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馬鹿と銃器は使いよう
執筆日:2025/02/03
日替わりお題:「ライフル」「男の浪漫」「馬鹿」
使用したお題:「ライフル」「馬鹿」
震えるこの手では、これから何が掴めるだろうか。
震えるこの瞳では、これから何を捉えられるだろうか。
震えるこの心では、これから何ができるだろうか。
ライフルを掴んで、目の前のこいつを捉えて、引き金に力を加える。その三つの行動をするだけで、人命はいとも簡単に奪えてしまうのに。
馬鹿な僕には、それを可能にしてしまう、勇気も根気もないんだ。
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「ぼ、僕は……お前なんか一瞬で、殺せるんだ!」
光と闇が、一面の窓から降り注ぐ夜。僕は、真っ暗な自宅で、ある男と対峙していた。
「……へっ、そうか」
「笑うなよ! 僕を、僕を!」
目の前の男の姿は、暗く包まれていて良く見えない。ただ、こいつが邪悪な事だけは、よく分かる。男は僕の恐怖心を見透かしたかのように、薄気味悪く笑っていた。
本当に、いけすかない男だ。どうして僕は、こんな男と関わり合ってしまったのだろうか。どれほど後悔してももう遅いけど、つい悔やんでしまう。
「笑うな? 笑われるべき愚か者が、今更俺に向かって何言ってんだ」
男は言う。僕はその言葉に多大なショックを感じる。しかしそれと同時に浮かんできた気持ち、それはただひたすらな、遺憾だった。
「僕は……愚かじゃない。愚かなのは、本当に愚かなのは、お前の方なんだ! 絶対に!」
僕は叫んだ。色々な物が散乱した、かつての平和な家の中で。
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数時間前まで、僕には家族が居た。母と父、そして弟が居る家庭だった。
家族仲は良かったと思う。僕自身は、脳の障害を持っていて頭が悪いけど、それでも家族のみんなは、僕に対して暖かく接してくれて、だから僕も、この後天的な障害のリハビリを頑張れていた。事故で負ってしまった、脳の障害。本来なら悲観に打ちひしがれる状況だが、家族が居たから、僕は生きた。僕は幸せだと思っていた。
しかし、それも数時間前に、全て崩れてしまった。この男が、僕の家族を奪ったのだ。
今日のリハビリを終えて、僕が病院から帰ってきた時に起きた事だった。冬の今日は夜更けの時間が早くて、帰ってきた頃には、空は黒く塗りたくられていた。
「ただいま……。みんな? なんで、電気つけてないの?」
電気のついていないリビングが目に入ってくる。帰宅してそれが分かった瞬間から、正直、嫌な予感はしていた。ただ、それを感じたくなかった。その予感を命中させたくなかった。だから、一旦それを無視して、僕は家に上がってしまった。疑問を浮かべながら。
「……みんな?」
いつもより、さっきよりも大きい声で、家族を呼ぶ。しかし、その問いかけに答えは返ってこない。
僕の頭の中には、無数の可能性が浮かんできた。それと一緒に、感情も浮かんできた。怖い、どうしよう、もしかしたら、気持ちが悪い。色々な単語が、脳の中に渦を作っている。僕はあっという間に、その渦に飲み込まれた。
「え……なんで? みんな、お出かけしてるの……?」
現実逃避のための言葉を吐く。しかし、出かけていたとしても、家の様子は明らかに異常だった。だから、お出かけなんて線はありえなかった。
手足が震える。目から涙が出そうになる。鳥肌が立つ。もはや温度すら分からない汗が、背中を伝った。
そして、その一瞬だった。
「……お前、誰だ」
「ひっ……!」
知らない人の声が、リビングから聞こえてきてしまった。それも、その声はリアルに反響している。これは幻聴じゃない、現実なんだと僕はそこで悟った。
「誰、誰、誰ですか……!」
「男かぁ……? あぁ、そういえばもう一人子供が居るんだったな……。馬鹿な息子がな」
リビングのドアが開く。その時の僕にとって、そのドアはまるで地獄の門のようだった。
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「お前に教えてやろう。絶対なんて、この世の中にはないんだ」
男の言葉が耳に入る。
「……お前は、例外だ」
「ふぅん、例外か」
僕がそれに反論すると、男は一瞬考え込むような仕草をした後、こう答えた。
「例外を作ろうとするやつは、やっぱり総じて馬鹿だ」
僕はそれを聞いて、はらわたが煮えくり返った。憎い。この男が、どうしようもなく、あまりにも憎い。名前も、血液型も、生い立ちも、何も知らないこの男に対して、僕は激昂している。
「……馬鹿なんて、言うなよ。お前が……」
僕は震える足で、男に一歩、また一歩と近付く。
「お前が、お前が……。僕の家族を殺した、お前が言うな!」
両手に持ったライフルは、男の顔であろう位置を捉えている。僕は慣れない手つきで、引き金にめいっぱいの力を込めた。弾丸が、発射されるように、力を込めて。
バン。
数秒後、家にはライフルの叫び声が鳴った。その声は、まるで僕の怒りを代弁しているかのような、そんな重さを持っていた。
「……馬鹿は、馬鹿は僕じゃない。お前だ」
もう動きがない男に、僕は近付く。今なら屍なので、こいつも僕の脅威ではない。
ツンとした生臭い臭いが、家の中に充満した。