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無題
こちらの小説を一読してからお読みください。
https://tanpen.net/novel/9a871e27-894a-4145-aa54-766b4cefb7b4/
「やぁ、レリアン! 君の方から来てくれるなんて珍しいじゃないか!」
「首領がわざわざ俺を指名してきたからな」
何故なんだか、とレリアンはヴィクトリアのハグを避ける。
「君が外に出ないせいだぞ、《《リア》》」
「私はまだ満足していないから仕方がないことさ。どうだい? 彼は君の教え子だろう?」
手術台の上に寝かされているのは、確かにレリアンの教え子だった。
だが、彼は《《三日前に死んでいる》》。
「……相変わらず歪んでるな」
「私はただ、皆に“えがお”でいてもらいたいだけさ」
「知っているから尚、歪んで見える」
「そうだ、彼のこと教えてくれないかい? 私は関わりがないニンゲンだったからね……。まだ本当の“えがお”には遠い」
重力で絶対に上がることのない死者の腕。
ヴィクトリアはそっと手に取って、口吻をする。
紅がつくかと思えば、生気が戻ったかのように腕から赤みを帯びていく。
「……其奴は両親に代わり、幼い弟を育てる為に一人で抱え込んでた」
「ふむ、なら彼は弟の元へ帰るのか」
「子供が何処まで死を理解しているかは知らないが、両親は死亡保険の金で豪遊している」
「それはそれは……弟が心配になる話じゃあないか」
「微塵も思ってない言葉がよく出るな」
「レリアンの言う通り、まぁ、私は自他共に認めるぐらいには歪んでいる。けど私に|家族《それ》はいない。理解できないんだよ」
「……それなら俺も──」
「君にはいるじゃないか。|中原中也《同じ境遇の弟》くんが、ね」
「……。」
「まぁ、私に問いを投げかけるのが間違いということだよ、レリアン」
満足がいったのか、ヴィクトリアは死化粧を始める。
筆に迷いはなく、五分もあれば良かったようだ。
「うん! やっぱり“えがお”が一番だね!」
美しい、とても組織の銃撃戦で文字通り蜂の巣になったとは思えない姿。
満足そうな様子のヴィクトリアに対して、レリアンは溜息を吐く。
「もう良いか、運んでも」
「駄目! まだ“えがお”を見てない!」
「……ずっと見ていただろう」
「これだから素人は……。良いかい? 仕事と私用は別なんだ。今まではエンバーマーとして、これからはスリーブ・ヴィクトリアとして──」
「運ぶぞ」
「あっ、ちょっと待ってよ、!?」
ねぇ、とヴィクトリアの制止も空しく、レリアンは一人の役目を全うした人物を運んでいた。
異能は使わず、自身だけの力で。
死んだのは自分のせいかと聞かれたら、そんなことはない。
レリアンはただ、暗殺者としての訓練をつけただけ。
戦場で成長を感じることが出来なければ、アドバイスの一つも付けることは出来ない。
「レリアン! 彼を返して!」
「その言い方は気になることが多いが……まぁ、今は良いとしよう。元々首領の命令で早く帰さないといけなくなったから、俺は回収しに来ただけ。文句は上に云え」
「……どういうこと?」
「幼い弟、とは云ったがもう中学生になる。兄を迎えに来たんだ」
話しているうちに、目的の場所に着いた。
地下に入ってすぐのところで待機していた黒服の前には、棺が用意されている。
そっと入れたかと思えば、レリアンはすぐに訓練場へ戻っていく。
「ねぇ」
「は、はい!」
「私もついてく。貴方もそれを望んでるんでしょ?」
「……気づいてたんだね」
「まぁ、いつも以上に黒服が緊張しているからね」
サングラスを取った一人の黒服──否、森鴎外は棺を覗き込む。
「相変わらず素晴らしい技術だね」
「給料上がります?」
「……さぁ、それはどうだろう」
棺を車に運び入れ、数分流れに身を任せる。
ついたのは何処にでもあるような、ごく普通の葬儀屋。
それも表向きには、だが。
「……ぁ、」
午後三時。
ちょうど現れた車に、少年は立ち上がった。
「あの、えっと、」
「上司の森です。彼は生前、よく君のため働いていたよ」
「こ、こちらこそ兄がお世話になりました……!」
涙を浮かべる少年に、ヴィクトリアは近付く。
「泣くんじゃない、少年」
「ヴィクトリア君?」
「彼は君のために頑張っていた。そんな顔は見送るのに相応しくない」
「えっと、あの……?」
「君は兄を泣いて見送るべきじゃない。口角を上げ、感謝を伝えるんだ」
“えがお”で。
「……っ、そう、ですよね、、!」
「うん、いい表情だ。きっと彼も安心して、棺桶の中で眠っているように笑っているだろうね」
遺族へ引き渡し、車は橙色に染まったヨコハマの街を走っていく。
運転手と、森と、ヴィクトリア。
会話はなく、森の隣でエリスがスケッチブックに絵を描いている音だけが響く。
「ヴィクトリア君」
「なんですか〜」
「大したことじゃないんだけど、君がマフィアに来た日を思い出してね」
「……急ですね」
「君はどこか普通ではなかった。先代の時から“えがお”を求め続けているけど、何故なんだい?」
ヴィクトリアは外を眺め、静かに視線を落とした。
「逆に聞きますけど、首領は何故|幼女趣味《ロリコン》なんですか?」
「……どうしてだろうね」
「私の回答も似たようなものですよ。生まれつき“えがお”を見るのが──笑った顔が好きなだけ」
そうかい、と森は話を終わらせた。
日は沈んで夜になる。
夜はマフィアの時間だ。
先に車から降りた森についていくエリス。
そのスケッチブックには南京錠と、泣いているヴィクトリアの姿が描かれていた。