力発動!!!」
俺は警告の、時間文字の部分に能力を発動した
生物でもないものに使用するのは初めてだ
しかも、文字なんかに
それでも俺は祈った
時間の文字
成功だ
いつのまにか背中に備えられた鎌
普段の重みが背中に加わる
手に取り切り裂く
【夜が2日に1度しか来なくなりました】
「あれ…」
俺は…
もしかして俺がやっていたのか
この白い部屋は過去に俺が来たらしい
だんだんとややこしくなってくる
たくさん分岐された世界があれば俺という存在がたとえ同一人物だとしても複数いるのだろうか
わからないことはもうすでに考えることをやめていた
俺はこの先がどう変化して行くのか
それだけを知りたい
どれだけ時間がかかってもいい
この記憶を保持したままの自分がいられるのなら
白い部屋は黒く染まって行く
そういえば、他の人たちはどこへ行ったのだろうか
黒い部屋は白い部屋よりも圧倒的に広い
なにもないその部屋で、1人立ち尽くしている
1番最初にやってきたのは泣いているクーくんだった
俺の存在には気づいていない
後ろからそっと近寄る
「お疲れ」
クーくんはそっと首をこちらに回す
少し微笑み、また泣いた
「くろむも…見た?」
「パラレルワールドのこと…」
「うん」
「見たよ」
白い部屋は全員に用意されているものなのかは知らないが
辛い過去を一度見せられると言うのは共通点で間違いない気がした
クーくんは能力で解決するなどできなかったはずだ
なにを見せられていたかは別として、その辛さは俺を超えるだろう
なんとも言い難い時間が通り過ぎったその時
首元が強く光る
チョーカーが光っている
宝石部分を少し持ち上げるようにする
宝石がわずかに視界に入る
綺麗に輝く赤色の宝石は黒い部屋を赤く照らしている
少し不気味でもあるその光景に
俺とクーくんは魅了されていた
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音楽止めていただいて結構です
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レイト視点
「なんだあの気味の悪いものは」
全員がまるでゾンビになってしまったかのように襲いかかってくる
そんなものを見せられた
逃げ回るうちに消えてしまい、今は当たりを彷徨いている
ずっと歩き続ける
黒色の部屋はだんだんと薄くなっていき、白くなる
完全に真っ白な部屋になった頃だ
後ろを振り向くと、そこには壁があった
前を向くと、俺より先に来たberiの姿が
首に付けたチョーカーの青い宝石がキラキラと輝いている
「べり」
「あっレイト」
白い部屋を照らすその青い光
今までに見たことがないほど綺麗な光
見ているもの全てが、青色に見えたようだ
「なんでこれ、光ってるのかなぁ」
「さぁ…俺には分からん」
「あ!beriにレイト!」
「え?かえで!」
かえでがこっちに来る時だけ、部屋の壁が消えているように見えた
そしてここからは出られない
言い方は悪いがまるでゴキ◯リホイホイのようだ
「まだこの3人しかいない?」
「そうだね…私が1番最初に来てたんだけど」
beriはあまりにも眩しいチョーカーのせいで半目になって話している
でもそれのおかげで今他の人たちの姿が見えていると言っても過言ではなかった
「途中で誰か見た人とかいない?」
「あの、俺なんかゾンビを…」
「え?ゾンビ!?!?」
「ここに来る前なんだけど…ね」
「あぁ、あの変なやつなら僕も見た」
「ゾンビではなかったけど」
「私もゾンビじゃなくてなんか海の中に溺れるようなやつなら見た」
「えー?」
「僕はみんなが殺し合う変なの見た…」
「ここに来てちゃんと生きてるし安心したけどね」
「そりゃあなにより」
全員見ている内容は違うが、悪い出来事を見せられている
これだけは分かった
「これさ、全員ここに来るの待ったほうがいいかな」
「それとも脱出する方法を見つけるべき?」
「それがわかんないんだけど」
「全員揃ってから脱出できたら最高だよね」
「なるほど」
「とりあえず今のうちに探しとくか」
探しておくかとは言ってみたものの
探せるものなどひとつもなかった
白い壁と床、そして天井
何の段差もなく模様もない
何の意味があって何のために作られたのだろう
「ここって現実じゃなくて脳内だからさ」
「明晰夢みたいな感じ思ったことがそのまま出来る〜みたいなのないかな」
「そんなことできたらここに来てないよね…」
「あ、確かに」
チョーカーでberiが壊れた
正直かえでも俺もなにもすることがなくただただ白い壁を眺めるだけだった
「じゃあ現実の方は今どうなってるのかな」
「てか、もう戻ってる人とかいそうだよね」
こんな状況で明るく話してくれるのは感謝だが、今考えることはそれじゃない気がする
「とりあえずここから出る方法を探すのが最優先だから」
「beriも手伝ってよ」
「はいはーい」
「はいは一回」
「はーい」
そのあとしばらく3人で探してもなにも見つかるものはなかった
ただひとつ奇妙なことに、時折変な音が鳴るのである
重い、何か硬いものを床に叩きつけるような音だ
金属でもないし割れるような音も聞こえない
ただ微妙に場所が変わって音は鳴っている
そして音の種類の3パターンほどあるようで、その3種類を繰り返して鳴るときもあった
「なんだか息苦しいよね」
白い部屋は広さ6畳半と言ったところで狭くも広くもない気がする
でもそれが物理的な意味だと知った
急にberiが咳をし始めたのだ
「大丈夫…だから…けほっけほっ」
「チョーカー外したほうがいいんじゃないのか?」
俺がそう言うとberiは首の後ろに手をやってチョーカーを外した
あたりは暗闇に包まれあんなにうざかった白色の壁も見えないほどだ
「これじゃあ黒の部屋だよ」
かえでがそう言った時だ
壁が崩れる音がした
そして目の前が赤く光り出した
「あれ!?くろむ?」
赤色に光るチョーカー
これはくろむだ
クーくんと隣り合ってただ座っていた
「あれでも、猫丸とメルアさんとわんこにまっきー、フェンリルもいない…」
「訳がわからんね」
くろむは大きなあくびをする
「時間かぁ…」
「時間?」
「かえでたちも見てなかったんだ」
「世界線の話」
くろむからはくろむが見たと言う白い部屋の話
そこで行ったことやあったことを全て教えてもらった
本当に全員見ているものは違うらしい
なにがしたくてCoreはこんなことをしているのか
精神攻撃にしては甘く、仕掛けにしては大掛かりすぎる
ラスボスらしいと言えばそうなんだが…
「でも残りの5人を探さない限りには出ようにも出られないよね…」
「1人でも外に行ったら行ったで何か違うかもしれないけど」
「うーん」
全員が揃ってそう言う
「誰か死んでみる?」
「この意識の中で死ねば、夢が覚めたみたいに起きれるかもしれない」
beriはそう言う
「そっか、ここでなにがあろうと現実には関係なさそうだし、いいかも」
問題は誰が犠牲になるかだ
俺の脳内では自然と犠牲という文字に置き換わっていた
「俺が行くよ」
第二章完結!!!!
本当に、本当にありがとうございました
いやーお待たせしてすみません()
第三章で能力パロの方は終了する予定です
次作の学園パロまでの道のりもあと少しです!
では最終話にて公開すると言っていたまっきー、猫丸、クーくんのイメージイラストどうぞ
https://files.mattyaski.co/null/df1acf6d-b9f6-4d2c-b3de-ca7f834875aa.jpg
https://files.mattyaski.co/null/590ccf51-0c87-49b4-9de0-c1fa8e591a8a.jpg
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