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茜色の秒針が止まるまで
登場人物
・私:余命わずかの主人公。彼氏の拓海と最後の会話をする。
・拓海:私の彼氏。私に会える日は、多分もうないね。
秋の夕暮れが、白い病室を鮮やかな茜色に染めていく。
窓の外には、私たちがかつて一緒に歩いた街並みが広がっていた。
放課後に寄り道したハンバーガーショップ、記念日に歩いた並木道。
どれもが昨日のことのように思い出せるのに、今の私はベッドの上から動くことすら難しい。
コンコン、と控えめなノックの音がして、ドアが開いた。
「よお、体調はどうだ?」
入ってきたのは、私の恋人である|拓海《たくみ》だった。
高校の入学式で隣の席になって以来、ずっと一緒にいた人。
拓海はいつものように、少し照れくさそうに笑いながら、小さな紙袋を机に置いた。
中には、私が好きだと言っていたコンビニの新作プリンが入っている。
「拓海、今日も来てくれたんだ。ありがとう」
「おう。お前が寂しがると悪いからな」
冗談めかして言う拓海だったが、その瞳の奥に深い疲労が滲んでいるのを、私は見逃さなかった。
私の病状が日に日に悪化していることは、医師から彼にも伝えられているはずだ。
だけど、彼は私の前で絶対に涙を見せない。
そして私もまた、自分の命がもう数日も持たないという「本当の余命」を、彼に告げないままでいた。
お互いにすべてを察しながら、気付かない振りをしている。
それが、私たちに残された最後の優しさだった。
「見てよ拓海、この前の小テスト、クラスで3位だったんだから」
「へえ、すごいじゃん。俺なんか赤点ギリギリだったのに」
私たちは、あえて「未来」の話を避けた。次の季節のこと、卒業式のこと、大人になったらのこと。
そんな手が届かない約束の代わりに、何でもない過去の思い出話を、壊れ物を触るように丁寧に紡いでいく。
拓海と話している時間だけは、自分が重い病気であることを忘れられた。
普通の高校生に戻れた。
しかし、無情にも時間は過ぎていく。
面会終了を告げる院内放送が、静かに流れ始めた。
「……じゃあ、そろそろ行くわ。また明日な」
拓海は立ち上がり、いつものように私の頭をポンポンと軽く叩いた。
その手の温もりが、今の私には酷く愛おしく、そして切ない。
「うん。また明日ね」
私は精いっぱいの笑顔を作って、ベッドの中から手を振った。
拓海も振り返り、はにかんだ笑顔を見せる。
パタン、と静かにドアが閉まった。
彼の足音が廊下の向こうへ遠ざかっていく。
彼がいなくなった瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、視界が激しく涙で滲んだ。
ありがとう。
その余韻に浸ることしか、今の私にはできない。
彼が残していったプリンの袋、椅子に残ったわずかな温もり、そして優しい笑い声。
そのすべてが愛おしくて、同時に胸を締め付ける。
「言えるのかな。伝わるのかなって、考えてる間に、秒針は過ぎてく」
壁に掛けられた時計のカチ、カチという音が、私の命のカウントダウンのように部屋に響く。
本当は、もっと生きたい。
拓海と一緒に大人になりたい。
もっといろんなところへ行って、たくさん喧嘩して、たくさん笑い合いたかった。
胸の奥から溢れ出す叫びを言葉にしようとするけれど、喉がつまって声にならない。
この気持ちを伝えることだって、もうできないのかもしれない。
もし「死にたくない」なんて伝えてしまえば、彼は一生、私を救えなかった後悔と、残された孤独を引きずって生きていくことになる。
そんなの、絶対に嫌だ。
だけど、どうしても、私の生きた証を、彼への想いを、何か形にして残したいんだ。
だからここに書き残す。
私は震える手で、ベッドの横の引き出しから、一冊の自由帳とペンを取り出した。
拓海がお見舞いに退屈しないようにと、最初に持ってきてくれたノートだ。
中には、2人でやった〇✕ゲームの跡や、拓海が描いた下手くそな犬の絵が残っている。
涙がポロポロと紙に落ちて、白いページに丸いシミを作っていく。
文字が滲んでしまうのを必死に堪えながら、私は最後の力を振り絞って、ペンを動かした。
--- 『楽しかった。ありがと。』 ---
ただ、それだけ。
私の17年間の人生の、一番幸せだった時間のすべてを、その1文に込めた。
書き終えてノートを閉じると、不思議と胸の痛みが消えていた。
もう、思い残すことはない。
私の心は、拓海からもらったたくさんの愛で満たされていたから。
私はゆっくりと横になり、静かに目を閉じた。
深く、深く息を吐き出す。
涙で濡れた頬のまま、口元だけは、彼が世界で一番大好きだと言ってくれた、あの満面の笑顔の形を作って。
---
翌朝、拓海がいつもより少し早い時間に病室のドアを開けたとき、ベッドの主は、まるで朝露に眠る花のように静かに横たわっていた。
もう二度と動かないその表情は、驚くほど穏やかで、綺麗な笑みを浮かべていた。拓海は静かにベッドの傍らに歩み寄り、崩れ落ちるようにその手を握りしめて涙を流した。
主を失った白いシーツの上には、一冊のノートが、ただ静かに遺されていた。
夕暮れの茜色から、新しい朝の光へと、バトンを渡すように。
切ないお話作ってみました。
元ネタの歌詞も個人的に好きなので、それも是非見ていってください。