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君と僕の夏の境界線 最終回 7
夜の新宿バスターミナルは、家路を急ぐ人や、これから遠くの街へと向かう人々でごった返していた。
排気ガスの匂いと、無機質なアナウンスが響く空間。
電光掲示板に表示された、僕が乗るべき夜行バスの出発時刻が、あと十分しかないことを告げている。
「……もう、時間だね」
葵が僕のジャケットの袖を掴んだまま、ぽつりと言った。
さっきまでカフェであんなに笑顔だった彼女の顔から、すっかり元気がなくなっている。
「おう。また明日から、画面越しの通話に戻るな」
なるべく明るく言おうとしたけれど、声が少し震えてしまった。
本当は、バスのチケットなんて破り捨てて、ずっとここにいたかった。東京で少しずつ大人になっていく葵を、誰にも渡したくない。そんな子供じみた独占欲が、胸の奥で渦巻いていた。
「やだな……。帰りたくない、って言ったら、蓮は困る?」
葵がゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、こらえきれなくなった涙が大きな粒となって溜まっていた。今にもこぼれ落ちそうなそれを見て、僕の理性が音を立てて崩れる。
「困るわけないだろ……っ」
僕は葵の小さな肩を引き寄せ、大きな高速バスの影になる、薄暗い柱の陰へと連れて行った。
すれ違う他人の目なんて、もうどうでもよかった。
掴んだ葵の肩から、彼女の細い体中が寂しさで震えているのが伝わってくる。
「葵」
名前を呼ぶと同時に、僕は静かに顔を近づけた。
重ねた唇は、驚くほど柔らかくて、少し冷たかった。
一瞬だけの、切ないキス。
だけど、そこには離れている半年の間に募った愛おしさと、お互いを求める気持ちの全てがこもっていた。
唇を離すと、葵は驚いたように目を見開いた後、顔を真っ赤にして、僕の胸に額を押し当ててきた。
「ばか……。こんなところで、ずるいよ……」
「ずるくていい。これで、他の男のこと考える余裕なんてなくなったろ」
僕が意地悪に笑うと、葵は僕の胸をポカポカと小さく叩いた。でも、その手はすぐに僕の背中に回り、今度は引き剥がせないほど強く、僕を抱きしめ返してきた。
「なくならないよ。最初から、蓮のことしか考えてないもん」
ぷしゅー、と僕の乗るバスのドアが開く音がした。
運転手のアナウンスが、終わりの時間を告げる。
僕らはゆっくりと身体を離した。葵は涙を袖でゴシゴシと拭うと、あの夏祭りの日のように、最高の、だけど少し泣き虫な笑顔を作った。
「バイバイ、蓮。またね」
「ああ、またな。今度は、正月、地元で」
僕はバスのステップを駆け上がり、自分の席に座った。
窓の外を見ると、葵が大きく手を振っている。バスがゆっくりと動き出し、東京の夜景の中に彼女の姿が溶けていく。
心臓がまだ、さっきのキスの余韻でドクドクと鳴り響いていた。
距離なんて、関係ない。この温もりがある限り、僕たちは何回だって、あの境界線を越えて繋がれる。
(終わり)